第85話 「でも、お高いんだろう?」ゲンタ、マオンと実演販売する。
翌朝…。
僕はマオンさん、そしてガントンさんをはじめとしたドワーフの皆さんと冒険者ギルドに向かった。僕やマオンさんはパンを持ち、ガントンさんたちが塩の自動販売機や塩そのものを持ってもらった。自動販売機自体は荷車に載せている、ガラガラ…荷車を引く音がまだ夜が明けきらぬ町に響く。
自動販売機の試運転は昨日のうちに完了している。問題なく動作し、実用にも耐えうる。昨日の一台はギルドに置かせてもらい、今朝はこうして新たに完成した二台を運んだ。
「それにしても…」
ギルドに到着し、パンを販売するゲンタとマオンを見ながらガントンは呟く。
「改めて坊やのパンの人気っぷりは凄いな」
「んだ。パンもそんだげどよう、酒ッコも揉みダレの肉も美味い物だらけだべ」
「そして今日からは塩を売る…、か」
これもきっと成功するであろう、ガントンは忙しく働く若者に温かい視線を送るのであった。
パンの販売を終え、今日は受付嬢の三人以外にガントンさんたちドワーフの一行六人も混じりテーブルをいくつかくっつけて、大所帯で朝食を摂った。そして塩販売の準備でもしようかと考えた時、今日も近所の女性たちを中心に塩を求めて人々がやってきた。
「今日は塩の販売は出来るのかい?」
先頭にいたおばちゃんが受付で聞いている。
ちらり、シルフィさんがこちらに視線を送ってきた。こくり、僕は頷いて『いけますよ』という意思を返す。僕の意を汲んでくれたのかシルフィさんが先頭にいたおばちゃんに、そしてその後ろにいる人々に向けて言葉をかける。
「本日より一般の方への塩の販売を開始いたします。しかし、今から準備を始めますので今しばらくお待ち下さい」
おおっ、そんな声が人々の口から漏れる。
「出番じゃ。行くぞ」
「応っ!!」
ガントンさんの号令一下、ドワーフの皆さんが立ち上がる。持ってきた自動販売機を設置するのだろう。僕も手伝おうと立ち上がったのだが、
「大丈夫じゃ、坊や。それより塩の準備をするのだ。表で待っておる」
ガントンさんはそう言い残して自動販売機を載せた荷車が置いてある裏口に向かっていった。僕も雑貨屋のお爺さんの店で買った布袋、これに塩が10キロ入っている。それを肩に担いで表に向かう。
「儂も行くよ」
マオンさんも立ち上がった。そうだ、僕は一人じゃない。
ガントンさんたちがいて、マオンさんもいる。確かに僕はここ何日間かパンの販売をしてきた。でも、それはギルドの中で売り子をしていただけに過ぎない。冒険者ギルドの後ろ盾があり、購入してくれたのも所属する冒険者の皆さんだ。
ましてや、前日の夜にパンを食べた色々と顔の広いナジナさんが『こりゃ美味え』と酒場で話のタネに触れ回ってくれた事もある。初日から見知らぬ顔が売っているパンを冒険者の皆さんが買ってくれたのはそのお陰である。
だが、今回の塩の販売は町の人々が相手だ。事前に宣伝をしていた訳ではない。不特定多数の人に対し売る、その経験はない。だけど、マオンさんには辻売(行商人)の経験が長い。
道行く人に販売する事にも慣れているだろう。よし、勇気を出せ、物を売るというのもまた戦いだ。売れればその稼ぎで食べていけるけど、売れなきゃ食べてはいけない。猟師さんで言えば獲物が獲れなければ食べてはいけないのと同じなのだから。
外に出るとガントンさんたちが自動販売機を二台、ギルドの外壁に沿うように設置していた。このへんは日本での自動販売機の設置にも似ている。どすん!地面に置いた自販機が重そうな音を立てる。
「ガントンさん。これ…もの凄く重いんですか?」
「うむ。ワシらはともかく、坊やが上げ下げするにはちと無理じゃろう」
「ざっと500瓩重はあるだ!」
えっ!?500キロ以上も?ガントンさんによれば、これは屋外で稼働させる為に開発したらしい。材料に石木という資材を使用したとの事。これは石のように頑丈で重い。破壊して中の塩やお金を盗もうとしたり、あるいは持ち去ろうとする輩への対策として作ったとの事。
「まあ、それでも諦めの悪い不心得者はいるかも知れないがの」
「その時は…、フヒヒッ!深〜い後悔をしてもらいましょうかネェ…」
ハカセさんが意味深に笑った。きっと迷宮仕込みという盗難防止用の罠を仕掛けているのだろう。なんだろう、凄く怖いけど見てみたい気もする。
「ワシらが出来るのはここまで。さあ、ここからは坊やたちの戦いじゃ。二人で存分にやるといい」
そう言ってガントンさんたちは僕たちに場所を譲った。見れば周りには塩を求めてやってきた人々や、受付嬢の三人にギルドマスターのグライトさんもいた。見慣れぬ機巧を見て不思議そうな顔をしている人もいる。
「ゲンタ…」
側にいたマオンさんが声をかけてきた。
「始めようかね、こりゃあ儂らの戦だよ」
「はい、必ず勝って帰りましょう」
そう言えば今でこそ冒険者ギルドでパンを売っているけど、最初は商業ギルドに売り込みに行ったっけ。叩き出されなければ今頃はこうして町中で商売していたのかな…。そんな事が一瞬頭をよぎったが、すぐに頭から追い出す。
もう交わる事のない、そんな相手なのだから。
□
「辻売ってのはね、人の目を引く事から始まるんだよ」
いつだったかマオンさんと二人、冒険者ギルドからの帰り道に聞いた話だ。
「いろんな辻売がいるだろう?威勢の良い掛け声や、手をパンパンと打ち鳴らしたり、目を引く派手な服を着ていたり…、まずは耳目を集め見てもらわなきゃ物は売れないからね。だからみんな工夫したり、努力するのさ。労を惜しんじゃ人は通り過ぎてくばっかりさ。でもね、一人二人立ち止まってくれたならしめたモンさ」
そして、数人が何か買っている辻売を指差す。
「ああやって何か買ってる人がいると、他の人も何だ何だと興味が湧く。上手く行きゃ他の人が買ってるなら自分も買ってみようかな…ってね」
幸いな事にここギルド前では塩を求めて近所の人たちが来ている。耳目も人も集まった時点からのスタートだ。あとはこの自動販売機の使い方さえ知ってもらえば良い。
そうすれば、売り子の人員確保の問題も解決だ。なんせ機械化している。機を見て補充すれば良いのだ。
「困ったねえ…、困ったねえ…」
いきなりマオンさんが話し始めた。いつもハッキリした口調だが、今のは完全に良く通る声だ。しかし、その声に反するようにオロオロと困ったような様子を見せる。…ん、これは?
「どうしたんです、お母さん?」
僕も調子を合わせマオンさんに話しかける。
「聞いておくれよぉ。また塩が値上がりしたんだよぉ」
「ええっ!また値上がり!?」
両手を軽く上にあげ、驚いたという過剰反応。よく深夜に放送されている海外通販の番組のように派手な身振り手振りを交える。
「そうなんだよぉ!白銅貨一枚で5重しか買えなくなっちまったんだよ。お陰でウチの家計は火の車さ!」
「なんか、街道が雨のせいで通れなくなって塩が入って来ないて聞いたよ」
「うん。しかも儂らが買える塩なんて色もくすんで、砂とかも混じってる。あんなに高いのにねえ…」
聴衆からもそうだ、と声が上がる。
「そんなお母さんにはこれを紹介するよ!」
僕は後方に置いていた布袋に向かい1キロ入り塩のパックをすぐに取り出そうとしたが、ちょっと考え直しスーパーの小さな白い袋に入れズボンのベルトと自分の体に挟み込んで聴衆の方に向き直った。
周りからは半月型の袋が僕のお腹にくっついているように見えるだろう。
「何をする気だい?」
マオンさんが聞いてくる。聴衆もザワザワしている。
僕はゴソゴソとお腹の袋をまさぐりながら、
「し〜ろ〜い〜し〜お〜(白い塩)!」
先代のあの独特の声を意識して僕は声を張り上げる。
『出たっ』とか『白い塩』って言うような声が聴衆から漏れた。
「白い塩?」
マオンさんが小首を傾げ、疑問を示す。
「ほら、これを見て。真っ白でしょ。白い塩だよ、お母さん!」
「ああ、ああ!本当だよ。真っ白な…、本当に真っ白な良い塩だよ!一目で分かるよ、砂粒なんて一つもない。混じりっ気無しの本当の塩だ!」
「どう?お母さん、この塩欲しくなった?」
「うん、そりゃあ欲しいよ…。でも、こんな真っ白な塩なんてお貴族様とかが口にするような代物なんじゃないのかい?」
マオンさんが不安そうに言う。
「貴族の方が使っているようなものかは知らないけど、これは特別な製法で作られた塩だから、砂粒とか気にしないで使ってもらえますよ」
「でも…、お高いんだろう?」
「それが…、なんと白銅貨一枚で9.96重。9.96重お分けします!」
おおおお!聴衆から歓声が上がる。
「今の相場は白銅貨一枚で5重だから…、ほぼ倍じゃないか!買うよ、すぐ買うよ!どうやったら買えるんだい?」
「それには…、この機巧を使います。さっそくやってみましょう」
そう言って僕は自動販売機の使い方の実演に入るのだった。
□
冒険者ギルド前には町の人々の列が出来ていた。塩を求める人の波、みんなが面白がって硬貨を入れ、レバーを引く。すると排出口から塩がサラサラ落ちてくる。
そこにあらかじめ皿なり袋なりをセットしておけば良い。初めて触れる人にはやり方が分からない人がいるかも知れないと考えたゲンタは、ガントンから手頃な板をもらって使い方を書いた看板も設置した。
「凄いものだな…、あの新人は…」
「ワシも驚いたわい。このように機巧を活用するとはの…」
ギルドマスターのグライト、ドワーフの棟梁ガントンが腕組みをしてその様子を見ている。その塩販売の当事者であるゲンタはと言えば、塩を売ってくれと最初にギルドを訪ねてきた主婦たちに何やら質問攻めにあって四苦八苦している。
「ドワーフの棟梁でも今回の件は考えもしなかった…と?」
「ああ、ワシらは鉄を鍛錬ち、木や石を加工する事はある。良い物を作る、それだけじゃ。活かすも殺すも使い手次第…と考えておったわい。だが、今回の件でどうせなら活かす奴に作ってやりたいという気持ちがより一層強くなったわい。そう、坊やのようにな…」
そう言ってガントンは口元を緩めた。そこにベヤンとハカセの二人が駆けてくる。
「レ、師匠!!でやんす!!」
「聞いて下さい!ゲンタ氏が今回の成功を祝って夜は麦酒で乾杯しようと言ってますヨ」
むおっ!思わずガントンから興奮の声が漏れた。
「まったく、あの坊やは客だけではない、ワシらの喜ばせ方も良く知っておるわい」
そう言ってガントンはゲンタの方へと歩き出した。
「お、俺も呼んでくれよ!新人!!」
結局グライトだけでなく、夜にはいつものメンバーが集結していたのは言うまでもない。




