第75話 焼肉です!フェミさんが肉弾戦に持ち込みました。
今日の宴会は参加者が多い。前回に比べ十五人増えた。大人数ともなれば、あれこれたくさんの品数を用意するのも大変だ。
だが、今回は巨大猪という極上の素材がある。ゴントンさんによれば脂身は甘くとろけるようで、食べている餌が香草や薬草、キノコなどが主である為に獣肉特有の臭みも薄れているそうだ。場合によっては肉自体に香草の風味が宿っている事もあるという。この肉こそが主役なのだ。
「んぁ、これは大当たりだなや」
マニィさんと共に肉をステーキ用に切り捌いていたゴントンさんが嬉しそうに言う。
「こりゃ期待して良いべ!脂身の入り具合も良いし、臭みもほとんど無え!坊やの『揉みダレ』の味サ、何も邪魔しねえで味わえるだ!」
「旦那、そんなに良いのかい?」
マニィさんが聞いた。
「間違い無えべ。こりゃ極上の中の極上だぁ!こっだら肉、ちょっと塩付けただけでも御馳走だべ!」
マニィさんとゴントンさんが嬉しそうに話している。
「ところで、ゲンタさん」
シルフィさんに声をかけられる。
「猪の頭部をどうなさるんですか?」
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「切り取ったぜ!」
ナジナさんが巨大猪の頭部から切りとった物、それは舌。焼肉屋さんで注文する場合、いわゆる『タン』と言われる部位である。
うーん、骨とかない部位だから柔らかいな…。ちょっとこのままじゃ切りにくい。それにしても大きい。
「シルフィさん、これを凍らせる事はできますか?カチンコチンに固くではなく、ある程度固くというか包丁で薄切りにしていけるくらいの固さで…」
シルフィさんは魔法の力を加減しながら氷の精霊の力を借り、凍らせていく。
「こんな感じでしょうか?」
「あ、はい。良い感じです!ありがとうございます」
そして僕は巨大猪のタンの表面を井戸水で洗い、薄切りにしていこうと思ったのだけれど…。
「ぼ、坊や、それを食べるのか?」
「そ、そうだぜ!兄ちゃん。食える身肉はまだこんなにあるんだからよう…」
ガントンさんとナジナさんがいささか戸惑った様子で話しかけてくる。どうやら異世界では、タンを食べる習慣はないらしい。
「でも、旦那がやろうとする事だからなぁ…。美味いんじゃねえか?」
マニィさんが話に加わる。
「オレが切るよ。どう切ったら良いんだい?」
そう言って、タンを手に取る。
「えっと、薄切りに…、そうそう、そのぐらいの厚さで。後でそれも焼きますので…」
手際良くスライスしていくマニィさんに声をかけて、僕はお酒の準備を始めた。
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「ま、まさかこんなにサッパリと食べられるなんて…」
シルフィさんをはじめとしてエルフの皆さんも驚いている。ちなみに、グライトさんはつい先程やってきた。すごいダッシュで『待たせたな』とばかりに。薄暗くなってきたのでサクヤに辺りを照らしてもらおうとした。彼女の精霊の能力の一端を発揮する球体を宙に浮かばせる。確かに明るいがこれだけの人数がいるのでそれなりに広範囲だ。
「うーん、篝火でも焚いた方が良いかな?」
光精霊が明かりを、闇精霊が暗がりを薄くして、この場を明るくしようと頑張ってくれたが範囲が広すぎた。単純に明るさを増せば良いのだが、それをやると近い場所では明るいというより、もはや眩しいになってしまう。どうしようかと思った時にサクヤが目の前にやってきて任せてとばかりに胸を張る。
次の瞬間、『ずらっ』といった感じでたくさんの精霊が現れる。サクヤに似た感じの精霊たちだった。似てはいるが、微妙に髪型や服の形が違う。
「サクヤのお友達?」
サクヤは大きく首肯いた。
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サクヤと光精霊たちが照らす中、宴会が始まった。サクヤたちは文字通り周囲を照らす『光の玉』となった球体を各所に浮かばせている。
その彼女たちには、フルーツゼリーを出したら喜んで食べている。気に入ってくれたようで何よりだ。
「こ、この『びぃる』って奴ァ、クァ〜ッ!この『たんしお』って奴に死ぬ程合いやがるぜぇ!なぁ、ドワーフの?」
「そうじゃのう。初めて飲むがエールとは違うのぅ…、この『びぃる』という物は。喉を焼くような切れ味があるわい!」
「麦の酒のようですが、エールとは全然違いますネェ…、実に興味深い」
「冷たくして飲むなんて考えもしなかったでやんすー!」
雑貨屋のお爺さんとドワーフの一行が口々に感想を口にする。同じ大地の妖精族同士、ノームとドワーフである彼らは通じ合う事も多いようだ。
まずタン塩から食べ始め、次に身肉を焼いていく事にする。しかし、問題が発生、ナジナさんやウォズマさんが竈をいくつか作ってくれたが人数が人数、しかも肉が美味すぎるのと若く食欲旺盛なツッパリ君たちやドワーフの皆さん、ナジナさんもいる。ちょっと困っていたら、シルフィさんが
「ここは私たちが…」
同じ里のエルフの皆さんと何かの精霊を呼び、赤い球体をいくつか宙に浮かばせる。
「火の精霊に力を借りましょう。炭や薪を使わずに煮炊きをする事も出来ます」
「ふむ…。ならばあれを使えば良かろう。ベヤン、板金を持ってこい、端を曲げて加工した奴だ。お前たち、手を貸せい」
そう言ってガントンさんは飲むのを一旦やめて、ゴントンさんやお弟子さんたちを連れて建築に使う為に用意していた石を運んでくる。かなり重いだろうに手際良く一行は庭の各所に石をコンロのように組んでいく。
「よし、ここに火の精霊を…。ベヤン、板金を置け」
「ハイ!でやんす」
なるほど、鉄板みたいにして…。河原でやるBBQみたいだ。鉄板も本来は何か別の用途に使う物なんだろうけど、今は調理用具に転用だ。確か北海道名物のチャンチャン焼きもスコップの金属部分を使って焼いた物と聞いた事がある。
道具という物は人の数だけ使い方がある。その都合により使い方が変化する。先程のチャンチャン焼きの例なら本来は土を掘る為のスコップが、鮭を開いた物を焼く為の道具になった訳だ。
鉄の板だから耐久性は十分。数もあり、これならたくさんの人数がいても、肉を焼く場所が増えた訳だから大丈夫なはずだ。塩胡椒を振った一枚肉、揉みダレで揉み込んだ端切れ肉、それらにみんなで切った野菜を合わせて焼く。一部の野菜は野菜炒めのような感じになり、味付けは肉を揉み込んだ後に残った揉みダレを使った。
「坊や、何も一人で全部気を回す必要は無え。ワシらもいる、エルフの嬢ちゃんもな。頼る事も覚えた方が良いぞ」
ガントンさんのありがたい申し出だった。
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「はははっ、美味え!」
ナジナさんやツッパリ君達が満面の笑みでがつがつと肉を食べ、シルフィさんたちは野菜焼きや野菜炒めを中心に食べている。僕もステーキを食べてみたが、これがなんとも凄い。しっかりジューシーで食べ応えがある。しかも肉に甘みがあり、脂身は噛まずとも舌で転がせばすぐに融けていく。獣肉の臭みもなく胡椒のピリッとした、そしてナツメグの甘い風味がそのまま加わる。シンプルな塩だけの味付けだけなのに肉の質が良いので、むしろ肉の味そのものが活きている。間違いない、極上だ!
みんなの食も酒も進んでいて、揉みダレも好評でナジナさんやゴントンさん、女性陣に大ウケをしている。酒…、あっ!
「シルフィさん、それにみなさんも!」
同じ里の出身のエルフだからか、シルフィさんとエルフの皆さんがひとかたまりになっていた。冷やしていたワインのボトルを何本か持っていく。
「ゲンタさん、これは…ワインですよね。ではこちらの物は?」
注がれた赤ワインを見て嬉しそうに言うシルフィさん。だが、白ワインについては何であるかは心当たりはないようだ。赤ワインってぶどうを皮ごと発酵させるからその色素も混じるんだっけ?そう考えると、白ワインは皮を剥いて作る訳だから手間が増えるし、量も減るんだろう。
「これは白ワインです」
「しろ…ワイン…?」
「はい、僕の故郷ではこちらの色の濃いワインを『赤ワイン』、そしてこちらを『白ワイン』と呼んでいます。なるべく口当たりの優しい、甘めの物を見繕ってみました。お口に合えば良いのですが…」
「大丈夫ですよう!よぅよぅ」
そんな声と共に後ろから『ばふっ』と誰かに抱き付かれた。声からしてフェミさん!?フェミさんなのかっ!?
だ、だが、それよりも…。『素晴らしいモノ』をお持ちで!
抱き付かれた瞬間分かった!これは…、この人は…、凄まじい胸部装甲をお持ちだ!ただ後ろから抱き付かれただけで音がする程の圧倒的質量兵器、僕の右肩甲骨と左肩甲骨が一瞬で持っていかれたァ!!
「ゲンタさんは『お口に合えば』って言いますけどぉ、今まで美味しくなかったものなんて無かったですしぃ」
「こ、こら、やめないか、フェミ!誰だ、フェミに酒をこんなペースで飲ませたのはッ!?」
そこにマニィさんがフェミさんを引き剥がしに来てくれた。
「ごめんよ、旦那。フェミの奴は普段こんなに酔いが回る程には飲まないんだけどよ、何か今日はペースが早いみたいでよ…」
「えへへへぇ、ごめんなさぁい。でも、しろ…ワインですかぁ?初めて見ますぅ…、私ぃ飲んでみたくてぇ」
フェミさんだけではない、シルフィさんをはじめとしてエルフの皆さんも白ワインに目が釘付けだ。とりあえず飲んでみようという事になり、最初に白ワインを開けた。
薄い黄金色の液体がコップに注がれる。ワイングラスを用意する時間が無かったもので…。ただ、それでもガラスのコップは貴重品らしく、喜んで使ってもらえている。フェミさんは『んー』とか言いながら僕に被さったまま手を伸ばす。フェミさんが体を動かすたびに感触を変えて僕を責める、マニィさんは引き剥がすのを諦めたようで今はワインを飲む体制にシフトしたようだ。
「ふわあああ…」
ワインを飲んだフェミさんが僕の背中に張り付いたまま感嘆の声を上げる。何故だか分からないがここから離れない。シルフィさんたちもマニィさんも驚き、そして嬉しそうに口にしている。
また一方で赤ワインについても満足しているようで、『こんなワイン飲んだ事ない』とみんなが口を揃えて言った。一つ一つが手作りで輸送するにしても温度や湿度の管理もままならず、保存料なども入っていないものでは、発酵し過ぎてしまい酒というより酢になってしまっている物も珍しくないそうだ。
「これは飲みやすく、とても良いワインですね」
微笑みながら言うシルフィさんの言葉が印象に残った。




