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第90話 塩が売れる者。売れない者。

 今日も早朝に冒険者ギルド内でパンを販売し、その後ギルド前で塩販売を開始。昨日と同じくマオンさんと小芝居を交えながら、客引きをする。


「でも、お高いんだろう?」


「いえいえ、それが白銅貨一枚(シロイチ)で9.96(ウェイ)!9.96(ウェイ)大奉仕(だいサービス)!!」


「ええっ!こんなに白くて良い塩が!?」


「はい!白銅貨一枚(シロイチ)で…」


「「塩、9(きゅう).9(きゅう)6(ろく)!!」」


 わああああっ!安い!町の人たちが口々に言う。塩の売れ行きは今日も好調だった。そして今日はもう一台の新たな販売機を置いた。ガントンさんたちにお願いして新たに一台、少し仕様を変えた物を作ってもらった。


「そして今日からはこちら!大量に買うお客様には銀片一枚(ペンイチ)(白銅貨十枚に相当)用の販売機(からくり)もご用意!まとめ買いをされる方はこちらをお使い下さい!」


「店をやっている人なんかにはこっちが便利だね」


 これは昨日、まとめ買いをしようとする人がいて白銅貨を一枚入れレバーを引き、また白銅貨を入れ…みたいな事をしている人がいて客の回転が悪くなる事があったので考えたものだ。

 食堂や酒場などをやっている方なら使用量も増えるだろう。日本語風に言えば白銅貨の販売機は個人向け、銀片は法人向け…といった感じだろうか。


 そして今日も塩の販売は好調、昨日に増して人が集まっている。安くて白くて美味い塩…、町の皆さんがそんな事を言っている。今日は噂を聞きつけて町の東の方の区画から買い求めに来た人もいるようだ。

 しかし、そうなると喜んでばかりはいられない。買いに来る人が増えれば仕入れというか補給をしていかなければならない。そのあたりをどうしていくかを考えていかないと…。


 …もっともそれは塩の販売が軌道に乗ったらと言うか、ブームと言えるような人気が出たら…であるが。

 先の事は分からないけれど今は目の前の…、来てくれたお客さんを大事にして販売をしていこうと思う。


「ゲンタ!もう塩が無くなりそうだよ!」


 マオンさんの声。自動販売機のおおよその残量が分かるようにした目盛りを見て僕に声をかけてくる。


「今行きます」


 塩の販売をしながらでも機巧(からくり)の裏側から塩を補充出来るように作ってもらっていたので、塩を3キロ分入れる。ついでに手持ちの塩を他二つの販売機に早め早めに補充する。

 これで少なくとも今日は大丈夫だろう。しかし…、なんというか仕入れ値が1キロ百円しない塩が異世界で販売すると一万円になってしまうとは…。なんという荒稼ぎであろうか…。金銭感覚がマヒしないように、そして何かの形でお返しできたら良いな…。



「売上が下がってるな…、傘下にしたり(おろ)してやってる店がさ…。あの辺で塩屋が開店したなんて話聞かねーよな?ギルドでもそんな新規出店の話なんか出てなかったしさー」


 商会の主人(あるじ)ブド・ライアーは昨日の売上をはじめとして報告にやってきた店の留守を預ける事もある配下にそう声をかけた。


「はい、私の知る限りそのような話は聞いておりません」


「じゃあ何でこんなにも極端に塩が売れてねーんだよ。俺、北西部って行った事が()ーんだけど、あの辺って何か有ったっけ?」


「特に大きな商店はありませんね、せいぜい冒険者ギルドぐらいで。あとは目立つ物はありませんし…、奥の方は…」


 配下は思い出しながら応答(こた)えていたが、そこで言葉を途切れさせた。


「どうした、言ってみろ。奥の方に何かあんの?」


「いえ、北西部は奥の方へ行けば行く程、貧しい地域になっていきます。路地が細かくなっていく奥底の方は最早スラムだとか…」


「スラムか…。って言うか、高くなれば貧しい地域の奴らがまず初めに塩買えなくなるって事か。そりゃそうだ、道理だな。そういう事なら売上さがるの普通だよな」


 ブド・ライアーは納得したようで理解を示した。


「つーかさー、冒険者ギルド、まだ塩買ってねーじゃん。昨日は昨日で巨大猪(ジャイアントボア)を俺が買ってやるって言ってやったのに売らなかった訳じゃん。ヤツら何様のつもりな訳?」


「ヤツらはそのあたりを察する事が出来るまでに頭の中身が出来てはいないのでしょう」


「そーだよなー!でさ、ドワーフは来たの?ウチの新しい御店(おたな)を作る為の棟梁たち」


「いえ、昨日も現れませんでした」


「んだよ、まだ来ねーのかよ。町のどっかで飢え死にとかしてねーだろーな?死んでも良ーけどよー、店建て替えてから死ねよなー」


何処(どこ)ぞで食いつなぐような仕事でもしてるのかも知れませんな。商業ギルドに現在ドワーフが就業しているような案件は無いか、それと新たに依頼を出し直しておきます」


「ああ、そうだな。他に奴らが行きそうな所ってないの?ああ、もちろん酒場とかって訳じゃねーよ。知り合いとかさ」


 自分の言った軽口に気を良くしたのかブド・ライアーは上機嫌に笑っている。


「それでしたらまず有り得ない事かと」


「お、なんか知ってんの?」


「ドワーフの棟梁となる者は、半数は里に残り技術を磨き守ると聞きます」


「半数?じゃあ、他の奴らは?」


「各地を巡り、その土地その土地での建て方や新たな素材を求めて旅をすると聞きます。ゆえに他のドワーフが先にいる土地に来るというのは何か理由がある時のみ。それ以外はなるべく知らない土地を回るようです」


「なるほどね、じゃあここに来たのはなんで?やっぱ金か?」


「あの棟梁は弟子と(おぼ)しき者たちを連れておりました。おそらくは今回の新しい御店(おたな)の規模が大きい事もあり、弟子たちに経験を積ませる為ではないでしょうか?」


「そういう事か。じゃあなおさらこの町は出てねーな」


「おそらくは…」


「そっか、じゃあ尚の事ギルドに行ってきてよ」


「はい、では早速…」


 そう言って配下の者はブド・ライアーの部屋を後にした。


「ったくよー。ドワーフさっさと来いよなー。俺が雇ってやるって言ってんだからよー。奴ら来ねーと建物の基礎が出来ねーじゃねーかよー!元々雇ってる人足にやらせる事が無くなっちまうじゃん。仕事もねーのに金だけかかっちまう」


 他に誰もいない部屋でブド・ライアーは(ひと)(ごち)た。昨日も、そして今朝の段階でもドワーフたちは現れていなかったが、商業ギルドに依頼を出しておけばきっとすぐに来るだろう。ブド・ライアーはそう考えていた。


 だがドワーフの棟梁たちはこの日も、そして次の日になっても商会はおろかギルドにも現れる事はなかった。しかし、この時のブド・ライアーはそんな事は夢にも思わなかったのである。


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