第76話 ゲンタ、思いがけずまたシルフィにモーションかけていた
シルフィさんをはじめとして、エルフの皆さんや女性陣がワインを絶賛している。
「こりゃ、極上物だよ」
マニィさんがそう言うとみんなが頷いた。
「でもぉ…、良かったんですかぁ?」
僕にもたれかかりながらフェミさんが酒に酔ったトロンとした瞳でこちらを見ながら問うてくる。
「もしかして、これはぁ…。シルフィさんと飲む為のワインだったんじゃないですかぁ?」
うーむ、近い。ゆるふわでかわい子ちゃんタイプ大接近である。
「大丈夫ですよ。シルフィさんに御一緒していただくワインは別のものを考えていますので」
…ざわ。
ざわざわ…。
「ど、どういう事だよ…、旦那。この上物のワインより…、さらに上があるってのかよ?」
「い、いや、どちらが上でどちらが下っていう訳ではないんだけど…。多分、シルフィさんには喜んでもらえそうなワインかな…と」
「シルフィの姐御に?」
「う、うん。シルフィさん、確かシルフィさんは水果や甘いものが好きなんですよね?」
僕の問いかけにシルフィさんが『はい』と返答す。
「僕が今度シルフィさんに御一緒してもらうワインは、甘いワインです。酸味を抑えてより甘みを強調したような…。それでいてもう一工夫してあるような」
「うわぁ〜…。私、そんな素敵なワイン飲んでみたいですぅ」
「オ、オレも…。旦那、飲んでみたいよ!」
五人のエルフたちも同じ気持ちのようで何やら期待に満ちた目で僕を見ている。
「ごめんなさい、でもそれは出来ません」
僕の言葉に『えっ?』というような雰囲気が漂う。
僕はさらに続けた。
「僕は先日、シルフィさんにワインを御一緒していただけませんかと聞いた時に、シルフィさんは『私で良いのですか?』と問われました。その時、僕は『シルフィさんしかいません』と応えました。皆さんには申し訳ありませんが、この準備しているワインはシルフィさんだけの物…。シルフィさん以外の方に供しては僕は不誠実になってしまいます」
おお…、何やらエルフの皆さんが感嘆の声を漏らした。
「うわぁ、良いなあ!オレもそんな事言われてみてーよ!」
何やらマニィさんがなにやらやさぐれ気味に声を上げた。
「まあまあ、今日は新しい水果もありますから。機嫌直して下さい」
僕はリンゴを取り出し、果物ナイフで皮を剥き始めた。実家は商店と小さいながらも畑をやっていたので、手の空いた僕が夕飯の準備をする事もあった。派手な技術は無いが野菜や果物の皮むきは一通り出来る。
そう言えば去年の12月だったか、サークル内で鍋パーティーをした。まだあの頃は新型コロナとか無かったもんなあ…。みんなで集まれたのに…。その時もこんな風に野菜の皮をむいてたっけ。
一緒に準備をして野菜の皮むきに悪戦苦闘していた女子たちが、『私、竹下君の前では料理しなーい』とか言ってたっけ。『僕は農家の出だからね、小さい時からやってただけだよ』、そんな風に応えたっけ…。
「旦那、オレもやるよ」
マニィさんもやってきてリンゴを次々とむいていく。マニィさん、多分初めてリンゴを見ただろうに器用にむいていく。
「皮むいたらどうするんだ?」
「縦の向きで半分にして、さらに半分…。んで、こうやって芯の部分を取り除いてさらに半分…。こんな感じですかね…」
まだ未知の水果に周囲の期待が集まる。サクヤたち光精霊たち、カグヤもゼリーを食べ終えたようでこちらにやってきた。
「さあ、みなさんどうぞ」
僕はそう言いながら、サクヤたちのサイズに合うようにさらに小さく薄切りにしていく。リンゴは精霊たちも気に入ったようで、嬉しそうに食べている。
それは、マニィさんやフェミさん、シルフィさんをはじめとしたエルフたち、ナタリアさんやアリスちゃんも同様のようで気に入ってくれたようだ。マオンさんやミアリスさんもまた笑顔で食べている。こうして見ていると二人はお婆さんと孫娘の関係のようだ。
二人は逆に男性陣は猪肉や焼酎で盛り上がっている。やはり肉と酒という組み合わせは、ここ異世界では最高の組み合わせなんだろうか。
「旦那…、ちょっと、ちょっと…」
不意にマニィさんが僕の袖を引っ張った。
「どうしたんですか?マニィさん」
僕の横に座っていたマニィさんは少し声を潜めて、
「旦那、気付いてるかい?シルフィの姐御のこと」
□
「姐御はさ、女のオレから見ても美人だと思うぜ。それだけじゃねえ、腕は立つし頭も切れる。気立ても良い。激怒たら…、超こえ〜けど」
マニィさんは一口、軽く白ワインを飲みさらに言葉を続けた。
「だからさ…、姐御はモテんだよ。だけど、姐御にはそーいうのを相手にしない」
僕は言葉を挟まず、頷きを相槌にしてマニィさんの話を聞く。
「いつも粛々(しゅくしゅく)と仕事をこなし、常に冷静でさ…」
コップのワインをグッと、マニィさんは一気に呷った。
「そんな姐御がさ…。今は同じ里の弟妹と話したり飲んだりしてるけど、時々チラチラと旦那を見てるんだよな。女ってさ、気になる男をついつい目で追っちまう…。旦那の言葉が姐御の心に刺さったんだろうな」
ふぅ〜、とマニィさんが息をつく。
「エルフってさ…、寿命長ーって言うだろ。800年とか1000年も生きるってさ…。それでエルフは物事をじっくり考えるんだって。だから、逆にオレたち人族は生き急いでいるっていうか…、強い感情で動いてる時や衝動的な事は情熱的…みたいに思うらしいんだ」
1000年…、随分と長生きだ。日本で考えたら人間の寿命の十倍だ。そんなエルフ族にとっては、物事はじっくり熟慮の上で判断するのだろう。
「姐御しかいない、多分その言葉に姐御は満更でもないっていうか…嬉しかったと思うぜ。憎からず思ってる旦那にそんな事を言われたらさ。多分、エルフ同士じゃなかなか聞かないような口説き文句だと思うし」
そう言われて、ふとシルフィさんを見ると彼女もまた丁度こちらを見たところだった。一瞬だけ強い視線がぶつかり、すぐにシルフィさんは視線をそらした。
「意識…、されてるよ。旦那」
マニィさんが間違いないとばかりに呟いた。その時、レジャーシートにあぐらをかいて座っている僕の膝に重みを感じた。見ればアリスちゃんが僕の膝に両手を置いて僕を見上げながら睨んでいる。
「ゲンタ、他の女の人とばっかり!」
アリスちゃんはむくれている。
「こっちも意識されてるねぇ、旦那」
苦笑しながらマニィさんが呟いていた。




