第86話 疲れる相手。
塩の自動販売機を稼働させたその日の夜、マオンさん宅の庭で自動販売機を作ってくれたガントンさんたちを労い、いつもの焼酎の4リットルパックだけでなく酒を奮発し瓶ビールを添えての夕食の時だった。
麦酒がある、それを知ったグライトさんが『俺も呼んでくれよ』と僕に迫力ある体格とスキンヘッドで必死に縋ってくるものだから、否とは言えず承諾。すると『ギルマスだけズルーい』と受付嬢の三人も来た。それをナジナさんが聞きつけウォズマさんを引っ張ってきて今に至る…。
まあ、ビールを冷やす方法が通常では異世界には井戸水に浸けておくくらいしか無いので、精霊の力で氷を作り出せるシルフィさんの存在はありがたいのだが…。あとは粗挽きのウインナーを大量に茹で、軽く飲む…、そんな感じである。なので今日は豪華夕食というよりは、酒の一杯を付けた夕食と言ったものだ。
「いやー、二人がまさかあそこで一芝居打ち始めるとはね」
マニィさんがすっかり気に入った焼酎の緑茶割りを飲みながら話し出す。
「ホントですう。最初はどうしちゃったのかなと思いました」
フェミさんも後を受ける、今夜の彼女は前回と比べて酒のペースがゆっくりだ。もしかすると前回の事を反省しているのかも知れない。
「せっかく二人いるんだからね、二人で掛け合いながらやろうと思ったんだよ。そうすりゃ勢いも生まれるだろう?儂が喋って、ゲンタが受ける。そうすりゃ、ゲンタが喋ってる間に次に何を言うか考えれば良いのさ。もっともこれだけ上物の塩だ、人がこれを求めて集まってくるくらいにね。だったら、今町に出回っている塩との差とあの機巧の使い方を見せれば良いんだからね。ラクなモンだよ」
マオンさんは上機嫌だ。珍しく酒も進んでいる。
「じゃが、それにしても息の合った掛け合いじゃったぞ。マオンは辻売を長年やってきたのだから分かる。しかし、坊やは商人としては駆け出しじゃろう。よく渡り合ったものじゃ」
こちらはビールをグイッ、ウィンナーをポリポリつまみながらガントンさんも話しに加わった。しかし、そんな中で一人疲れた顔をしている人がいる。
「なんか浮かない顔ですね?グライトさん」
ギルドマスターのグライトさんが何やら疲れた表情だ。
「お、おう。すまねえ、頼み込んで飲ませてもらってるのにな…」
「何かあったんですか?」
「ああ…、馬鹿の相手をしなくてはいけなかったもんでな…」
「馬鹿?」
「商人の癖に物の価値が分からない奴が乗り込んで来たんだよ。ブド・ライアーっで言うんだけどさ」
近くにいたマニィさんが教えてくれた。
「ブド・ライアーじゃと!?ブド・ライアー商会のブド・ライアーか?」
ガントンさんがマニィさんに聞き返した。
「あ、ああ。そのブド・ライアーだよ。でもガントンの旦那、知ってるのかい?」
マニィさんの問いかけにガントンさんが首肯いた。
「そやつが…、ワシらをここミーンの町に呼んだのじゃよ…」
□
「売り上げが下がっているな…、やはり昨日の塩価格の値上がりが影響しているか」
とある商会の主人の部屋。下唇のあたりを人差し指でなぞりながら昨日の売り上げをはじめとして部下から様々な報告を受け、その商会の主人である塩商人ブド・ライアーは呟いた。宿屋や酒場など料理を出す店などについては量が減ったものの塩の購入はされている。
しかし、一方で町の民が個人で買う量は目に見えてガクンと減った。いわゆる小口利用客…一人一人は白銅貨で一枚二枚と小額で、手売りをしなきゃならないものだから手代がいちいち対応しなければならない。その手間も馬鹿にならないのである。
「まったく、頭の悪い奴らだよな。塩が輸送ってくる南の街道はいまだに水が引ききっていないんだからさあ…。この町に新たに塩の入ってくる見込みはゼロだろうに。だったら塩相場は上がるしかないじゃん。なあ?そう思うだろ?」
商会主にしては品の無い、四十を過ぎた者としてはあまりにもくだけた口調でブド・ライアーは報告に来ていた使用人に呼びかける。使用人も使用人で『全くです。奴らに知恵と言うものは無いのでしょう』と主人に重ねる発言をする。
「あっはっは!お前クチ悪ーな。だけど、それで結局さらに高くなってから買ってるんじゃ世話ねーよな」
そう言ってひとしきり笑う。
「ところでさ、冒険者ギルドって月に二回くらいまとめ買いするじゃん?アイツらんとこ売り込み行ったんだろ、買わなかったの?」
使用人は前日に手の空いた手代に行かせたが、買わなかったようですと回答えた。
「なんだよ、冒険者ギルドも頭が悪いよなあ。そうやって安くなるかも知れないって考えてるうちに、周りの状況から実際にはより上がる事が想定されるってのにな」
「そう言えば冒険者ギルドで出物かあったようですよ」
「ん、何か珍しー物でも出たわけ?」
「ええ、何でも凄腕の冒険者が巨大猪を見事狩猟したそうで…」
「へー、巨大猪か…。アレ、美味ーんだよな。ちょっと行って買って来てよ。今の時間なら夕食に間に合うからさ」
そう言って机の上の資料をまとめて端に置いた。
「サクッて行ってきて、サクッと。予算はそうだな…、普通の猪肉の二割増しくらいで良いだろ。デカイんだし、大量に余ってんだろ。それに冒険者ギルド…アイツらぐらいの頭の中身ならそんぐらいの値段の提示で十分だろ、案外泣いて喜ぶんじゃねーの?」
そう言って使用人を冒険者ギルドに向かわせる。
「巨大猪は王都の料理店で食うと高ーからな、でもウチなら塩は売る程あるし、胡椒も扱い始めた。炊事場の婆さんにメシ作らせりゃタダみてーな出費で食えるんだし、やっぱ買い叩かねーとな」
椅子にもたれながら、まだ見ぬ夕食を思い浮かべる。
「やべェ、想像したら腹減ってきちまったな。けどまあ、空腹は最高の調味料って言うしな。我慢してやるか。それにしても世の中、馬鹿ばっかりだな、だから俺みたいな頭の良い奴は笑いが止まんねーんだけどさ」
独言が多い人は自己愛が強いと言うが、そう言った意味ではブド・ライアーはまさにその典型と言えた。他人をやたらに低く見下すという悪癖を伴って。そんな彼の元に巨大猪の肉の購入が出来なかった知らせが届くのはこれより一刻の後であった。




