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第741話 その一日の始まり(ゲンタ視点)


 ゲンタ視点に戻ります。


 ある日の朝、僕はいつも通り冒険者ギルドで朝食を販売していた。昨夜、最寄り駅周辺のスーパーを回ったら久々に大量に半額になった商品を買い込む事が出来たので今朝はそれを冒険者ギルドに持ち込んだ。


 昨日は昼過ぎくらいから日付が変わるぐらいまで激しい雨が降っていた。そうなるとやはり客足が鈍ったのだろう、パンに限らずお惣菜なんかも大量に売れ残っていた。当初は天気予報でも遅くとも夕方くらいには雨がやむと言っていたが昨今の気候変動の影響かあるいは海から近いという地理的な問題か、川崎市では激しい雨が続いてしまったらしい。それゆえ大量の半額商品やさらには『おつとめ品のと表示され半額以下になった物もある。


 それをミーンに持ち込んできた訳だけど菓子パンにせよ調理パンにせよやはり大人気だ、他にもコロッケやメンチカツなどのお惣菜をマオンさんが焼いたパンに挟んで作った物も大人気。売れ行きは絶好調でたちまち完売御礼だ。


「ゲンタ、今日はどうするんだい?」


 販売を終えていつものようにギルドの一角でパンを食べているとマオンさんが口を開いた。周りにはシルフィさんたちや精霊たちも一緒だ、特にサクヤやホムラといった元気で活発な子はいつものように口の周りをジャムでベタベタにしながら食事をしている。


「今日は特に納品もモネ様への講義の予定もありませんからね、しばらくぶりに…」


 ゆっくりしようかと思っていますと返事をしようとした時だった、いきなり目の前に何かが現れた。


『なら、アンタ。町の周りでも案内しなさいよ』


 そう主張したのは風精霊ゼピュロスのキリ、ちょうどジャムを塗ったパンを食べ終わったようで僕に話しかけてきたみたいだ。


「えっ?町の周りを?」


『そうよ。アタシはこの町に来てから外に出た事がないのよ。だからアンタ、外を案内しなさい』


「僕が案内するの?って言うかキリは自由を愛する風の精霊、それこそ気の向くままに見てこれるんじゃないの?」


『そんな訳ないじゃない。アタシはいつもアンタの家を守ってるんだからね!町の外に行くはずないじゃない!』


「え、そうかなぁ…?けっこう風の気まぐれとか言って出かけてるような…」


 普段のキリの行動を思い出しながら僕が呟くと彼女は顔を真っ赤にして声を上げた。


『〜ッ!!?バ、バカじゃないの!?アタシはね、そう言って家から少し離れた場所を見回ってるのよ!だから遊び回ってるんじゃないんだからねっ!』


 ぽかぽかぽかぽかっ!!


 怒り全開のキリが僕の頭に怒涛の連打、まさにキリ乱舞だ。


「わ、分かった。分かったから…。でも、困ったな。今日はどこにも行くつもりがなかったから誰も護衛を頼んでいないんだよ。そうなると今から護衛を頼める人はいるかなあ…」


 護衛の依頼というのはなかなかに悩ましいものだ。腕が立つのはもちろんの事、信頼できるのが何より大事だ。そうなるとナジナさんやウォズマさんをはじめとした面々の顔が思い浮かぶ。しかし、今日は護衛依頼をしていない。腕利きの冒険者はたいてい予定が入ってしまっている、そして予想通りナジナさんたちはもちろんセフィラさんたちエルフの姉弟きょうだいたちといったいつも依頼をしている面々もすでに出払ってしまっている。


 さらには頼りになる僕の結婚相手となるシルフィさんたちは残念ながらギルドを離れられないようだ。腕も立つし最も信頼できる相手である彼女たちだが仕事なんだし無理に連れ出す訳にもいかない。


「うーん…、いつも護衛を頼んでいるナジナさんたちはいないなあ…。僕は戦う力が無いからいくら町の周りは比較的安全と言われていてもワイルドボアが飛び出してきた事もあったし…」


 僕がそう言うとキリは両手を腰に当ててフフンと鼻で笑った。


『だったらアタシが守ってあげるわよ』


「えっ?キリが?」


『感謝しなさいよね。生き物をむやみに傷つけたりはしたくないけど襲ってくるんならワイルドボアの一頭や二頭、アタシなら簡単に追っ払ってやるわよ』


「うーん…」


『悩む事なんかないじゃない!それにアンタ、他の精霊とは町の外に遊び行った事あるんでしょ?この前だって家の材料になる木を集めてくるのにホムラたちを連れていったじゃないの。その時はアタシ、ちゃんとお留守番してたんだからねっ!』


「あ、あれは遊びじゃなくて材料集めだし仕事みたいなものだし…」


「そうよ!アンタ、アタシを町の外に連れ出した事があったけど全部仕事絡みじゃない!」


 グッと身を前に乗り出してキリがたたみかけてくる。


「だから町の外を案内しなさいよ。アタシはまだアンタの仕事の付き合い以外で町の外には行った事ないし。そ、それに行こうと思えばいつでも遊びに行けるけどせっかく行くなら初めてはアンタと行きたいし…」


「僕と一緒に?」


「そ、そうよ。妖精界からアンタについてきた訳だし…、町の外を見に行くならやっぱりアンタとが良いし…」


「そ、そうなんだ」


「そうよ!で、でもアンタッ!!カ、カン違いしないでよね!ほ、ほんのちょっと…、ほんのちょっとだけなんだからねっ!!』


「わ、分かったよ。じゃあ仕事以外で町の外に連れて行った事がないのはグラもクリスタも一緒だからグラも一緒に行こうよ。なんか甘いものでも持ってさ」


 僕がそう言うとキリは少しだけ嬉しそうな顔をしたけどすぐにフンと鼻を鳴らして澄まし顔になる。一方で急に名前を呼ばれた土精霊アーシーのグラは『私も良いの?』とでも言いたげな表情をしており、氷精霊アイシクルのクリスタは特に表情の変化はない。


『ま、まあ、アンタにしちゃ良い判断なんじゃない?ホ、ホントはアタシひとりでアンタを守るのは十分だけど…。町の外に遊びに出た事がないのはグラもクリスタ一緒だものね。じゃあアタシたち三人がアンタを守ってあげるわよ、感謝しなさいよね』


「えー…、町の外に行きたいって言い出したのはキリなのに…」


『なによ!文句あるの!?』


 ぽかぽかぽかっ!!


 再び始まるキリ乱舞。そんな訳で僕はキリとグラ、三人の精霊を連れて軽く町の外を歩く事になったのだった。


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