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魔法少女引退しました

 瓦礫の山を押し上げて、ホワイトは立ち上がった。

 余すことなく全身傷だらけだ。純白のドレスはところどころ破れ、額から流れる血が目に染みる。純白の剣を杖代わりに使い、荒く息を吐いた。

 コンディションは悪い。それでも立たなければならなかった。


「やー、きっついね、どうも。どうよホワイトちゃん、まだ元気いっぱい?」


 漆黒のバトルドレスを纏う少女が、軽いノリで話しかけた。彼女の名はブラックシルト。ホワイトブランドの相棒であり、この状況で生き残っている数少ない魔法少女だ。


「まだやれる。片目潰れたけど、両手両足はついてるよ」

「五体満足なら上出来だね。問題があるとすれば魔法少女の労働環境くらいか」

「ブラックはどうなの? さっき随分と無茶してたけど」

「もう魔力尽きちった」

「まじかー」


 ホワイトは小さく嘆息する。交わされる言葉は軽かったが、状況は極めて絶望的だ。

 当初何人も居た仲間たちは、熾烈を極める戦いの最中で一人ずつ力尽きていった。そしてブラックもこれで脱落だ。これでもう、戦える魔法少女はホワイト一人になったわけだ。

 かくいうホワイトも万全というわけではない。限界などとうに踏み越え、ギリギリのところで戦っている。いつ力尽きてもおかしくなかった。


「……あれ、どうやって倒そうね」


 紅に染まった満月が、瓦礫と化した街並みを照らす。その中心で、巨龍星喰らう王龍ミドガルズオルムがそびえ立っていた。

 大境界ハイパー・ブルーを突き破って召喚された異次元の怪物だ。幾重にも渡る魔法少女決死の迎撃を受けてなお、変わらず猛威を振るい続ける。生命を超越した魔法少女ですら持て余す、化け物と呼ぶにふさわしい存在だった。


「いや無理でしょ。ウチらよく頑張ったと思うよ。ホワイトちゃん、今日はここまでにして続きは明日にしようぜ」

「いいねー。帰りにアイス買ってこうよ」

「コピパのチョココーヒー、はんぶんこね」

「えー。バニラ味がいいよー」


 軽口を交わしながらも、ホワイトとブラックは並び立つ。

 退却は許されない。それは世界の終焉を意味している。それ以上に、彼女たちは退くつもりなどさらさら無かった。


 絶望的な状況など飽きるほど越えてきた。ここに居るのは、襲い来る数多の厄災から地球を守り続けてきた世界の守護者だ。

 隣に立つ友が居る限り、魔法少女は諦めない。いまさら言葉に出さずとも、少女たちの決意は揺るぎなかった。


「ホワイト。どうしたい?」


 ブラックは問い、ホワイトは答えた。


「送り還そう」

「そりゃまたどうして」

「あの子、無理やり呼ばれただけだもん。元いる世界に還してあげたい」


 敵は倒す。必ず倒す。それは彼女たちの基本方針でもあったが、ホワイトは今回に限り曲げることにした。

 深い考えあっての言葉ではない。ただ、龍が悲しそうな目をしていたから。


「珍しく優しいじゃん」

「今日は記念日だしね」

「なんの?」

「世界平和記念日」

「いいね」


 平和とは程遠い現状だが、ホワイトは嘘を言ったつもりはない。これから平和にすればいい。いつもやってきたことだ。

 状況は極めて絶望的。世界平和どころか十分後にこの世界が残っているかすら怪しい。

 でも、やる。彼女たちにとっては、それだけのことだった。


「……ふむ。あれを召喚した奴らはぶっ飛ばしたし、問題ないかな。何より倒すよりは楽か……」

「打算じゃなくて愛で戦おう。魔法少女なんだから」

「んなもん擦り切れたわ」


 ブラックは現実的だった。相方のホワイトとしては、愛と正義を胸に戦っていた初心を思い出して欲しいところだ。


「この惨状で愛とか正義とか言えるホワイトがおかしいの。私たちがいなかったらこの世界、七回は滅んでるんだぞ。なんであれだけの死闘を笑顔で可憐に乗り越えてんだよ。ちょっとはトラウマの味を覚えろ」

「色々あったよね。でも私たちならきっと、どんな壁も越えていけるよ」

「いい話にすんな」


 あくまで楽観的なホワイトに対し、ブラックは不満そうだ。それでも戦うことを投げ出さないのは魔法少女としての挟持ゆえか。愛と正義を胸に戦うホワイトと、策と打算を頭に戦うブラック。正反対の二人ではあるが、これで二人は相性が良かった。


「ブラック、作戦は?」

「――召喚獣には存在維持のためにクサビが打ち込まれる。それを砕けば簡単に還せるはずだよ、理論上は」

「…………つまり?」

「せめて少しでも分かろうと努力する姿が見たかった」


 この魔法少女、細かいことを考えるのは苦手である。


「ぶっ飛ばせ。後はアドリブだ」

「いつも通りだね、任せて」


 ブラックからの無茶振りを、シロハは笑って受け止める。聞きたかったのはその言葉だ。剣を構え直し、巨龍を睨み、ぎっと地を踏みしめる。


 駆けた。


 音速の壁をぶち破り、ソニックブームと同時に魔法で閃光を生み出す。視界と音響がかき消され、闇雲に振るわれた龍の尾を刹那の見切りですり抜ける。

 肉薄、そして乱打戦。翼の一撃を打ち払い、龍爪の横薙ぎを斬り返し、星をも貫く大牙を蹴り飛ばす。質量差のある相手に真っ向からかち合う。無謀とも思える特攻であったが、それを成し遂げるのがホワイトブランドという魔法少女だ。

 戦いに踊る最中、ホワイトの思考は加速する。どう攻めるべきか。どう守るべきか。瞬間に生まれては消えていく無限の選択肢の中から、直感で正解を引き続ける。こと戦いの領域において、ホワイトは天賦の才を持っていた。


「ホワイトーっ! 首のっ! 下!!」


 ブラックの声が響く。龍の首に突き刺さっているのは、黒々と瘴気を撒き散らす金属片。

 あれがクサビだ。


「シャイニング――」


 ホワイトは刃に純白の魔力を重ねる。その光に危険なものを感じたか、龍は首を強引に引き戻して口を開いた。

 龍の口内に炎が煌々と燃え盛る。莫大な熱量を有して輝きを増す炎は、見たこともない不吉な蒼だった。


 蒼い炎から途方もない熱を感じる。あれを受ければホワイトは死ぬ。それでも彼女は、避けようとも、防ごうともしなかった。

 思考はどこまでもシンプルだ。正面から真っ直ぐぶち抜くまで。


 ただ、強く、魔法を願った。


「――カタストロフィ・デッドエンドオオオオッ!!」


 白刃と蒼炎が正面からぶつかる。膨大な力が衝突し、閃光と爆風が吹き荒れ、大規模な崩壊が引き起こされる。

 崩壊の中、龍のクサビは砕け散った。同時にホワイトも吹き飛ばされる。一瞬の浮遊感を味わった後、瓦礫の山に突き落とされた。


「ホワイト!? 大丈夫!?」


 言葉を返す余裕も無かった。

 痛みはどこか遠く感じられる。視界は赤に染まり、身体は動かない。感覚が麻痺したような不快感が全身にこびりつく。一呼吸ごとに意識は明瞭になり、経験の無い激痛がじわじわと牙を剥いた。


「ホワイト……? 生きて、るの……?」


 ブラックは小さく呟いた。よほど酷いことになっているらしい。

 体は既に満身創痍だ。魔力もさっきの攻撃で使い果たした。これ以上戦う力なんて、もうどこにも無い。

 それでも。


「ホワイト……」


 目を開く。潰れた視界の中、悶え苦しむ龍が見えた。

 立ち上がる。血を吐きながら、激痛を無視して体を支える。


 死んでない。まだ死ねない。

 死んでたまるか。


「……ああ、もう。休んでろバカ」


 ひらりと黒い花びらが舞い落ちた。癒やしの光がホワイトを包むと、痛みが少しだけ和らいだ。

 黒い花びらを舞い散らせながらブラックは優しく笑う。その笑顔に、ホワイトの心は騒いだ。


「魔法――。待って、魔力は!? 魔力はどうしたの!?」

「あー、気づくか。ホワイトって色々抜けてるくせに、変なところで勘いいよね」

「質問に答えて! ブラック!」

「お察しのとおりだよ」


 彼女は不敵に笑う。それは、覚悟を秘めた笑みだった。


「命燃やした」


 ブラックの内より黒い花びらが溢れ出す。それは、魔法少女ブラックシルトの命そのものだ。

 願いの魔法ラスト・マジック。自身の命を代償に発動する、禁断の魔法。魔法少女が持つ最終手段にして、決して使ってはならない最後の切り札。

 ブラックは、既に覚悟を決めていた。


「顔見れば分かるんだよ。ホワイトだって、これ使うつもりだったでしょ?」

「それは……。でもっ……!」

「早いもん勝ちってことで。生きろよ、相棒」


 伸ばした手も届かずに、ブラックは花びらを舞い散らせながら天に舞う。


「約束! 私が世界を守るから、ホワイトは世界を救いなさい!」


 蒼穹に描かれた漆黒の魔法陣が龍の時を止める。空間ごと時間を静止させる大魔法。間髪入れずに紡がれたのは、異次元へと繋がる門の魔法だ。

 ブラックは躊躇わない。巨大な魔法を軽々と操りながら、次元の彼方へと巨龍を叩き返す。

 やがて龍が姿を消すと、ブラックは門を閉じた。瓦礫と化した街の中心で、空を見上げて月を眺める。


「あーあ」


 満足そうにブラックは微笑む。紅く輝く満月が、優しい光で彼女を照らした。


「死にたくないなぁ」


 独白。

 そう言い残して、ブラックシルトは消失した。

 忘れられないほど華やぐ笑顔で、この世界から消失した。

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