第748話 精霊破りの矢!!(第三者視点)
「あんな風、自然に起きるはずがない…。まさか本当に…、いや…そんな筈はない。…ならば」
スナイは矢筒に手を伸ばした。矢を手にしながら隠密行動をしつつ草むらの中を動く、スナイは矢を放つと必ず場所を変えていた。狙撃をする際には足を止めて狙う事はない、常に同じ場所から狙っていては的だって対応しやすくなる。それに敵もこちらの位置を看破しやすくなるし、逆にこちらを狙ってくるかも知れない。だからすなは常に動くのだ、敵の位置を知るのはこちらだけで良い。その間はこちらだけが一方的に攻撃ができる。
同時に放った矢がどうなったのか、当たったのか外したのかを確認するのも忘れない。見るだけではない、音でも血の匂いでも…敵の様子を探る術はひとつではない。避けられたなら避けられたでどう避けられたかを確認する。気配を消した状態から放た矢を避けるからには相手はかなりの難敵だ。しかしそれでも諦める訳にはいかない、弱点となるところを探しそこを狙い撃つ。そしてそんな立ち回りをする事しばし、スナイには分かった事があった。
「ゲンタとかいう商人、やはり素人」
少しずつ移動しながら狙撃をする、その間に様子を見ているのだがあの商人はずっと棒立ちだ。まるで弓矢に対する対処を知らない。きっと弓矢から狙われた事がないのか、あるいは戦い自体の経験がほとんどないのか…。弓矢に狙われた時にしゃがみこむだけでも当たる面積は半分以下になるのを知らないのか…、もっともそれならそれで足は止まってしまうから狙う側としてもやりようはある。だが、そんな素人が相手なのにスナイはてこずっている。
「的は何もしてないのに…、矢が当たらない」
必殺の矢が勝手にそれていく、この感覚には覚えがある。嵐のような雨風が強い日に放った矢が思い通りにならないような感覚…。それでもスナイは矢を手に取った。今までのような一本だけではない。同時に四本、指と指の間に挟むようにして水平に構えた弓から一気に放つ。指にかかる矢が放たれる時の反発力…、スナイの腕が上に弾かれる…それを肘を起点にくるりと回す。その先には腰につけた矢筒があった、機械のような正確な動きで矢を四本手に取った。そのまま矢を弓につがえる、連射の構え…一人でも一気にたくさんの矢を放つ弓射術だ。
続け様に四本、さらに四本、肘を起点に矢を放つ。同時に移動も忘れない、草の中に身を隠す。
「外された…、だけど分かった。矢のひとつひとつを狙ってそらしているのではない、矢が近づくと強い風に勝手に外される。間違いなく風精霊が味方してる…、信じられない話だけど信じるしかない」
エルフでもない者が精霊と縁を持っている…、ありえない話であった。エルフにだって相性によっては扱えない属性の精霊魔法があると聞くのに…。それを魔術師ですらない…、ましてやエルフでもないただの男が加護を得られている、それはスナイの持つ常識からいって信じられない出来事だった。だが、それならそれでやり方はある。
スナイは腰に着けていた矢筒を外した。そして今現在、身を潜めている場所に置いていたもうひとつの矢筒を手早く腰に着ける。最初に身を潜めてゲンタの様子を探っていた時にここに置いていた、事前にいくつか決めていた狙撃ポイント…そこに戻ってきたのだ。通常の矢を使い果たしたその時に体勢を立て直す拠点として…。
「精霊の守護がなければゲンタとやらはただの的。万が一を考えて準備しておいて良かった」
新たに手にした矢…、それはツヤが消された暗い鉛色の金属製のものだった。鏃から矢羽根に至るまで全てが金属、その矢をつがえた弓をスナイは今までよりも強い力で深く引き絞り放つ。震える弦が今までより低い音を奏でた。
同時にスナイはまたもや移動し矢の行方を目で追った。矢は風に阻害されず一直線に的に迫る。仕留めた…スナイがそう思った時、矢は鈍い音を立てて真っ二つになり地面に落ちた。まるで腕利きの騎士が戦場で自らに向けて飛んできた矢を手にした剣で打ち払った時のようだ。
その様子を見てスナイは冷静にここで一気に殺しにいく体勢に入った。今の融かした鉛を上に薄く塗った矢…、精霊が嫌うという素材を用いた矢はいかに風精霊といえとも旋風くらいでは吹き飛ばす事は出来ない。だから風精霊は戸惑い対処が遅れた、あの男に命中する直前にかろうじて切り払ったのだ。だとすればあの男に精霊がついているにしでも防げる矢は一本かせいぜい二本までだろう。ならばそれを上回る数をくれてやれば良い。そのうちひとつでもかすれば相手は死ぬ。
そうと決まれば一秒でも早く必殺の矢を放てば良い。敵に考える時間も準備する余裕も与えてはならない、与えれば何か対策をしてくるかも知れない。それならここで一気に葬らねばならない。そう考えたスナイの右手が掴んだ矢は四本、それをやや斜め上に構えて放つ。そして続け様に連射の体勢に入る、肘を風車のように回転させ再び掴んだ矢は同じく四本。ためらう事も迷う事もなく今度は水平に放った。斜め上から、そして水平方向から八本の矢が一斉にゲンタを襲う。
同時に居場所を変えながらスナイは矢の行方を追った、見ればゲンタは体を縮こませただけだ。あれなら半分以上が当たるだろう、毒が塗られた必殺の矢が…。
「殺った…」
思わぬ邪魔が入り時間がかかったがこれで勝負ありだ、何秒かあとには真新しい死体がひとつ出来る。あとはその死に様がどうだったかを見届けるだけだ、それというのもこの命令をしたオーシ・ペドフィリー侯爵は残忍な性格の持ち主。実父である前侯爵をなんの迷いもなく殺す事を決めた。
そしてもうひとつ、家名に泥を塗った若い商人を殺してその死に様を伝えよという。合わせて首も持ち帰れとも…。おそらくだが持ち帰った首を踏みつけるなり蹴飛ばすなりするつもりだろう。あの男に恨みはないがその死に様を目に焼き付けておく必要がある、スナイは今一度ゲンタの様子を直視した。だが、次の瞬間にさらに信じられない事が起きた。一瞬にしてゲンタの前に高く分厚い巨大な氷の壁が出来た、その真っ白な壁がスナイの放った矢を全て防いでしまった。
「なっ…!?」
スナイは言葉を失った。あれは氷…、あのゲンタという男は風だけでなく氷の精霊の守護まで受けているのか…。仕留めたと思った瞬間、あれでも殺せないのか…スナイの心を失望が襲う。思わず天を仰ぎたくなる、その時…稲妻にも似た閃きがスナイの頭の中を駆け巡った。瞬間的に腰の矢筒に手を伸ばす、そして四本の矢を掴み取っていた。
「あの白い氷の壁…、分厚く貫く事は不可能ッ!あの男の姿も見えない、だがそれは向こうも同じ!どこから矢が飛んでくるか分からない筈ッ…!」
矢を弓につがえる。その間、スナイの頭の中は様々な事を考えていた。氷の壁は堅牢無比、だがその壁が目隠しになる。氷の壁の上を越えるように矢を放てばどこから飛んでくるか分からない敵は必ずや反応が遅れる…、その間に雨のように落下した矢が一本でもあの男にかすりさえすれば…。きっと戦いの経験がロクにないあの男はまだあの場所で何も出来ずにいるに違いない、だからとにかく射る、敵が備える前に…!スナイは弓を引き絞って上に向けて放った…。持てる限りの矢を…、首を上に向けるよりも早く放とうと…。そのわずかな間にあたりが僅かに暗くなった。
「これで終わるッ…えっ?」
勝利を確信したスナイ、矢の軌道を見守ろうと視界が上に向く…。だが、次の瞬間にはスナイの表情が驚きの色に染まった。
勝利を確信したスナイ…、そんな彼女に何があったのか…?次回、この戦いに決着が…。
異世界産物記、第749話!
『決着』
ご期待下さい。




