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『行けたら行くわ』

「たやー」

「ぐわー」


 勝った。



 *****



 そんなわけで今日のデイリークエストリントくんも終わり、俺たちは適当な飯屋で溜まっていた。


「でさ、皆怖がって誰も行こうとしないんだよ。しょうがないから俺が扉開けたんだよね。ドアノブ掴んだ時からもう変な匂いするし、なんか部屋の中からうめき声聞こえるし、ぶっちゃけめちゃめちゃビビってた」


 灰原の「最近あったちょっと変な話」を、シロハは真剣に聞き入っている。眠りについたスピを膝に乗せ、両手をぎゅっと握りしめながら。怖いけど聞きたいらしい。


「で、中入っても電気ついてないんだよ。明らかに人気があるのに、真っ暗なの。もう帰りたくてしょうがなかったけど、そういうわけにもいかないじゃん。とりあえず電気つけて、中探したんだよ」


 ぶっちゃけ俺はこの話の落ちを知っていた。だって俺も当事者の一人だったし。そんなわけで、俺は灰原の話よりも怖がるシロハの鑑賞に精を出していたのだ。

 その時、ポケットに突っ込んだスマホがぶるりと震えた。なんだなんだ。ちょっと失礼してスマホを覗き見る。


「でも部屋には誰も居なかった。しばらく探してると、仲間の一人が押し入れから声が聞こえるって言い出してさ。もうみんな泣きそうよ。それでも気合い入れて押し入れ開いたんだけど、やっぱり誰も居ないんだよ。ぶっちゃけちょっと安心したよね。その時だった。俺は、ふと気配を感じて天井見たんだ。そしたら、押し入れの天井に――」

「あ、悪い灰原。ちょっとストップ」

「ん? どうした?」

「急用だ」


 俺は灰原の話を遮った。無作法で申し訳ないが、緊急を要する案件だと判断した。


「え、ちょっと、灰原さん。続きすっごく気になるんですけど!? 押し入れに何が居たんですか!?」

「そう言ってるが、ナツメ。どうする?」

「二人とも、本当にすまん。それよりもこれを見てくれ」


 二人に見えるようにスマホを置く。そこに表示されているのは、ついさっき受け取ったショートメッセージ。

 古森鏡子からのRINEだ。


「へえ。それが、さっき話してた子か」


 先程、灰原にも古森鏡子の話をした。らぶちゅっちゅについてはボカして説明したのだが、異様な食いつきを見せる奴の追求を避けるのは至難の業だった。リントくんが五人くらい消し飛ぶような壮絶な舌戦の末、俺は虚しい勝利を掴み取ったのだ。


「ブラック……」


 シロハはスマホを手に取って、メッセージを確認する。送られてきたのは数枚の画像だ。

 一枚の画像には、宇宙空間を背景として巨大なトーラス状の構造物が収められている。外枠は無機質なパネルチューブで構成され、中心部分は空洞だ。その空洞になっている部分から、青い燐光が放たれていた。


『……ゲートだ』


 スピがつぶやく。意識せず、思わず漏れたような言葉だった。


『ほら、前に教えたクサビを生成する装置だよ。中心にある次元門を通り抜けることでクサビを得て、大境界を抜けられるようになる。文字通り、これがこの世界へのゲートだ』


 世界に侵入するために使われる装置。それを聞いた時、頭の中で閃くものがあった。


「だったら、これをどうにかすれば侵略は止まるのか?」

『早まらないで。まだ、どこにあるかが分かったわけじゃない』

「いいえ。その心配はなさそうですよ」


 シロハは次の画像を表示する。次の画像は簡易的な星系図だった。地球を中心として、いくつもの衛星軌道が簡易的に記されている。その中の一つに、赤ペンで注釈が入れられていた。


『間違いない……。これがゲートだよ。衛星軌道の中に紛れ込ませているらしい。くそっ、大胆なことをする』

「待てよ、ゲートってのは宇宙にあるのか?」

『そう考えてもらって構わない。まさか、こんな目と鼻の先にあるなんてね』

「目と鼻の先? 宇宙がか?」

『どう受け取るかは任せるけど。近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い場所だ』


 要は尺度の問題だろう。そりゃ宇宙空間へ飛び立つ術さえあれば近い場所だが、それが無い俺たちにとっては遥か彼方と言っていい。


「これさ、どうにかしてぶっ壊せないか」

『それは……。どうだろう、出来なくはないと思うけど。何かしらの手段を考えないといけないだろうね』

「例えばこっからスーパーウルトラマジカルビームをぶっ放すとするじゃん。それが当たったら壊せない?」

大境界ハイパー・ブルーが魔力を吸収しちゃうから、届くまでに減衰しちゃうよ』

「じゃあミサイルだ。核ミサイルで撃ち落とす」

『無理。生半可なミサイルなんて、自動迎撃装置が全て撃ち落とす。奇跡的に命中したとしても、核弾頭程度じゃ相当数打ち込まないと破壊は難しいだろうね』


 スピは迷わず言い切る。人類が誇る最悪の兵器が、あまりにも軽くあしらわれた。流石にちょっとくらっと来た。


「ちなみにだけど、シロハだったら壊せるのか?」

「できるとは思いますが……」


 できるらしい。すげーな魔法少女。核より強いんだ。


「刃が届く距離までたどり着ければ、どんなものでも斬ってみせます。ですが、どうやってたどり着くかが問題です」

「そうだよなぁ。いくらシロハでも、宇宙までは飛べないよな」

「それ自体は不可能ではないですよ」


 ……できるらしい。ほんとすげーな、魔法少女。もうこの子一人でなんでもできちゃうじゃん。


『問題になるのはやっぱり大境界だ。ホワイトの身体も魔力でできてるんだから、無理に通り抜けようとするとホワイトが吸収されちゃうよ』

「……だったら。大境界が問題にならないタイミングだったら行けるんじゃないか?」

『君はいいところに目をつける。それならできなくはないけどね』


 スピは苦笑する。意味は明白だった。大境界が問題にならないタイミングなんて、一つしか無い。


『大境界の吸収力には限界がある。それを飽和するだけの魔力が供給されていれば、大境界は問題にならない。そうだよ、満月の夜だ』

「ですが、その夜は……」

『襲撃が最も苛烈になる夜でもあるね』


 気がつけば、口元が緩んでいる自分がいた。

 古森鏡子からの情報供与で見出した、俺達の勝利条件。この詰みに等しい状況を覆しうる小さな希望。依然として楽な道ではないが、これならまだ、不可能じゃない。


「なあなあ。メッセージ、まだあるみたいだぜ」


 灰原がスマホを指差す。二枚の画像の後に、テキストメッセージが一文送られてきていた。


『行けたら行くわ』


 …………。おう。


「これってつまり、古森も来るってことか?」

「絶対来ないでしょ。こう言って来るやつなんて居ないわ」

「でもわざわざこんなメッセージ送ってきたくらいだしなぁ……」

「あの、これってどういう意味なんですか?」


 シロハは一人首をかしげていた。俺と灰原は曖昧に笑って誤魔化した。あのねシロハちゃん。これはね、人間社会が生み出した面倒くさい人間関係の闇だよ。


「それで、ナツメ。どうするんだ?」

「んー……。シロハはどうしたい?」

「え、私ですか?」


 俺の方向性は決まっているが、それよりシロハがどうしたいかだ。極論シロハにその気がなければ、俺はそれでも良いと思った。


「そうですね……。わざわざこんなメッセージを送ってきたってことは、つまりこれをぶっ壊せってことですよね。正直無茶苦茶ですよ。この無茶振り具合、なんだか懐かしさすら覚えます」


 シロハは嬉しそうにはにかんだ。それから、一度言葉を切って、強い口調で言った。


「やりましょうか。ブラックの無茶振りに答えるのは、相棒の務めですから」

「ああ、そうだな。ここらで反撃と行こうか」

「しゃーねーな、もっかい世界救っちまうかー。俺たちプニキュアだしな」


 灰原のやる気のない宣言にニヤリとする。そうだった、そういえば俺たちプニキュアだったな。すっかり忘れてたわ。


「一応言っておきますけど、あなたたちは逃げたほうがいいですよ? 満月の夜はいつも大変なことになりますので」

「野暮ったいこと言うなよなー、シロハちゃん。灰色の男が仲間を置いて逃げるわけないじゃんか」

「灰原の言うとおりだ。どんな困難だって、この四人で乗り越えてきたんだからな」

「あなたたちは……。それ、本当になりそうですね」


 シロハの柔らかい笑みに、俺たちはニヤリと笑い返す。本当になりそうではない。これから、本当にするんだよ。


「でさー、大将。実際どうすんだ? 勝利条件こそ見えたけど、まだまだ問題山積みだぜ?」

「そうだな……。少し考えたいが、最初にやることは決まってる」

「お、方針決まってんの? 幸先良いね」


 ネックになっているのは戦力だ。リントヴルムを撃退しつつゲートを破壊するのは、俺たちだけじゃ手が足りない。

 だが幸いにも、俺にはこんなときに手を貸してくれる仲間たちがいた。


灰色招集スクランブルを発動する。灰色の男たち、全軍を持って敵を討つぞ」


 そう。灰色の(暇を持て余)男たち(したアホども)だ。

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