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第746話 殺す時、殺す地、殺す人(第三者視点)


 イメージは人事を尽くして天命を待つとか、

 天の時、地の利、人の和みたいな感じの事を表現できたらと思っています。


 走り出した馬車の中、動きやすい格好に着替えたスナイ・ペドフィリーは武器の最終確認をしていた。短剣は既に腰に差しており、今現在確認している愛用の弓は植物や動物のけん等を貼り合わせて作った複合弓コンポジットボウだ。


 エルフ族は生まれた時に自分の分身となるトネリコの木を植えるという、その分身とも言えるトネリコの木の初枝を削り出して作る弓をエルフはまるで自分の手の延長のように扱うと聞く。スナイが手にする複合弓はそんなエルフの弓ほどではないが様々な素材を貼り合わせて作る事で得た彼女の為だけの物だ。彼女の体格や筋肉量、あるいは肉体の癖に合わせて計算し尽くされた構造は正確無比な射撃と高い威力を実現している。


「あの岩がふたつあった場所で良いのか?」


「ええ」


 弓の確認を終えたスナイが短く応じた、今は矢を確認している。ちょん…、人差し指の腹に植物から精製した油を付ける。それを親指の腹に付け矢羽根のひとつひとつに馴染ませていく。それは貴族の男性が香油を髪に馴染ませ整えるのに似ていた。


「町の外を歩いて少し休憩するとすればあの場所はうってつけ、周りも視界が開け身を隠す場所も無い」


「弓使いのお前には丁度良い…か」


 スナイは的となった人物を狙う時、その前から最善を尽くす。殺すタイミング、殺す場所、誰を相手にするにしてもだ。今、確認している矢だってやじりはもちろん軸となる矢柄やがらもしっかりと見る。わずかな瑕疵かしもないように…。


 それを確認した上で最後に矢羽根に油を馴染ませる。乱れた矢羽根のままでは軌道がわずかにブレる、近い距離ならほんのわずかなズレであっても遠くならば大きくそれる事になる。ましてや今回の的は前侯爵と共に必ず仕留めろと命じられた相手…。そこに身分の貴賤きせんはなく、同等の標的である事を示している。厳然とした身分制度があるこの社会で誰もが共通していつか迎えるもの…、それが死である。貴族でも庶民でもいつかやってくる唯一の平等と言っていいそれを人為的にくれてやるのが刺客としての役割だ、共に…と命じられたからにはゲンタとかいう商人の命は前侯爵を仕留めるのと同じ価値がある。


 矢羽根の調整を終えたスナイはそれを矢筒に収納していく、人ひとりを殺すにはいくらお釣りが来るのかと思う程の矢の本数だがスナイは真面目な顔をして几帳面に…。その時になったら何が起こるか分からないのが現実というもの、アクシデントが起こって的を仕損じた際にもう矢がありませんでは話にならないのだ。


 そしてもうひとつ、あの商人についての情報だ。かなり羽振りが良いらしい。常に兵百人の戦力に匹敵すると言われる二つ名持ちの冒険者か、あるいらそれに準じるような護衛を多数配置しているらしい。二つ名持ちと正面切ってやり合うのは愚の骨頂だし、他にも野外で植物の力を借りられるエルフ族が護衛に付かれるのも嫌だ。弓を扱い鼻も利く狩猟士ハンター犬獣人ドギーマの冒険者たちや、瞬発力に長け上下の運動にも強い猫獣人族キャトレの冒険者たちが来られるのも厄介だ。


 だが、それは杞憂きゆうに終わる。どうやら急遽町の外に出かけるようにしたようだ。しかも護衛を連れずに行くという、まさに天佑てんゆうだった。具体的にどこに行くかまでは分からなかったが足を止めそうな場所ならいくつか目星をつけておいた、狙撃するならその場所になるだろう。


「…いたぞ。予定通りの場所だ」


 馬車が止まる、スナイは矢筒をふたつ背負って静かに地面に降りた。すぐに姿勢を低くして目を凝らす。殺す場所の候補のひとつとして考えていたふたつの石がある所…、半マイルほど先にあるその場所にひとつの人影が見えた。顔は分からない、だが服装は聞いていた通りだ。


 慎重かつ迅速に…、時には大胆にスナイは近づいていく。良い風が吹いていた、草が揺れて立てる物音がスナイの立てる移動の音を完全に消している。もっとも、細身であり訓練もされているスナイが立てる物音などわずかなものだ。接近に気付くものはいないだろう。


 苦もなく接近し草の中に身を潜め的となる人物を見定める、自分と似た髪色の男だった。身動きから見て何の武術の心得もないズブの素人だ。あんな男を始末するのに刺客を送る事もないだろう、ならず者にでも金を握らせ護衛が離れたスキをつけば殺す事など赤子の手をひねるより容易い事のはずだ。


 だが、同時に妙な噂も聞いた、町の救い主でもあると…。噂を集めれば集めるほど疑問符が浮かぶ事ばかりだ、店を持っている訳でもないのに山深い地に大量の塩を持ち込み見た事もないような酒もあるという。他にも香辛料を使った料理や布や宝石までもを扱うという。何者であろうか、運び込むにはそれなりの台数の馬車を要するはずだ、だがそんな輸送の商隊を見た者はいないようである。それでいて大商人のゴクキョウや子爵家ともつながりがあるようだ。そして王都でも名の知られた酒と芸術を愛する事業家ヒョイオ・ヒョイともつながりがあるらしい…、いったいあの男のどこにそんな魅力があるのか…。


 町にいる時に他にも妙な噂はいくつも聞いた、そのどれもが突拍子もない事だった。しかし万が一の事もあるからそれら全てを集め総合的に判断した結果、ゲンタという商人個人には武力は無く底抜けのお人好しであるという事。さらには上流階級とも言える人物とそれなりの話が出来ていそうだからなんらかの教養があり、新しい商売もしているから何かを思いつく事が多いという事。


「どこか異国の…、おそらくは後継者争いから身を引き趣味でもしながら余生を過ごそうとしている貴族の子弟か何かだろう」


 事前にそう結論付けた馭者役の男…、若い頃は侯爵家の裏の仕事に携わっていた者が発した言葉にスナイもまた同じ判断をしていた。殺すのは苦もなく出来るだろう。


「だけど運はありそう」


 万全の準備をしても的を外す事はある。殺せる、そう思った矢が貴族の外套アウターの銀で出来たボタンに突き立った事があるそうだ。それで狙われた貴族は難を逃れ刺客は殺されたという。離れた所から硬貨コインほどの大きさのそれに矢を当てるなどいくら狙ったとしても至難の業だ、しかし運のある者にはそんな万にひとつの奇跡に恵まれる。だからスナイは徹底的にそんな可能性を廃した、それが今、この場所であった。


 邪魔者もいない、邪魔になる遮蔽物もない、そして的に戦う力はない。後は仕留めるだけなのにひとつ問題が起きた。あの商人の周りだけおかしな風が吹いている。スナイがいるあたりは常に一定の風向きなのにあの場所だけが嵐のように渦巻いたり逆風になったり、それが突然吹き止んだり…まるで予想がつかない。まるで癇癪を起こして暴れる幼子のようだ、奇声を上げたり手当たり次第に物を投げたりしたかと思ったら急に疲れ果て眠ってしまうかのように…。あんな風が吹いていては矢がどんな風に外れるか分からない、こんな状況は初めての事だった。


「まさか本当に精霊がついているとでも言うの?」


 精霊が気に入った者や契約した者の守護をするというのは聞いた事がある、しかしそんなのは御伽話かエルフ族の精霊使いくらいのもののはずだ。噂であの商人に精霊が力を貸す事があると聞いたがスナイたちはそれを一笑に伏していた。だが、あの妙な風の流れはそうとしか言いようがない。あの風さえ無ければ…、さすがのスナイにも焦りが浮かび始める。


 だが、突然風が止んだ。見ればあの男、町に戻りそうな雰囲気だ。スナイは弓を水平に構え狙いを付ける、狙うならまさに今だ。


 油を引き極力音が立たないようにしている弓の弦、やじりは光が反射しないように黒く焼いてあり毒も塗っている。スナイは狙い済ました矢をけに放つ。


 …ッン!!


 ほとんど弦鳴りの音を立てず矢は一直線に飛んでいく。的が気づいた様子はない、仕留めた…スナイがそう思った時だった。


 ゴウッ!!


「えっ…?」


 突然起こった暴風に矢が弾かれあの商人から数メートルほど離れた地面に突き刺さった。


「あんな風、自然に起きるはずがない…。まさか本当に…、いや…そんな筈はない。…ならば」


 スナイは矢筒に手を伸ばした。

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