第二十一話 許されざる者
水族館デート無事終了!
楽しい帰り道、のはずが……?
どうぞお楽しみください。
水族館を出ると、既に日は建物の向こうにわずかに見えるばかりになっていた。
反対側の空は、もう夜だ。
『楽しかったねー!』
「はい!」
「まさか閉館ギリギリまで楽しめるとは思わなかった」
『私は浮いてるから平気だけど、歌多さんは結構疲れたんじゃない?』
「まぁ、ちょっと……」
「ならどこかで休んでから帰ろう。ついでに夕食も済ませてしまえばいい」
「え、あの、だ、大丈夫です! おうちに帰ってご飯作ります!」
また歌多さんの節約術が発揮されたか。
「大丈夫。昼の弁当でかなり浮いてるから」
「あの、そうじゃなくて、いえ、それもあるんですけど……」
「あんれ〜? ウタちゃんじゃなーい?」
軽薄な声に、歌多さんの方がびくっと震える。
声のした方を見ると、髪の毛を派手に染めた軽薄そうな男がこちらに駆け寄ってきた。
「どしたのどしたの〜? 連絡がつかなくなったって、店長心配してたよ〜?」
「いえ、あの、お店はもう……」
「いやいやいや〜、確かに退職届はお店的には受け取ったけどさ〜。ウタちゃんを指名してくれてたお客さんがさ〜、納得してくれないのよ〜」
「……う……」
「その人達に挨拶してさ〜、それで気持ちよくお仕事終わりにしよ〜? ね、そうしよ〜?」
「……でも、あの……」
「待ってくれ」
肩に手を伸ばそうとするところを、間に入る。
察するにこの男は、歌多さんが以前働いていた店の関係者。
また歌多さんを働かせるべく、店に連れて行こうとしているのだろう。
そんな事はさせない。
「おや〜? あなたどなた〜? あ〜、わかった。あなたウタさんの彼氏か〜。うちの仕事も昼間の仕事も辞めて〜、アパートも引き払ってどこ行ったかと思ってたらそういう事〜」
男は勝手に納得している。
実際は自殺しようとしていたところを、蓮梨が嫁にしろと連れて来たのだが、今は言う必要はないだろう。
「どうも〜。俺、女のコと気持ちよ〜く遊べるお店で働いてます、要島国久って言いま〜す。ウタちゃんは俺の同僚なんですよ〜」
何とも下卑た話し方だ。
こっちをいらいらさせるのが目的なのか?
「もうお店は辞めたと聞きましたが」
「ん〜、ま〜そ〜なんですけどね〜。ウタちゃんうちの店で人気のコでして〜、結構指名してくれるお客さんが多くて〜、また働いてくれたら嬉しいな〜って」
……そうだろうな。
そのために昼間の仕事に密告して、解雇まで追い込んだのだから。
「ウタちゃんこう見えて結構やり手でね〜。結構な借金があったんですけど〜、もう完済しちゃって〜。まぁそんな男泣かせなところも魅力なんですけどね〜」
『こいつ……! 歌多さんを褒めてるようで貶めて……!』
怒り心頭の蓮梨を見て、ようやくこの要島という男の意図がわかってきた。
歌多さんの印象を、夜の店で働く金に貪欲な女という印象を植え付け、私の元から離れさせようという魂胆なのだ。
歌多さんが反論できないように、事実を聞こえの悪いように加工して。
甘い、と言いたいところだが、蓮梨の前情報と実際の歌多さんの姿を知らなかったら、疑惑の目を向けずにはいられなかっただろう。
そして歌多さんはそれに耐えられない。
疑われる事そのものよりも、それが相手の負担になる事に。
「お兄さん、ウタちゃんと一緒に住んでるの〜? 親しき中にもって話もあるから〜、何かあったらここに連絡してね〜。力になるから〜」
渡される名刺。
そう言っておけば、物やお金が見つからないといったちょっとした違和感も、歌多さんに疑いが向くという訳か。
正直握りつぶしてやりたいが、敵の情報は多いに越した事はない。
黙って受け取る。
「まぁ相談とかなくても遊びに来てよ〜。サービスするし、お店でのウタちゃんの話もできるからさ〜」
私が名刺を受け取った事で、揺さぶりはできたとでも思ったのだろう。
要島はひょうきんな足取りで、雑踏へと消えていった。
『陽善さん! 先に帰ってて! 私、あの男を追いかける!』
「蓮梨、お前」
『歌多さんをよろしく! 絶対にずっと一緒にいて! できればトイレやお風呂も一緒に入って!』
鬼気迫る様子でそう言うと、蓮梨は雑踏に消えた男を追って行った。
トイレや風呂も一緒になんて何を無茶な、と思ったが、振り返って歌多さんの顔を見て納得した。
恐怖と絶望。
目を離したら家を出たり、最悪自殺を図る危険もある。
風呂場で手首なんか切られたらアウトだ。
どうにかして方法を考えよう。
「……歌多さん」
「……」
「帰ろう、うちに」
「……ぇ……」
歌多さんは、何を言われているのかわからない、という顔をしている。
「ご飯、作ってくれるんだろ?」
「……でも……」
「お腹空いてるんだ。歌多さんのご飯が食べたい」
「……!」
顔を伏せて泣く歌多さんを、そっと抱きしめる。
胸に嗚咽が伝わってくる。
昼間息苦しさを感じたのと同じ場所が、燃えるように熱くなるのを感じた。
腹を立てるのは、蓮梨との結婚に見当違いの同情をされた時以来かな。
二度と歌多さんの前に姿を現せないようにしてやろう。
読了ありがとうございます。
怒りに燃える陽善と蓮梨!
過去に怯える歌多を救えるか!
次回をお楽しみに!




