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「信じたいか、信じたくないか。それだけじゃねーの?」

 俺は彼らに、現在の状況をかいつまんで話した。

 シロハが魔法少女として世界を守っていること。すでに魔法少女は彼女一人しか生き残っていないこと。今は撃退に成功しているが、ジリ貧の戦いを強いられていること。そして、ようやく逆転の手を見出したこと。


「俺はこの状況を覆すことにした。そのために、お前らの力を貸して欲しい」


 最後にそう締めくくると、部屋は沈黙で包まれた。どう反応すればいいか分からない。そんな戸惑いを感じる。

 しばらくの無言の後、一人の男が小さく呟いた。


「おい、今の話……。どこまで本当だ……?」

「嘘なわけねえだろ……。あのナツメだぞ。ふざけた野郎だが、こんなタチの悪い嘘をつくような奴じゃねえ……」

「でもよ、急に魔法少女がどうとか、世界がどうとか、意味わかんねえって。信じられるわけ無いじゃねえか」


 当然の反応だった。そこで彼らは、シロハを見る。目の前で変身し、今なお燐光を纏う魔法少女の姿を。

 信じるにはあまりにも荒唐無稽。だが、疑おうにも証拠がある。彼らはまだ、どうすればいいかわかりかねていた。


「嘘だろ……? これ全部マジだって言うのか……!?」

「そんなことあってたまるか……! いや、でもよ……!」

「おい、ナツメ! こりゃどういう一発芸だ!? そろそろネタバラシしろよ!」

「だからナツメは笑えない冗談やる奴じゃねえっての! こいつはクズだがゲスじゃねえ!」

「だったら……! 信じろって言うのかよ!? こんな与太話を!? 下手すりゃ明日にも世界が終わるっつってんだぞ!?」


 シロハは体をこわばらせた。大丈夫だって、終わらせないから。

 混乱する彼らはある意味で正しかった。これが現実的な判断であり、これが今の俺たちが取るべき正しい反応だ。できるだけシロハに直視させないようにしているが、状況はほとんど詰みに近い。

 だからこそ、俺はこいつらに頼った。


「でもよ。そんなことどうでもよくねえか?」


 灰原はタバコに火をつける。机の上にどかっと足を乗せ、ぐらぐらと椅子を傾けた。喫煙禁止の教室にあるまじき姿だ。大学の事務員が見れば卒倒するだろう。


「本当だとか、嘘だとか、そんなもんはどうだっていいんだ。俺たちが大事にしてるのはそれじゃないだろ」


 俺たちは道理に縛られない。俺たちは理屈で考えない。そんなものに縛られちまったら、いつまで経っても灰色のままだ。

 どうありたいか。どうしたいか。大事なことは、それだけだ。


「信じたいか、信じたくないか。それだけじゃねーの?」


 灰原が投げやりに言うと、彼らは押し黙った。

 きっと今、彼らはあんぽんたんになろうとしている。理性で考えてはいけない。本能で感じるのだ。数秒ほど黙り込んでから、一人の男がぐるりと俺を見た。


「……どうせなら、もっと早くから巻き込めよな」


 ものすごく、気持ち悪い感じの笑みだった。


「お前らさー! なんでこんな面白いこと黙ってたんだよ! ずりーぞ!」

「定期考査前にとんでもない話持ってきやがって……! くっそ、分かった分かった! とっとと片付けんぞ!」

「え、マジで魔法少女なの!? 世界滅びるの!? あはははは! ウケる! どーすんだよこれ!」

「なあなあ。魔法少女が実在するならさ、ウルトラ男や仮面バイカーもどっかに居るんじゃねえの?」

「いるわけねえじゃん何いってんだお前」「まさかこの流れで否定されるとは思ってなかった」「ヒーローはこれからお前がなるんだよ」「やだ……惚れそう……」


 そうそう、これだよこれ。だからお前らじゃないとダメなんだよ。

 灰色の男たち。こいつらは、俺が信じる世界最強の仲間たちアホどもだ。


「ナツメさん……。あの、この人たち正気ですか?」

「正気なんてそんなに大事にするもんじゃねえぜ」

「思いっきり開き直った……」


 俺たち腐れ大学生。理性とは最も程遠い生き物なのだ。

 そんなわけで灰色の男たちは腹をくくった。ぶっちゃけこうなるとは思ってた。だって俺たち、灰色の男たちだし。


「じゃ、早速で悪いんだけど手伝って欲しいことがある。人手が要る上にくっそ地道な作業だ。報酬はわずかもない。至難の旅、極寒、暗黒の日々、絶えざる危険。もちろん生還の保証はない。成功の暁には名誉と称賛を贈ろう。どうだ、やるか?」

「南極にでも生かせるつもりか?」

「いんや。異空間」


 彼らの表情が凍った。

 頼みたいこととは、スピが作り出した人払いの結界内を探索することだ。魔法少女と襲撃者が交戦するために用意された、あの場所である。

 大境界。人払いの結界。月光。それらの要素が絡みついて作られたあの空間には、何かがあると俺は踏んでいる。


「異空間っつっても現実世界をベースに作られた場所だから、そこは安心してくれ。ファンタジー溢れる異世界でも、異形がはびこるドリームランドでもない。まあ、なまじ生活感が漂ってるだけ不気味っちゃ不気味だけどな」

「へ、へへ……。そんなもん怖くもなんともねえよ、ビビらせやがって……! この世に押し入れより怖いものなんてあるもんか!」

「押し入れの話はやめろ! 押し入れのある部屋で眠れなくなった奴だっているんだぞ!」

「押し入れ……。なぜだろう。俺は、どこかでこの言葉を聞いたことがあるような……」

「考えるな! 思い出さなくていい! もうあの事件は終わったんだ!」


 灰色の男たちは一斉にガタガタと震えだす。いや、灰原だけは平然としていた。あいつも押し入れ事件の当事者どころか、誰より近い場所で『アレ』を目撃したというのに。こいつどういうメンタルしてやがんだ。


「あの、ナツメさん。押し入れって」

「聞くな」

「でも……」

「頼む。聞かないでくれ。あの話はもうやめよう」


 シロハはとても気になっているようだったが、俺は彼女に答えることはできなかった。この話を蒸し返すのはもうやめよう。あれはもう、忘れるべきことなんだから。


「それにしてもまさか押し入れからあんなもんが出てくるとはな……」

「その後に起こったアレもかなりやばかったよな」

「まさか俺たちの身近でアレが起こりうるなんて、想像もつかんかったわ」

「俺はそうじゃないかって思ってたぜ。全ては繋がってたってことだよ」

「いーやそれは恣意的な解釈だね。断定するには早すぎる」

「じゃあもっかいあの押し入れを調べんのか? 誰がやるんだ?」

「……謎は謎のままにしておこう」


 ぽつりぽつりと漏れてくる言葉にシロハは首をひねる。それからもう一度俺を見た。彼女が何を求めているかは分かったが、俺は黙って首を振った。


「話戻すぞー。そんなわけで諸君らには異空間を探検してもらう。決行は今夜。エントリーポイントはこの周辺ならどこでもいい。少しでも多くの情報が欲しいから、できるだけバラけてくれ」

「待て待て待て! 一人で異空間に行けっていうのか!?」

「別に危険はねえよ。危ないヤツはいるけど、そいつは俺が引き受けるから」

「危ないヤツがいるのか!?」


 目を見開いて怯えだす。いやまあ、危ないヤツって言っても、リントヴルムのことなんだけど。ここまで恐れられてあいつも嬉しかろうよ。


「どうしても嫌なら二人組でもオーケーだ。事前の準備は各自に任せる。こういうのもあれだが、結構楽しいと思うぞ」


 彼らはまだまだ納得いってなさそうだったが、俺は手を叩いて話を打ち切った。これ以上は実際に見てもらったほうが早いだろう。それに事前知識が無いほうが、かえって探索するには捗るかもしれない。

 それに、もう一つ大きな理由がある。なんてことはない。俺が説明に飽きたのだ。

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i316778.
レジェンドノベルス・エクステンド様より書籍化します!
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