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1-10 終活ゴブリン

災厄の魔物ゴブリン。

人々を襲い男は食料に、女は繁殖の苗床にする化け物。

そんな世界中のゴブリンが自らの集落を捨て移動を始めた。

後にナルナビクの動乱と呼ばれた人類最大の危機。

その移動の途上にある人類社会は襲いくるゴブリンの波に飲み込まれていく。

いくつもの村が襲われ、街が燃え、国が滅んだ。


だがゴブリンはある日を境に突如消えてしまった。

滅びに瀕していた人類は知らなかった。

その歴史の陰に金髪の少女と赤毛の男が存在したことを。


これは終わりの物語。

あの日から続く終わりの恋の物語。

「ゴブリンを知っているか?」


 隣にいた男がふいに話しかけてきた。

 初めて入ったサンタマリア街区の旧教会近くにあるカウンターだけの立ち飲み屋。

 まだ早い時間だというのに、そこそこ混んでいたのは、それなりに旨いつまみが出てくるからか。


「ゴブリン? 突然滅んだと言われている魔物のことか?」


 そう答えながら隣の男を横目で観察した。

 茶色のローブ姿で、巨躯の背中を少し丸めるようにしながら蒸留酒(ウイスキー)を傾けている男。

 目深(まぶか)にフードを被っており、俯き加減なため、表情は読み取れないが、浅黒い肌に刻まれた皺から老人のようにも見える。


「そうだ。その魔物のことだ」

「滅んだとはいえ、この辺りで知らない奴はいないだろう」

「そうか、そうか」


 男はそう言いながら、口元に笑みを浮かべる。

 そして、グラスに口を付けると、そのまま黙ってしまった。


 その笑いが妙に気になった。

 まぁ、酒の肴にはなるだろう。

 そんなことを考えながら、俺は言葉の真意を問おうと身体を男の方に向け、グラスを見せながら、


「そのゴブリンがどうしたんだ?」


 と話しかけた。


 男はそこで初めて顔を上げポカンと口を明けたまま、こちらを見た。

 浅黒い肌には、いくつもの傷が刻まれ、まるで歴戦の強者といった風体(ふうてい)だ。

 フードから出ている深い赤色の巻き毛は不吉な血の色を連想させた。

 目の周りには日焼けによる深い皺が刻まれているが、思ったよりは若いのかもしれない。

 何となくそう思った。


「自分で話しかけておいて、その表情は無いだろう」


 そう言うと男の顔は嬉しそうに破顔した。


「聞きたいか、そうか。そうか」

「いや、そこまでではないが」

「いいぞ若いの。そういう好奇心が身を滅ぼすことも、助けることもあるんだ。気に入った。マスター、この若いのに一杯。俺にも一杯くれ」


 カウンターの奥で葉巻を吸っていたマスターが琥珀色の酒を2杯用意し、一つを俺の前に置いた後、男に話しかけた。


「珍しいな。オールが他の客と話すなんて。それにもう4杯目だぞ。いいのか?」

「問題ない。今日は特別だ」

「そうか」


 この赤毛の男はオールと言うのか。

 どうやら常連なのだろう。


「悪いな。奢ってもらって」

「若い者が気にするな。それに今日は記念日なんだ」

「記念日? 誕生日か何かか?」

「馬鹿を言え。今日はナルナビクの動乱記念日だろ」

「ああ、それなら知っているが。さっきも教会の周囲はお祭り騒ぎだったよ。旧教会近くのこの辺りとは大違いだ」

「本物はこっちなのに、全く最近の奴らは解っていない。どっちにしろナルナビクはどうでもいい。俺が祝いたいのはゴブリンのことだ」

「ふむ、どうやら長い話になりそうだな」


 俺は覚悟を決めてグラスを飲み干し、空いたグラスをオールに見せる。


「悪いがもう一杯奢ってくれ」


 誰かの記念日には付き合う。

 それが家訓だ。


「若いの。解っているな。名前は? その体躯(ガタイ)、兵士か?」

「そんなところだ。名前はダンと呼んでくれ」

「ダンか。良い名だな。マスター。ダンと俺にもう一杯だ」


 そう言って俺に真似てグラスを飲み干したオールは語り始めた。

 ゴブリンが滅んだ日。

 あの日に続く終わりの物語のはじまりから。

 それは――




 ゴブリン(おれたち)

 人に似た最厄の魔物。

 子宮を持つ雌となら何だって繁殖が可能という特異な性質を持つ化け物。

 そして交わった雌から産まれてくるのは、やはりゴブリン(おれたち)


 人の大人よりは小さく、10歳の子供よりは大きい。

 力は人間の雄より弱く、雌や子供よりは強い。

 頭脳は人より愚かで、猿より賢い。

 道具を使い、火も扱う。

 そして雄しかいない。

 

 それがゴブリン(おれたち)だ。


「ギャ、ギャ、ギャ!」


 目の前では苗床として機能しなくなった人間の雌が餌になっていく。

 虚ろな目は死への恐怖すら映し出さない。


 交われば1ヶ月後にはゴブリン(おれたち)が産まれる。

 子を産めば、また犯され、孕まされる。

 場合によっては、産んだばかりのゴブリン(子供)にその場で犯される。


(人間なんて何が美味いんだろうな)


 衰弱して子を産まなくなった雌は食料になる。

 勿論、雄も食う。

 胃袋へ向かう経路の違いは苗床として経由するか、しないかだ。


「俺には関係の無い話か」


 声に出して言う。

 体毛の無いゴブリンには珍しい赤い頭髪。

 そして人の平均よりも巨大な体躯。

 ゴブリン(おれたち)の中の異端とも言える赤毛のゴブリン。


「だいたい、犯すと死ぬって、どんな設定だよ」


 自慢の頭髪をぼりぼりと掻きながら赤毛は呟く。

 ゴブリンの寿命と生殖行為の関連性に赤毛は気が付いていた。

 生まれつき性欲が異常に少なかったために赤毛は長命だったのだ。


「あいつ、もう死ぬな」


 赤毛の視線の先には、苗床に跨がり腰を振っているゴブリン(おれたち)

 それが精を放った瞬間に死んだ。


「計算どおり」


 ゴブリンは長期間交尾をしなければ力も知能も成長をする。成長は何度も訪れ、その度に強くなっていく。


 だが雌を犯したいという強い本能を抑え込むことは、ほとんど不可能だ。

 結果、本能に抗えないゴブリン(おれたち)は、すぐに死ぬ。

 この寿命が約4年。


「生きるための力みたいなものを子供に譲渡するから死ぬんだろうな」


 赤毛は自らの観測結果から結論付けていた。


「お陰様で俺は長生きだよ」


 約30年。

 誰とも交わらず、赤毛はゴブリン(おれたち)の人生をただじっと見送ってきた。


「ゲ、ゲ、ゲ…ギャ、ゲ」

「ああ、いらんよ。俺は自分で肉を獲ってくるから大丈夫だ。俺は人は喰わない」

「ギャ、ギャ、ギャ」

「だからお前たちの王じゃねぇって何回言えば解るんだ?」

「グゥ」


 この集落で一番、力がある。

 この集落で一番、知恵がある。

 いつのまにか王という扱いになっていた。


「そろそろ次の成長か……今年は大成長のタイミング。楽しみだな」


 10年経過した時点で人間よりも強くなった。

 20年経過した時点で人間よりも賢くなった。

 

 足りなかったのは知識。


「助けてくれ」

「ああ、それで国というのはどういう意味なんだ」

「国か。国というのは――」


 非常食とするために生きたまま保管している雄もいるのだ。

 赤毛は、そんな人間と会話を試みた。

 赤毛が言葉を理解しようとしていることが解ると、非常食は言葉を教えてくれるようになった。

 知識を得て、歴史を知った。

 計算を知って、科学を識った。


「お前、言葉が分かるなら、心があるんだよな。助けてくれ。俺には妻と子供が……」

「心というのは何だ?」

「愛とか気持ちとか、そういうものだよ!」

「愛について詳しく教えてくれ」


 色々な非常食と幾日も会話をした。

 たまに苗床とも会話をした。

 だが赤毛は、どうしても心という意味が理解できない。


「助けてくれ」

「なぁ、心について、もう一度説明してくれよ」

「説明したら助けてくれるのか?」

「ああ、食わないぞ」


 色々な情報を聞いた。

 人間は賢い。

 だが、いくら聞いても人間の説明では心というものが理解できない。


「もういい」


 ある日、赤毛は諦めた。


「助けてくれ」

「ああ、俺はお前を食わない。約束したからな」


 次の日に行くと、赤毛と会話をしていた人間は骨になっていた。


「非常食は非常事態以外に食うな!」


 赤毛に殴られたゴブリン(おれたち)が肉塊に代わる。

 それをゴブリン(おれたち)が食う。

 それがゴブリン(おれたち)の日常だった。



「ああ、そろそろ成長が始まりそうだ。おい」

「グギャ?」

「誰も近づけるな」

「ゲチャ」


 赤毛はそう言って、集落の一番大きな岩の上で寝た。

 10年ごとの大成長では数日は眠ることになるのだ。



 数日後。


「汚いな」


 目を覚ました赤毛は見慣れた集落が非常に汚いように感じた。

 

「なんだろう。成長したことで見え方が変わったのだろうか」


 そう言いながら集落の中を歩く。

 そこへ、ちょうど新しい苗床を担いだゴブリンが近づいてきた。

 多少汚れてしまっているが絹の衣を着ている人間の雌たちだ。

 赤毛の知識が、この雌は人間社会における貴族階級であることを教えてくれる。


「そいつらをどこから連れてきた?」

「ゲキャ? グチャ、ゲ、ギャ、ギャ」

「お前らに聞いた俺が悪かった、ちょっと見せてみろ」

「ゲ、グゥ、グゥ……ゲチャ」

「うるさい、寄越せ」


 赤毛は先頭で担がれていた肉の柔らかそうな若い雌を奪う。

 興味が湧いたのか顔にかかる金髪をかき上げ、その表情を見た。

 逃げないように手足は折られていたが、意識はまだあったのだろう。


「た、助けて」

「う」

「お願い、助けて」

「う」

「助け……え?」

「美しい」


 赤毛は胸の奥を締め付けられるような感覚を味わっていた。

 無意識に唾を飲み込む。


「人間。名前は?」

「話せるの?」

「名前は?」

「マリア」


 マリア。

 そう呟く赤毛。

 口にしたその響きはなんて甘美なのだろうか。

 

 ――そう。

 30年目にして人の心を知った赤毛は恋に落ちる。

 これは終わりの物語。

 あの日から続く終わりの恋の物語。

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