「じゃあ俺が魔法少女になればいいんだな」
束の間、沈黙が部屋を支配する。
俺は何も言えなかった。あまりにも壮絶な魔法少女の生き様に、言葉を挟むことはできなかった。
「こうして、二年前の大侵略は幕を閉じました。侵略を退けることはできましたが、ブラックを含めた多くの魔法少女が犠牲となりました。それ以降も侵略は続いて……。後の流れは、ご存知ですね」
シロハの孤独な戦いが始まったのはそれからだ。
続く侵略に戦力が追いつかず、魔法少女は一人ずつ敵の手に落ちていった。今となってはもう、生き残っている魔法少女はシロハだけだ。
「……辛かったな」
彼女は生き抜いた。戦友を失い、仲間を失い、多くの十字架と宿命を背負いながら、たった一人で生き抜いてしまった。
辛くないはずがない。だと言うのに彼女は、首を振って微笑んだ。
「やめてください。私は、魔法少女ですから」
「でもよ……」
「たとえ何があろうとも、私は世界を救うために最善を尽くします。その妨げになるなら、余計な感傷なんて不要です。ですから、やめてください」
彼女は感情を押し殺して、にこやかな微笑みだけを作った。それは、痛いくらいに強い笑顔だった。
どれほど過酷な状況に置かれようとも、彼女は現実に向かい続ける。何があっても未来を決して諦めない。それがどれほど残酷な選択だったとしても、諦めてしまうほうがよっぽど簡単だったとしても。
何があろうとも空を目指し続ける、どこまでも純白な決意。彼女は、俺が見たどんな人よりも強く美しかった。
「俺は……」
シロハのために、何ができるんだろうか。
その言葉を飲み込んだのは、せめてもの矜持だった。認めるわけにはいかなかった。俺は彼女ほど強くなれない。夢はなく、情熱もなく、ただ日々に埋没する灰色大学生は、純白の魔法少女とはほど遠い場所にいる。
それでも俺は、彼女のために何かをしたい。それだけは譲れなかった。
「……それで。古森鏡子がそのブラックシルトだとするなら、彼女はどうして今になって姿を現したんだ?」
誤魔化すように話題を変える。幸いにも彼女は何も言わなかった。そのことが、俺にとっては救いだった。
『さてね。正直謎だらけだよ。願いの魔法を使って消滅したはずなのに、どうして生きているのか。どうしてこのタイミングで君に接触したのか。彼女は一体何を考えているのか。そもそも彼女は本物のブラックシルトなのか。わからないことをあげればキリがないよ』
「んー。なんとなくだけど、私は本物のブラックだと思うよ」
『ふうん? どうしてだい?』
「ブラックは秘密主義だったでしょ。いつも何やってるのか全くわかんないんだけど、ある時突然結果だけを突きつける。それでみんなを驚かせるの」
『確かにブラックシルトはそういう子だったけど……。それにしても意味がわからないよ』
死んだはずの人間が生きていた。そんな話は良く聞くが、トリックのタネは決まっている。実は死んでなかったか、実は別人かなにかの見間違いだった。大体はそのパターンだ。
「なあ、一つ聞きたいんだけどさ。願いの魔法ってなんだ?」
「あー……。それは、ですね。えっと……」
シロハは少し言いよどむ。どうしようか頭を悩ませていた様子だったが、彼女に代わってスピが答えた。
『魔法少女の最終手段。自らの命を燃やし尽くすことで、全ての潜在魔力を解放する秘中の秘だ』
「ちょっと、スピ。なんで言っちゃうの」
『この子、たまーに追い詰められるとこれ使いたがるから。ナツメ、君も注意してあげて』
そうなのか? とシロハを見る。シロハは困ったような笑顔で誤魔化そうとした。おいちょっと待て、そんなもん絶対に使わせねえぞ。
『願いの魔法を使うってことは、自分という存在全てを魔力に変換するってことだから。それだけの魔力に身を委ねるんだから、何があってもおかしくはないよね』
「そもそもさ、その魔力ってのはなんなんだ?」
『あれ、説明してなかったっけ』
「ちゃんとした説明は聞いたこと無い」
魔法少女の活動に使われるマジカルパワー。それ以上の説明は聞いてないし、とりあえずのところはそれで納得していた。
『魔力を一言で表すならば、正体不明の精神感応エネルギーだ。魔法少女の活動源として使われたり、魔法の動力源として使われたり、使用用途は多岐にわたる。ホワイトの体を構成しているのも魔力だよ』
「そうそう。生命活動を魔力で代替しているから、魔力がある限り飲まず食わずでも問題ない。便利だよね」
『そうなんだけど、便利だって喜ばないでほしい。ちゃんと食べて、ちゃんと寝るの。ホワイトは人間なんだから』
スピの小言をシロハは軽く聞き流した。心配せんでも、俺に合わせて食べて寝てるよ。大丈夫、彼女はグリーンピースが苦手なだけの普通の女の子だ。
『こんな感じでいい? お望みとあれば、もっと突っ込んだ話もするけど』
「頼む。ちゃんと知っておきたい」
『了解。魔力はエネルギーとしていくつかの性質を持つんだ。貯蔵ができたり、移動ができたり、術式を介せば他のエネルギーに変換することもできる。君の右手にある魔術紋がちょうどいい例だね』
スピは俺の手の甲を叩いた。古森鏡子から受け取った魔術紋。空に掲げて叫べば使えるらしいそれは、濃紺の輝きを淡く放っていた。
『一応補足しとくけど、その魔術紋は使えないからね』
「? 使えないのか?」
『術式は刻まれてるけど、魔力が籠められてない。そのままだと動力不足で何も起こらないよ』
ええ……? これ、使えないの……?
スピは残念ながらと首を振った。本当に使えないらしい。まじかー。
「シロハが魔力を籠めるのはできないのか?」
「できなくはありませんが……。他人に魔力を譲渡するというのは大変危険な行為なんですよ。魔力の扱いに長けた魔法少女同士ならともかく、ナツメさんにそんなことをするわけにはいきません」
「じゃあ俺が魔法少女になればいいんだな」
『その結論はおかしい』「その結論はおかしいです」
とにかく、せっかく受け取った魔術紋はどうあっても使えないらしい。正直結構残念だ。これ、本当にただのお守りじゃん。
「まあ、いいや……。それより魔力ってのは電気と似てるな。貯蔵は効くみたいだけど」
『その認識であってるよ。だけどもう一つ違うところがあって、魔力は物質化できるんだ。ホワイトの体とか、服とか剣とかがそれ』
へー、そうなんだ。俺はシロハのほっぺをむにむにした。なるほどこれが魔力か。結構もちもちしてる。
「……なつめさん。あなたは何をしてらっしゃるのでしょうか」
「ほっぺをむにむにしている」
「ほっぺをむにむにしてはいけません」
「ほっぺはむにむにされたがっているぞ」
「ほっぺはむにむにされたがっていないです」
シロハに手をはたかれた。ああん、もうちょっと。
『……説明、続けていい?』
「ああ。よろしく頼む」
『と言っても、魔力について分かっていることはここまでなんだ。実のところ、魔力については分からないことの方が多いんだよ』
「? 分かってて使ってるわけじゃないのか?」
『うん。というよりも、僕は魔力について解明するためにここに居るから』
……ふうん?
そういえばスピの目的についてちゃんと聞くのは初めてかもしれない。なんとなく、魔法少女と共に世界を守るのが目的だと思ってたけど。いや、スピはこの世界のことは別にどうでもいいんだったか。
「え、そうだったの?」
『そうだよ。言わなかったっけ?』
「初耳だよ」
シロハも知らなかったらしい。おいおい、それでいいのか魔法少女。
『目下のところ、魔力最大の謎は発生のメカニズムだね。魔法少女は高い魔力を生み出す能力を持つわけなんだけど、どうしてそんなことができるのかは全く分かってないんだ』
「そうなんですよねえ。日によって増えたり減ったりしますし、長い間枯れることもあればある日突然湧いて出てくることもありますし。正直自分でも、魔力ってなんなのかよくわからないんです」
「ええ……? そうなのか?」
シロハは不思議そうな顔をしていた。よくわからない力で動くってのはどういう感覚なんだろう。
『魔法少女の魔力が減退し続けると、最終的には消滅してしまう。個体差もあるけど、魔法少女になってから大体百年くらいでそうなるかな。中には千年近く生きた子もいるけど』
「あー、懐かしいですねえ。後数年で生誕千年祭だからそれまでは死なんぞー、なんて言ってましたっけ」
『逆に、魔法少女になってから数ヶ月で消滅しちゃった子もいたり』
「そんな子いましたっけ?」
ちなみにシロハはと言うと、ここのところしばらく減退期が続いていたらしい。でも最近は少しずつ魔力も増えてきて、以前の調子が戻ってきたそうな。
結局魔力の増やし方はよく分からない。せめてそれがわかれば、突破口になりそうなんだけど。
「なあ。スピは魔法少女を作り出せるんだろ? その時に魔力を生み出したりはしないのか?」
『あー。あれは違うよ。元々魔力を多く持つ少女に、力の使い方を教えているだけなんだ』
「お、マジか。じゃあそれ俺にもやれたりしない?」
『存在ごと作り変えることになるから命捨ててもらうけど、それでもいい?』
「オーケー、それはやめとこう」
そう言えばそうだった。魔法少女ってのは死の淵にいる少女を素材に作られる活動体、だったか。さすがに俺も命は惜しい。
「じゃあ魔力ってのは先天的な才能に依るものが大きいのか……? いやでも気まぐれに増減するらしいからなぁ。以前シロハが言ってた、夢を抱いた女の子ってのは関係ないのか?」
『いいや。僕に言わせれば、あれは俗説。夢と魔力に関連が無いとは言わないけど、夢が大きければ魔力が強いってわけでもないし。そこはまだ調査中だね』
「えー? 本当だよ。魔法少女は夢を抱いて生まれてくるんだから」
『そういう魔法少女が多いのも確かだけど、そうじゃない魔法少女だっている。それにさ、ホワイトは自分が持ってた夢ってやつを覚えてないんだろう?』
「確かに魔法少女になったときに忘れちゃったけど……。でも夢を持ってたってことは覚えてるよ」
結論。よくわからん。
俺はしばらく頭をひねらせたが、どうにもならずに仰向けに寝転がった。電灯に手をかざすと、ラメ色の魔術紋が淡く輝く。結局わかったのは、こいつがただのお守りに過ぎないってことだけだった。





.