第83話 対価。すごく…、大きいです…
翌朝…。
「いやー、兄ちゃん。ネネトルネ商会はビックリしてたぜぇ。白い塩に黒胡椒、肉に甘い香りさえ漂わせる香辛料『なつめぐ』!さらに揉みダレだ!夜にでも食ったんだろうが…奴さん、一口食べたら目を丸くしてるんじゃねえか!?」
「オレの方も同じような反応だな。さすがに執事が対応したからあんまり驚きを表には出さなかったが、伯爵家でも『なつめぐ』はどうやら初めて耳にするような素振りだったよ」
パンを販売している時にナジナさんとウォズマさんはそれぞれの首尾を話してくれた。
「そうでしたか、お役に立てて良かったです。お二人は今日はどちらに?」
「また今日も他の町まで肉のお届けだな、まあこれで届け物は終わるだろうが…」
「おそらくね。オレたちから受け取りたいっていうみたいなんだ」
やはり凄腕の冒険者、引っ張りだこなんだな…。そんな二人も手短に朝食を採り、また馬に乗って目的地に向かっていった。
ちなみにパンの販売もおかげさまでおよそ150個が完売、冒険者の皆さんもそれぞれの仕事へとギルドを後にしていった。
売り上げの計算、ギルドへの出店費用を支払い、後片付けをして受付嬢の皆さんとみんなで朝食を摂る準備をする。その時、服の製作をお願いしたエルフの皆さんがギルドにやってきた。
「お待たせしました、ゲンタさん」
旅支度をした五人、リーダーのセフィラさんが口を開いた。
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「初めて見ました!こちらがエルフの服なんですね!」
そこには約束通り、二着の服があった。上半身に着るもので、袖の無いTシャツのようだ。なんて言うか…、世界的にも大人気の某有名漫画に登場する天下一を決める武道の大会で主人公が着ていた胴着に似ている。なんか背中に『亀』とか大きく書いてあるような感じの。丈の長さは腰より下まである。Yシャツと同じくらいだろうか。
もっともガラや模様は一切無い。しかしその色はまったく違う。一つは深緑、そしてもう一つは赤である。
「お二人に合うように魔法を調整して練り上げていたら、自然と色が付いてきましてね」
エルフにしては珍しい強い酒を好むキルリさんが、声をかけてくる。
「直接お会いしてましたからね、お二人だけが着るものとして魔法も精霊の加護も最大限合うように作りました。町中で目にするエルフの服は誰が着ても良いようになっているので布地そのものの色なんですが、着る人を特定した物はこうして色が自然と浮かび上がってくるんですよ」
その時テーブルの上に広げられていた二着の服が少し盛り上がり、何やらモゾモゾと動く。やがて裾の布地の下からサクヤが、続いてホムラが『ぷはあ』といった感じで頭を出した。
まるで小さな幼児がシーツの下に潜り込んで遊んでいるような光景だ。
「あれまあ!この子たちはそうやって遊んでぇ…」
そんな風にマオンさんは言ったのだが、
「いえ、これで良いのです」
シルフィさんがそう応えた。どういう事だろう?
『彼女たちはああして自分たちの精霊の加護を服に宿そうとしているのでしょう。エルフの服は魔法と精霊と共にある言わば生きている服。同じ火の精霊にしてもより多くの精霊が触れれば触れる程、その加護は強まっていくでしょう」
傍目には遊んでいるようにしか見えないのだが…。でも、シルフィさんが言うのなら間違いは無いのだろう。ひとまず僕たちは食事にしょうという事になった。
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先程まで服の上で転がったり、下に潜ったりと好き放題にしていたサクヤたち、今はセフィラさんたちの服をペタペタと触ったりしている。これは『人型』の精霊にエルフの服に触れてもらう事で、精霊のさらなる加護を得ることができる貴重な機会なんだそうだ。
「これは金品には替えられないありがたい恩恵です」
エルフの皆さんが喜んでいる。そして取りあえず、エルフの服を着てみようという事になった。貫頭衣のようなつくりをしている、かぶるようにして着てみると体にフィットして馴染む。
「エルフの服は着ると着る人に合うように大きさが調整されるのですが」
それは凄い!まさに魔法の服だ。
「こりゃ凄いよ!体が軽いよ!見てごらんよ、ほれ、ほれっ!」
マオンさんがぴょんぴょんと軽くジャンプしている。
「年甲斐もなくはしゃいでしまうよ。跳んだり跳ねたりできるなんて…。年とって出来なくなってどのぐらい経つかねえ…」
僕もまたその軽さを実感していた。服が軽いのではない、身が軽いのだ。体感だが、今なら50メートル走のタイムが軽く一秒は速くなりそうだ。
「ありがとうございます。体が軽い、軽いです」
僕は礼を言いながらリュックからエルフの皆さんに渡す報酬を出す。
「なっ!?こ、これは!」
エルフの皆さんが驚きの声を上げた。
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僕が出した報酬に注目が集まる。
「すごく…、大きいです…」
エルフの方の一人がそんな声を上げた。でかいのは良いからさ、このままじゃ(状況的に)おさまりがつかないんだよなとか考えたりする。
僕が取り出したのはジャムの瓶詰め。しかし昨日のが内容量180グラムなのに対して今日のは900グラムの大容量。それを3つ取り出した。
「嘘…。み、三つも」
セフィラさんが驚いている。他のエルフの方も同様、そして受付嬢の三人の反応も同じだ。
「服一着につき、乙女のジャムを一瓶。それでまずは二瓶。そして急いで作っていただきましたから、そのお礼も兼ねてもう一瓶を添えてお渡しいたします」
「し、しかし、これは昨日のものとは大きさが…」
「一瓶は一瓶ですから。さあ、まずはお受け取り下さい」
そう言ってから次に八枚入りの食パンを五袋、合計40枚の食パンを取り出した。これは半額シールの付いていないものだ。賞味期限まであと二日はあるし、いつもの食パンよりちょっと高級なもの。
「あと、今回の旅の邪魔にならなければこちらもどうぞ」
「これはありがたい!出がけに買ってから行こうと思っていましたから…。それにしても柔らかい」
そしてビスケット。二十枚入りを二つ、合計四十枚。一人あたり八枚、数日の旅ならおやつに丁度良い量だろうと思っての差し入れだ。
僕の品物は全て大好評であった。
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笑顔でセフィラさんたちエルフの一行は旅立っていった。今回は仕事ではなく、明日の夜の大満月に精霊がたくさん集まる場所…いわゆる『精霊溜まり』で修行をしてくる為だそうだ。
これをする事でより精霊との絆が深まり、術士としての力量を蓄えられるのだそうだ。確かに稼ぐ事も大事だが、時と場合によっては死と隣り合わせなのが冒険者。実力があれば切り抜けらたかも知れない…、そんな事態にならないように出来る事を増やしたり、より技に磨きをかけておくのは冒険者として大切な事だ。
ただ今回は戦闘をする訳でもないし、精霊との絆を深める修行とはいえ何か肉体的・精神的負荷がかかる訳でもない。より多くの精霊と交流するのが目的だ。そんな中で甘い果実のジャムやパン、ビスケットがあるのは何よりの楽しみであると言う。
そう言えば、セフィラさんたちはジャムをシルフィさんに分けていた。昨日のジャムの瓶を洗った空容器に入れた、残りは帰ってきてからと言う事で。聞けば彼女も服作りに一役買っていたという。光と風の精霊の加護は彼女のおかげだという。
「これは一揃です」
そう言って服と合わせて渡された布帽子、僕とマオンさんはかぶってみた。三角の柔らかなとんがり帽子。着てみるとヤバいくらいに何かに似てくる。
『ゼ◯ダの伝説』その主人公の衣装にそっくりである。体力が満タンの時に剣を振ってビームが出たらまさに完璧、今度ウォズマさんに剣を借りて試しに振ってみようかとさえ思う。もし出たら…、どうしよう。
兎にも角にも今日もお客さんには喜んでもらえた。そして僕たちも『エルフの服』という素晴らしいものを得た。異世界に来てからまだそんなに経っていないが様々な出会いがあり、ありがたい事にたくさんの恩恵を受けた。バイト代の心配も無くなり、日々充実している。
そんな事を考えていた時、ギルドの扉が開き一人の女性が…、続いて何人も…。僕は何か起こりそうな気がしていた…。




