第94話 鍛治師の誇り(プライド)
塩の街道での大福や緑茶の配布を終え、僕たちはミーンの町に帰ってきた。途中、群れからはぐれた猪が現れたがウォズマさんがアッサリと一刀で仕留めた。鮮やかとしか言えない、見事な技量だった。
「行きがけ…、いや帰りがけの駄賃だな」
ナジナさんがそんな事を言う。
肉の質が悪くなるので早速血抜きをしてしまう。ここでもセラが水を生み出し刃に付いた血を洗い流すにも肉を冷やすにも活躍した。ついでに地面に溜まった猪の血を放置すると、獣を呼び寄せてしまうかも知れないのでホムラに焼いてもらった。
これでおそらく血の匂いに引かれて獣が寄ってくるという事は無さそうだ。
「二人ともありがとうね」
そう言うとホムラは『こんなの軽いぜ!」とばかりに薄い胸を張った。
「それにしても兄ちゃん、こりゃあ地味だが凄え事だぜ」
「ああ、オレもそう思う」
荷車に狩猟したでの猪を載せ、歩きながらナジナさんとウォズマさんが話しだす。
「どういう事です?」
「ん、ああ。朝、作業場に行く奴が言ってたろ?『ロクに塩も入ってないようなスープで白銅貨八枚も取りやがる』ってさ」
「はい、確かに」
そうだ、それで僕のパンが現地でも食べられないかと聞かれたんだっけ…。
「だがよ、それが必ずしも高えのか…って事になりゃあ必ずしもそうとは言い切れねえ」
「と、言いますと?」
「ゲンタ君。向こうでスープを売っていた行商人は町で作った物を持ってきたか、あるいは現地で作るのかは見なかったけど、いずれにせよそれなりの重い物を持って来た訳だよ」
「あそこで作るんなら、水も薪も持って来なきゃならねえ。結構な手間だぜ。おまけに現地まで来なくちゃならねえ。その間は金にならねえ。無事に運んで、時間も手間もかかってんだ。そりゃ割高になっても、仕方ねえなとも思うせ」
なるほどなあ、輸送して来る手間や時間、苦労があるよなあ…。
「だが、ゲンタ君はその手間のいくつかを無くせる」
「えっ?」
「火精霊に水精霊、彼女たちが現地でも調理を可能にしてくれる。その場で水を生み出せるし、薪も要らない」
「そうだぜ兄ちゃん!おまけにその水は綺麗で豊富だ。なんたって飲む為だけじゃねえ!全員の手を洗えるくらいに豊富だ!商業ギルドの人夫たちなんざ、きっと土に汚れた手のまんまで美味くもねえスープを啜ってるぜ」
それはなんとまあ…、不衛生というか…。
「だからね、ゲンタ君。白銅貨五枚でこれを売る君は本当に凄いと思うよ」
□
ミーンの町に帰り着き冒険者ギルドへ。
「冒ギルよ!私は帰ってきた!」
初依頼を達成して自分でも気付かないくらいにテンションが上がっていたのか冒険者ギルドに帰るなり僕は開口一番軽く叫んでいた。
「お、お帰りなさい、ゲンタさん」
シルフィさんが何やらイタい子を見るような感じで戸惑いながら出迎えてくれた。分かってもらえず寂しい。
「い、依頼は終わりました」
「お疲れ様です。ゲンタさん」
平常の眼鏡をがけた冷静美人に戻りシルフィさんが対応してくれた。これで依頼完了かあ、無事に終わって良かったよ。帰り道に猪が出た時はどうしようかと思った。ナジナさんやウォズマさんがいなかったら無事に帰り着いてはいなかっただろう。
そのナジナさんたちといえば、先程狩猟した猪を買い取りに出すようだ。さっそくシルフィさんが氷の精霊の力を借り冷却している。
僕はナジナさんたちに礼を言い、マオンさん宅に戻る事にした。作業の現場を見て気付いた事があったからだ。
あっ、でもまずは自宅に戻ってからだな、僕は人目に付かない場所で日本へと帰還する。さあ、いったん外出だ。
□
「ただいま戻りました!」
そこにはマオンさん、ガントンさんたちドワーフの皆さんもいた。
「おお、戻ったかい。ゲンタ!」
「はい、無事に帰ってきました」
「道中は大丈夫だったかい?」
「猪が現れましたが、ウォズマさんがあっさり倒しました」
「そうかい、さすがだねえ」
そこにガントンさんたちも現れた。
「おう、戻ったか坊や」
「はい、ただいま戻りました。荷車ありがとうございました」
「いやー、坊やの塩は凄い売れ行きだなや!このあたりの町の衆はみんな来てるんじゃねえべか!?」
そんなに大盛況なんだ。僕の持ってきた塩はお買い得な物で1キロ税込75円。旨味の多いものという訳でもない。
しかし、ありがたい事に大盛況らしい。10グラムで100円相当の売り上げ、つまり9900円以上儲かってしまう。自動販売機の機巧と整備修理をしてくれているガントンさんたちと販売機を設置している場所を貸してくれている冒険者ギルドに払う利用料みたいな物を考えた方が良いな。この辺はガントンさんやグライトさんを交えて話した方が良いな。
「ん、坊や。なんじゃい、これは?」
リヤカーに積んでいた物を見てガントンさんが声をかけてきた。
「あ、はい。それはですね…」
それはガントンさんにお願いしたい事があって買ってきた物、それをガントンさんが見つけたようだ。
「これはシャベルです。土を掘るのに使います」
「やはりそうか。しかしなんでこんな物を?」
「坊やも人夫の依頼を受けるんだべか?」
ドワーフの皆さんが作ってくれた木の大テーブルを囲み緑茶を飲みながらガントンさん、ゴントンさん二人の棟梁が問うてきた。
「実は皆さんにお願いがありまして…」
「ん、なんじゃい?」
「実はこのシャベルを量産っていただけないかと…」
その瞬間、僕の隣に座っていたマオンさんが勢いよく立ち上がり
「ダ、ダメだよ、ゲンタ!そんな事を言っちゃ!」
僕の腕を引き止めるかのように掴んで引っ張る。
「ど、どうしたんですか、マオンさん」
戸惑う僕にマオンさんは『ダメだよぅ」と必死に繰り返していた。
□
「ゲンタ、鍛治師と言うのはね…」
マオンさんが少し落ち着きを取り戻し、話し始めた。
「武器や鎧と言った戦場で使う物を作るのが花形なんだよ。名のある騎士や戦士ならそれこそ良い物には金貨銀貨を山と積んで買い求めるのさ。だから、そんな武器や防具を作れる鍛治師は一流も一流!だけどドワーフの職人に野鍛治の真似を頼むなんて…」
「野鍛治?」
「野鍛治って言うのはね、言わば鉄で出来てれば何でも作る鍛治師の事さ!農具でも包丁でも何でもござれ。剣や鎧の依頼が来なかったり、来たとしても一流には程遠いモンだからそれだけじゃ食っていけなくて農具や台所道具を作って生計を立てているのが鍛治師なんだよ。ガントンは石工が専門だがなんたって棟梁だよ、木工も鍛治も一流の人だよ。そんな相手に野鍛治の仕事を頼むなんて…」
そうだったんだ…、それじゃとんでもない事を僕は頼んでしまったのか…。
「坊や…、坊やはこの土掘り道具をワシらに作ってくれと言う事じゃな?」
「は、はい。そう思っていました。実は昼間に作業現場で見た土を掘る道具がたいへんみすぼらしい物だったもんで…。でも、すいません!僕は野鍛治の事とか知らなかった物で…」
「よい…。ところでこの土掘り道具、どうやって使うんじゃ?試しにその辺を掘って見せてくれ」
「は、はい!」
そう言って僕はその辺の地面を掘り出した。掘り皿の上部に足をかけ体重をかけて土を深く掘り起こしたりする。
「ふむ…」
その様子をガントンさんは興味深いと言った表情で見つめていた。
「恐るべきものじゃ…。皆見てみよ」
そう言って使い終わったシャベルをガントンさんは手に取った。
「この土掘り道具…『しゃべる』と言うらしいが、この掘り皿を見てみよ。鉄とは言え大して厚くもないのにこれだけの土を掘り起こしても寸分の曲がりめ歪みも無い」
「これサ、全体的に曲面にしているから重みに対しても強いんだべな。あと、真ん中に縦に伸びる筋状の窪みがその要になっているんだべ!」
「それ以外にも先程ゲンタ氏が足を乗せ体重をかけていましたが、その足を乗せた場所の加工もまた見事ですネェ…」
「後は両方の横端も反りを深めてある…、これら全てが組み合わさって重さや掘り皿にかかる圧を軽減させているのでは…」
ドワーフの皆さんは嬉々としてシャベルの掘り皿のあたりの分析をしている。
「面白いのう、坊や。このような物を持って来るとは…」
「えっ!?」
「ふ、ふ、ふ。とぼけずともよい。とぼけずとも…。滾るのう、実に滾るのう!このような物を見せられて心が滾らぬようでは職人としては死んだも同然よ。坊やはワシを本当に良く理解っておるわい。ゴントン、硬い木を選んで軸を作れ!他の者は砂を用意して鋳型を作れい!」
「応っ!」
ガントンさんの号令一下、一糸乱れぬ動きでドワーフの皆さんが作業に取り掛かる。
「見ておれ、坊や。ドワーフの鍛治の仕事、たっぷり見せてやるわい!」
「ガントンさん!」
「ふ、礼なら後で良いわい。じゃがのう…」
「はいっ!今夜の酒は奮発しましょう!」
「くかかかっ!坊やは言わずとも分かっておるのう」
ニヤリ、ガントンさんは微笑みで僕に応じた。
次回予告
ゲンタの作業現場への大福の配達は大好評と他に嬉しい誤算付きだった。冒険者たちは言う「甘いものも良かったが、何か塩味の効いた物が食べたいと。そこでゲンタは必殺技とも言えるあのメニューを出す事を決意。ナジナが、ウォズマが、ガントンが、名だたる戦士の心を蕩し、作り方を変えればシルフィたちエルフをも虜にする。
これはゲンタが放つ、異世界での飯テロ行為…。
次回『ゲンタ、ミーンの町を騒然とさせる」
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