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第79話 ピリ辛とお酒が好きな二人の精霊

 僕を見つめる少女の視線…、それは(かたわら)にいるアリスちゃん…ではなく見知らぬ少女のものだった。

 その姿はサクヤやカグヤと同じくらいの背格好でとても小さい。もしかすると…、いや多分精霊なのだろう。その彼女が僕を見ている。エルフの皆さんが呼び出した…、その能力(ちから)の一部を行使できる『球体』ではなく、能力全てを行使できる『人型』の状態になっている。

 赤みを帯びたドレス、地球でならショート…よりももう少し短い赤毛の髪、なんだかとても活発なイメージを受ける。


 光精霊(ウィル・オー・ウィスプ)であるサクヤと初めて会った時もこんな風に宴会をしていた夜だった。あの時は…、シルフィさんが辺りを照らす為に召喚していたんだっけ…。それで…缶詰のみかんとかみつまめを食べていたら興味を引いたみたいで現れたんだ…。


 今日、召喚した精霊は…焼肉を焼く為の火の精霊。シルフィさんと同じ里の出身であるエルフの皆さんが召喚した。


「君は火の精霊なの?」


 僕が問いかけると、彼女はいたずら好きな子供のように『キシシシッ』、声が出せるならそんな風に聞こえそうな笑い方で僕の問いを肯定するように応じた。



 先日の宴会の時は水果(フルーツ)の缶詰を食べてる時に現れた、今は焼肉を食べている。今僕が手に持った皿にあるのは焼肉。


「これが食べたいの?」


 そう言うと、彼女は『分かってんじゃん!』とでも言うかのような表情で僕のすぐそばにやってきた。サクヤのようにフワフワと浮かびながら。

 お皿の上の塩胡椒の味付けをしたステーキ肉を先割れスプーンで突き刺し彼女の口元に近づけると、ガブリと豪快にかじりつく。もっとも人形のように小さいサイズなので、その動作はとても可愛らしい。『美味え〜!』というような表情を浮かべた彼女だが、何か視線をチラッチラッと他に向けている。その先には香辛料…、粗挽き黒胡椒のビンがあった。


「もう少し振りかけようか?」


 僕の言葉に彼女は『マジで!?良いの?』と言うかのような嬉しそうな表情を浮かべたので、僕はパッパッと振りかける。再度ステーキ肉にかじりついた彼女は『超うめえー!!』というような表情で上機嫌だった。

 続いて揉みダレの焼肉を差し出してみると、彼女は一味唐辛子のビンを見ていたのでこれも振りかけてみた。『コレだよ、コレ!マジ分かってんじゃん』と言うような表情で彼女は僕を見ていた。人間サイズの一口だから、小さな彼女にはかなり大きいのだが差し出した肉を両手で掴みかじりつく。『最ッ高ッ!マジ美味(うめ)えーッ!』大喜びして火の精霊は焼肉を楽しんでいた。


「これも試してみる?」


 そう言って僕は塩麹で味付けした猪肉を差し出した。すると彼女は『何コレ?』といった感じで見ていたが、やがておもむろに手を伸ばした。

 しかし、一口食べた途端、彼女は姿を消してしまった。



「火の精霊が行ってしまいましたね…」


 精霊が姿を消して戸惑う僕にそう言ってシルフィさんがやってきた。むぅ、そんな声がしたかと思ったら膝のあたりにギュッと強い感触を感じた。アリスちゃんがしがみついて来たのだろう。


「もしかすると、機嫌を損ねてしまったのかも知れません」


 僕はそう返事をして、アリスちゃんの背中をポンポンと優しく叩いた。それが良かったのか、膝にしがみ付く感触が少しばかり弱まる。

 

「精霊の声を聞く事が出来る者以外には、生涯その姿を目に出来ぬ事がほとんどです。むしろ『球体』ではなく、『人型』で常にサクヤとカグヤの二人が側にいるゲンタさんはとても稀有(けう)な存在です。機嫌を損ねてしまったというような事はないと思いますが…」


 そんな話をしていた時、シュッと再び精霊が姿を現した。


「戻って…来た」


 エルフ族だが強い酒も好むキルリさんが驚いたように呟く。しかもただ帰ってきただけではなかった…。


「え…、二人?」


 そこにはもう一人の精霊がいた。流れるような長い髪、まるで平安時代の貴族の女性のようにとても長い。背中どころの長さじゃない、膝ぐらいまでくらいあるだろうか…。

 服の色は水色で、なんだかとてもおっとりしている。火の精霊の彼女がとても活発に見えるからだろうか、対比する形になりそれが顕著になる。


火精霊(イグニスタス)水精霊(アクエリアル)まで…」


 シルフィさんが新たに連れられてきた精霊を見て呟く。そんな僕らをよそに火精霊と呼ばれた赤い服を着た精霊が連れて来たもう一人の精霊の背中をグイグイ押すようにしながら僕の目の前に連れて来た。

 そして火の精霊は先程の塩麹で味付けされた焼肉を指差し、その指をそれを水の精霊に向けて動かす。ジェスチャーから判断するに水精霊の彼女に食べさせてやってくれと言う事だろう。


「ん、分かった」


 そう言って僕は焼肉を水精霊に差し出す。彼女はキョトンとしていたが、差し出された肉を食べ始めた。

 水精霊の彼女は無表情…、というかあまり表情の変化はないが彼女の体格からはとても大きなサイズである肉を食べ続けている。途中で飽きたりせず、ずっと食べ続けているからには気に入ったのだろう。おそらく、火精霊が一度姿を消したのはこの塩麹味の味付けが水精霊は気に入ると感じたから、呼びに行ったのだろう。

 肉を食べている水精霊を見ていると、彼女と目が合った。


 うっすらと、彼女の目が微笑んだように思えた。



 塩胡椒と揉みダレの焼肉に香辛料を添えた物を火の精霊に、塩麹の焼肉を水精霊にと紙のお皿に盛り二人に『食べて良いよ』と言うと彼女たちは喜んで食べている。

 そんな時、水精霊の彼女がガントンさんたちが飲む酒のボトルをチラチラ見ているのに気が付いた。


「飲みたいの?」


 そう言って置いてあった焼酎のボトルを手に取ると、彼女は頷いた。空いているコップに焼酎を少量注ぎ水精霊の口元に持って行く。彼女はそれに口を付け飲み始めた。「美味しい」とでも言いたげに喜んでいる。


「気に入ったようですね」


 シルフィさんがアリスちゃんを気遣ってか、右から僕・アリスちゃん・シルフィさんの順に横並びで座る。そのアリスちゃんは目の前に置かれた紙の皿から盛られた肉が減っていくのを驚いていたが、『今ここには精霊がいるんだよ』と言うと不思議そうな顔をしていたが納得をしたようだ。

 このあたりから察するに、やはり普通は精霊の姿というのは見えないようだ。精霊の声が聞けるという『精霊使い』や、あるいはエルフ族なら普段から可視()えるという。では、なぜそのどちらでもない僕にその姿が見えるのかはよく分からない。

 だが、シルフィさんによれば、精霊が僕に興味を持ったからではないかと推測していた。あくまで推測の域を出ない話だが、精霊が僕に興味を持ったのに何の接触(コンタクト)も出来ないのなら確かにどうにもならない。そこで興味を持った対象には姿を見えるようにして接触をしようとするのだと言う。精霊使いやエルフ族はもともと精霊の姿を見る素養がある為に精霊が意図していなくてもその姿を見る事ができ、また精神力を代償ににして力を借りる事が出来るのだと言う。


 気付くと火精霊と水精霊の二人の食事が終わったようだ。『食った!食った!』と言っているような火精霊、あまり表情を変えない水精霊、しかしなんとなくだが満足しているように感じた。

 食べ終わった二人にペーパーナプキンを渡し、使い方をジェスチャーで伝える。だが、彼女たちはナプキンを僕に返し手と口を『拭いてくれ』とばかりに突き出す。


「え、でも僕が拭いたら『契約』みたいな事になっちゃうんでしょ」


 そう言ったのだけど、彼女たちは『やってくれ』とばかりに僕が拭くのを待っている。手や口元をそれぞれ拭いてやると続けざまにポン!ポン!と弾けるような音がする。一斉に全員の視線が集まる。


「これは…、火精霊(イグニスタス)水精霊(アクエリアル)までが…」


「既に光精霊(ウィル・オー・ウィスプ)闇精霊(シャルディエ)がいるというのに…」


 エルフの皆さんがざわついる。


弟妹(きょうだい)たちが驚くのも無理はありません」


 シルフィさんが話し始めた。


「精霊使いやエルフは精霊に力を借りる事が出来ます。しかし、その能力(ちから)を余すところ無く行使できる『人型』の形態での召喚となると余程生まれつきの相性が良いか、研鑽(けんさん)を積み精霊との信頼を重ねそれを可能になった者にしか出来ません。それとて一つの属性の精霊、余程の幸運に恵まれても二つといったところでしょう。しかしゲンタさん、あなたはあっさりと光と闇、火と水という四つの精霊から愛されたという事になります」


 いつの間にかエルフの皆さんが僕の周りに集まって来ていた。そこには初顔合わせ…というか、集まってコミュニケーションを取る四人の精霊がいる。サクヤと火精霊のテンション高めの組み合わせは『ウェーイ』とばかりにハイタッチ、カグヤと水精霊は大人しめだが何やら微笑み合っている。


「す、凄い!四人の『人型』形態の精霊が揃うなんて!」

「さ、さすがゲンタさん!俺たちに出来ない事を平気でやってのける」

「そこにシビれるゥ!憧れるゥ!」


 普段、物静かなエルフの皆さんが今は大盛り上がりをしている。


「さあゲンタさん、彼女たちに名前を付けてあげて下さい」


 シルフィさんの少しだけ弾んだ声が聞こえた。

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