『魔力がやばくて宇宙がやばい』
焼酎瓶をズドンと置く。
月光が差し込む自室にて。テーブルを挟んで俺とスピは睨み合っていた。
『……。一応聞いておこうか。これはどういう趣向だい?』
「決まってんだろ。男と男の話し合いだ。逃さねえぞ」
焼酎瓶をコストに発動する必殺技・男と男の話し合い。逃走も沈黙も許さない不退転の決戦場。男と男のガチンコバトルだ。
今日の昼頃にスピが目覚めた時から、俺はこうしようと決めていた。もうこれ以上引き伸ばしたりはしない。
ここで決着をつけようぜ、観測派の侵略者。嫌でも付き合ってもらおうか。
『まあ、いいよ。僕だって覚悟していなかったわけじゃない。でもね、その前に』
「シロハならいない。あいつは今、灰原と一緒にナポリタンと戦っている。3時間は戻ってこないから安心しろ」
『カルボナーラの悲劇が繰り返されてる……』
さっきからRINEを通じて、灰原から近況報告が来ている。直近のメッセージは「ほんとむり」「おねがいします」「たすけて」「なぽりたんこわい」「みてますよね?」だ。察するに、シロハが灰原のスマホを借りているのだろう。俺はその全てを未読スルーしていた。
『ふふ……。用意周到なことだ。いいさ、なんでも聞くと良い。全てには答えないけどね』
「いいぜ、好きなように答えろよ。嘘も誤魔化しも好きにやれ。丸裸にしてやるから」
俺は邪悪に笑い、スピはポーカーフェイスを貫く。ラウンド1のゴングが鳴った。
「まずはちょっとしたアイスブレイクと行こうか。この前の話の続きをしよう。スピ、月光ってのはなんなんだ?」
『アイスブレイクにしては議題が重すぎるよ。言っとくけどそれ、ほとんど核心だからね』
「へえ、核心。だったら誤魔化されないようにちゃんと聞いておかないとな」
『…………。お手柔らかに頼むよ』
スピは話したくなさそうだった。よしんば話すとしても、本質的な部分は誤魔化すつもりだろう。全く、侮れないやつだ。
『言っとくけど、以前言った言葉に嘘はないよ。月光は莫大な魔力を含む光だし、魔力について僕らがわかっていることはあまりにも少ない。そこは信じて欲しい』
「嘘は言ってないと。だったら本当のことも言ってないんだな」
『正解。これは大前提なんだけどね、魔力というのは極めて危険な物質なんだ。僕はその影響を観測し、研究するためにここにいる』
あー……。危険物とまで言うか。そうか。
そりゃシロハに言えないわけだ。お前の体を構成している物質は危険物だなんて、そんなこと言えるはずもない。
『魔力とは別名を事象崩壊素子と言う。その名の通り、こうあるべきと定められし事象を崩壊させる力を持つ。物理法則も因果律も無関係に、魔力の影響下にある限り不可逆に現象を塗り替えることができるんだ。その気になれば、熱力学の第一法則すら簡単に崩れ去る力だよ』
「待て。もうちょっと噛み砕いて説明しろ」
『適当に頷いてわかったふりする方向じゃダメ?』
「そういうのは大学でやる」
それっぽい感じで流すのは確かに俺の得意技だが、今じゃない。急に事象が崩壊だの現象を塗り替えるだの言われても意味がわからんわ。
『つまりは滅茶苦茶ができるってことだよ。凍る炎。急成長する草木。質量の即時転送。それらの本来なら起こりえない現象を、魔力を使えば自在に引き起こせてしまう。魔力ってのは僕らの常識を軽々しく打ち壊す力なんだ。これが危険じゃないわけがないだろう?』
「まあ、そう言われれば確かに滅茶苦茶できる力だが。そこまで目くじらを立てるほどなのか?」
『そこまで目くじらを立てるほどのことなんだよ。この宇宙は既に、大規模な魔力干渉により法則が書き換えられている。重力がその最たる例だね。重力が弱すぎるって話は聞いたことあるかい?』
それならどこかのネットの記事で流し読みした覚えがある。既知の力の中で、重力が最弱だという話だ。
重力は星間ガスを押し固めて天体を作り、恒星を中心として星系をまとめ上げ、銀河を形作るだけの力を持つ。その反面、重力は指先の力だけでも逆らえてしまうほど弱いのだ。どうして重力がこんなに弱いのか、その理由はまだ解明できていない。
『あれは過去に起こったとされる大規模な魔力事変の影響だ。もう何十億年も前のことだけど、ある時を境に重力の90%は余剰次元に放出されるようになってしまった。そんな風に法則が書き換えられたんだよ』
「お、おう。なんかスケールでかいな……」
『もっとわかりやすく言おうか。魔力がやばくて宇宙がやばい』
「なるほど。完璧に理解したわ」
まあ、魔力についてはなんとなく分かった。それを危険視する理由もよく分かる。誰かが魔法を使って、ある日突然世界中の水が50度で沸騰するようになったら困るだろう。つまりはそういうことだ。
「じゃあ次の質問。観測派と介入派ってのはなんなんだ」
『その話をする前に、つい最近起きた大事件について説明しないといけない。ほら、君も知ってるだろ?』
「大事件? カノッサの屈辱か?」
『確かに大事件だけどそうじゃない』
そんなこと言われても、何十億年とかいうスケールにおける最近の定義がわからん。いつ頃までが最近だ。
『つい数千年前のことだ。この特定指定天体太陽系第三惑星に、君たち人類が文明を興した事件だよ』
「それは最近なのか?」
『正直言葉が悪かったと思ってる。ごめん』
で、文明勃興が大事件ね。
なんとなく察するに、いい意味の事件ではなさそうだ。ここに俺たちが文明を作ることは想定していなかったような口ぶりだ。
『元より、月とは膨大な魔力を放つ特殊な天体なんだ。そして月の最も近くにあるSOL3は、魔力汚染の影響を観測する最適なモデルケースだった。僕らはその特殊性を利用して様々な実験を行っていた』
「そこに俺たち人類が文明を興したわけだ」
『そういうこと。僕が所属する組織にも色々とあってね、星間航行能力を獲得していない知的生命体への接触は固く禁じられている。星の外から黙ってみていることしかできなかったよ』
組織とはボカした表現だが、最低でも星間をまたにかける規模の超巨大組織だ。国家という枠組みすら越えているのかもしれない。気になるところだった。
「なあ、スピ。スピが所属している組織って」
『内緒』
「即答かよ。しかも断固拒否と来た」
『下手に誤魔化したって、君見破るじゃないか。だったらもう何も言わない。当方は交渉を拒絶する』
「わかったわかった、降参だ。本筋に戻そう」
絶対に言わないという強い意志を感じた。こうなってはお手上げだ。話したくないことは聞かないことにする。
『で、仕方ないから知的生命体への魔力汚染の影響を観測する体制に移行したわけなんだけど。極めて顕著な反応が見られたよ。君たちは本当に、やることをやってくれたと言うべきだろう』
「人類はやらかしちまったわけだ。俺たちの何がそんなにまずかった?」
『魔法適正が高すぎるんだ。僕らが研究に研究を重ねてようやく扱えるようになる魔法を、君たちは直感的に操ることができる。それが魔法だとも知らずにね』
へえ、そうなんだ。俺たち魔法使えるんだ。
いやいや嘘でしょ。魔法なんて使えないし、それっぽいことをした覚えもない。俺にできるのは、講義室にいなくても講義に出席したことになる魔法だけだ。
『信じてないだろう』
「そりゃそうでしょ」
『君たちにとってはあまりに日常すぎるからね、それが特異なことだと知らないんだよ。あのね、不思議な現象を引き起こすだけが魔法じゃないんだ。その前段階、不思議な現象を組み立てることもまた、僕らにとっては魔法に相当する』
不思議な現象を組み立てること、か。そう言われてもやっぱりピンと来なかった。
『空想だよ。君たちは現実には起こりえない、法則に反した現象を脳内で組み立てることができる。それが魔法だ』
「はあ? 空想? こんなのが魔法だって?」
『それは術式そのものだからね。空想に魔力を通せば、それで魔法は発現するんだ。一般的な個体でも当たり前に空想を編めるだなんて、そんな生命体は君たちだけだよ』
ええ……? 空想が術式で、魔力を通せば発現する……?
いいや、それは違う。ありえない。そんな簡単に魔法が起こせるのなら、俺はかめはめ砲を撃てたはずだ。当時の俺たちは誰もが真剣にかめはめ砲の開発に取り組み、そしてその全てに失敗した。魔法の条件がそんなにゆるいのなら、誰か一人くらいは撃ててもおかしくないはずだ。
――いや、逆だ。あのときの俺は、どこかで撃てるはずが無いと思っていたのかもしれない。雑念を捨てきれていなかったのだ。しかし今の俺は違う。心の底から純粋にかめはめ砲を信じることができる、今の俺ならば。
俺はすっと立ち上がる。それから両手を天地に伸ばし、手のひらで空間を作って腰だめに構える。
「か~め~は~め~」
『おい、ナツメ。急にどうした』
「砲ァッ!!!!」
気合一発。裂帛の覇気と共に、俺の両掌から凄まじい勢いでレーザーが放たれた。





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