『じゃあ、僕と同じだね』
『それで、君の仲間たちの協力は得られたのかい?』
スピは無機質な瞳で俺の顔を覗き込む。こいつはあの灰色集会には顔を出さなかった。なんでも気が乗らなかったらしい。なんだそりゃと思ったが、無理強いはしなかった。
「まあ、一応な。頭数なら揃ったぜ」
『本当にただの頭数じゃないか。一般人を巻き込むなんて何考えてるんだ』
「何も考えてない」
『…………』
無機質な瞳がしきりに何かを訴えかける。俺は百点満点のスマイルを返した。照れるぜ。
河原を吹き抜ける夜風を浴びて、俺はスピの毛皮を撫でた。彼が大事にしているだけあって肌触りの良い毛並みだ。もふもふのぬいぐるみボディ。妬けちゃうね。
『それで。今日のこれはどういう趣向なんだい?』
「どういう趣向って、何がだ?」
『どうして僕だけを連れ出したのかを聞いているんだ』
そろそろ月も昇ろうかという時間に、俺はスピを抱えて河原を歩いていた。
シロハと灰原は別行動だ。あの二人は別の地点でリントヴルムを待ち受けている。今日のデイリークエストは俺とスピ抜きで遂行してもらう。
『君は良いかもしれないけど、僕はホワイトに付いていないとダメなんだよ。忘れたのかい? 人払いの結界は僕が張ってるんだよ』
「大丈夫だ。あいつらなら人気のない場所に行っている。人払いなんて最初っから不要だ」
『ふうん。具体的には?』
「さあな、俺は知らん。駅向こうのどっかじゃないか?」
スピは俺の腕をぽすぽすと叩いた。いやーだって、本当に知らないんだもん。俺はあいつらに任せたんだよ。心配しなくたって、あの二人なら上手くやるさ。
「それよりもスピ、一つ頼みたいことがあるんだが――」
『待って。それよりも、始まるみたいだ』
スピは空を見上げる。つられて俺も見上げると、月が紅に染まっていた。今日も襲撃が始まるらしい。スピは小さな角を空に掲げ、瞳を輝かせた。
『結界、展開するよ』
「それでも必要なのか?」
『誤解しないでほしいんだけど、君を信用していないわけじゃないんだ。でも、万が一は許されないんだよ』
スピを中心に巨大な結界が展開される。いつもよりも大きく、視認できるほどの濃さだ。人気どころか虫の気配一つしない孤独な世界。俺は、そこに居た。
「今日は大盤振る舞いだな」
『何があってもいいようにね。僕がホワイトの側に居れば、ここまでやらなくたっていいんだけど』
「悪かったっての。お前は本当にシロハが好きだな」
『当たり前だろう』
口笛を吹く。俺はスピのこういうところ、結構好きだった。
『それで、何を頼みたいって?』
「結界張って欲しかったんだよ。ちょっと気になることがあってな。でさ、この結界に灰色の男たちを入れちゃくれないか?」
『一般人を? 賛成できないね。そもそも僕は、戦う術を持たない者を戦場に引き込むべきじゃないと考える』
「んなこと言うなって。シロハを一人で戦わせるつもりか?」
『君たちがいるだろう』
俺はにんまりと笑みを浮かべた。なんだなんだ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。可愛いやつだなー、こいつ。
『おいナツメ、僕をモフるな。僕をモフっていいのはホワイトだけだ』
「じゃあ入れてくれよー。入れてくれたら止めてやる」
『どういう脅しだよ。ダメなものはダメ。これは遊びじゃないんだ』
「遊んじゃいねえよ。シロハのためだ」
スピは俺を見上げる。探るような瞳に、俺は悪い笑みだけを返した。説明を求めているのはわかっていたが、話すつもりはあんまりない。
『……君は本当に、何を考えてるんだ』
「あいつを助けたいだけだよ」
『じゃあ、僕と同じだね』
「そうかもな」
スピは小さく頷く。それから角をふりかざし、俺にはわからない何かをした。悪いな、恩に着るよ。
『特定の人間は結界内に侵入できるようにした。彼らを識別するためのアンカーを指定してくれ。外見的特徴でも動作でもなんでもいいい』
「だったら、頭に雑巾乗せたやつは結界をすり抜けられるってのはどうだ?」
『……君たちが本当にそれでいいのなら』
俺は灰色の男たちにRINEを飛ばす。「新世界を望む者たちよ、雑巾の王冠を戴くのだ」。
「あ、やっべ」
特に何も気にせず送ってしまった。この空間から通常空間にメッセージなんて送れんのかな。そう思ったが、送信したメッセージにはすぐに既読がついた。
「……?」
『ナツメ? どうした?』
「何いってんだこいつ」スタンプで埋め尽くされるログを眺めながら、俺は首をひねる。メッセージ、普通に送れるんだ。
「通常空間にもメッセージ送れるんだなって思って」
『あー……。君は本当に目ざといね』
「なんでだ?」
スピは言いたくなさそうだったが、構わず聞いた。言いたくないことは聞かないのが紳士だが、それはそれとして気になったのだ。何を隠そう、棗裕太は往々にしていい加減なのである。
『それを説明するには、この結界についての話をしないといけない。そもそもこの結界は、現実を映し取った異空間なんだ。言わば水面に映る月のようなものさ』
「ふうん? どういうことだ?」
『この中で起きたことは現実世界に反映されない。何を壊そうと、何を奪おうと、結界を解けば全てが元通りになる』
「なるほどね。魔法少女お約束の、好きなだけ暴れていいよ空間ってことか」
『絶妙に違う気がするけど、それでいいよ』
今更感のある説明だった。こういう設定ってさ、ほら、結構序盤に出てくるもんじゃん? アニメで言うと一話か二話くらいで。もっと早めに説明してほしかったわ。
『ただ一部例外があって、空間を移動した人や物は元には戻らないんだよ。この世界で傷つけば傷ついたままだし、最悪死ぬこともある。ここまではオーケー?』
「ああ。なんとなくは分かってる」
『で、もう一つ例外。実はこの空間、通常空間と通信できるように調整してるんだよ。だからメッセージだけなら、向こうの空間ともやりとりができる』
…………。へえ、そう。
わざわざそんなことをするってことは、スピはこの空間内で誰かと連絡を取ることを考慮しているわけだ。その相手が誰なのかは知らない。おそらくは聞くべきではないだろう。少なくとも、今はまだ。





.