第739話 エピローグ2 若狭と鮎
異世界で挙げる結婚式…その招待の知らせをミーンから少し離れたところに住む人にはシルフィさんによる風精霊の通信、そしてかなりの遠方に住む人やエルフ族の人にはフィロスさんの惜しげもなく乱発される空間転移の魔法によって直接彼女の口から届けてもらっている。そしてここミーンに住む人々には僕たちが直接出向いて結婚の報告と式への招待をした。
ご近所ならともかく、本来ならばやりとりの往復だけで相当な時間を要するところをシルフィさんやフィロスさんの活躍で半月にも満たない期間で全ての相手先と連絡がついた。皆さん参加してくれるそうだ。そんな招待客の都合やこちらの準備なども加味した上で決めた結婚式の日取り…、それは…。
「来月、結婚かあ…」
僕は思わず呟いていた。ここはミーンの町、猫獣人族の人々が多く住む地域に向かう通りだ。
「なーにしみじみと言ってるのさ」
そう返事を返してくるのは猫獣人族の冒険者でもありギルドの受付嬢も時折務めているミケさん。周りには彼女の弟であるサバさん、キジさん、トラさんもいる。四人とも本日の僕の護衛についてもらっている。
「いや…、最初は結婚ってどんなもんなんだろうって考えてましてね…。まったく考えてなかったんですよ、ホントに…。実際にするにしてもまだまだ先の事なのかなって…」
考えてもみて欲しい、日本での僕は大学二年生だ。就職もどうなるか分からないし、大人としてどんな暮らしをしていくかも分からない。そんな状況にあって家庭を持つというのは僕にとってはまさに晴天の霹靂、思いもよらない事だった。
「だけど…、いつからでしょうね。きっかけはつい最近でしたけど、シルフィさんたちと過ごしていると…なんか…それも良いなって…」
「へへッ、のろけちゃってさあ…」
僕の言葉にミケさんがニヤニヤしながら応じた。
「まっ、四人目が欲しくなったらアタシに声かけな。すぐ行ってやるから」
すり…、すりすり…、隣を歩くミケさんの尻尾がかすかに触れるか触れないか…、絶妙な距離感で僕の手首のあたりを行き来させる。うーむ、猫好きな人にはたまらないアプローチだろうな。
「なァに、やってんだ!?泥棒猫ッ!!?」
「うわっ!?」
そこに文字通り割って入ってくるような感じで現れたのはマニィさん、すかさず自らの体で僕をミケさんの魔の手ならぬ尻尾からブロックする。
「ダメですぅ!」
続けてフェミさんも現れた。
「お二人ともどうしてここに?」
僕が尋ねるとマニィさんが応じた。
「今日は仕事が少なめだったからな、早めにハネて追っかけてきたのさ!ちょっかいかけてくるのがいるかもしれねーから」
「…ってシルフィさんが言ってたんですぅ。あっ!?シルフィさんも仕事をギルマスに押し付け…ううん、引き継いだら魔法ですぐ来ますよぉ!」
「えっ?なんか言い直したのが気になるけど…。ま、まあ、確かに元々は僕だけじゃなくて三人も招かれてましたからね」
そうなのだ、来月に結婚をするにあたり最近の僕たちは付き合いのある人たちから前祝いと称してお招きいただく事がたびたびあった。いわゆる宴会である。
「まあ、とにかくよォ!ダンナとオレたちはこれから結婚なんだかよ、余計な波風立てんなよなミケ」
そう言ってマニィさんがミケさんを牽制する。そんなやりとりをしながは僕たちは今回の招待側であるゴロナーゴさんが待つ猫獣人族が多く住む地域に歩を進めるのだった。
……………。
………。
…。
「うはははっ!!さあさあ、飲んでくれ!食べてくれ!」
鳶職の棟梁であるゴロナーゴさん宅は住み込みで働く職人たちも多くいて大所帯である。住む家も大きく、また裏庭も広い。
そんなゴロナーゴさん宅の裏庭に職人さんや近所の猫獣人族の皆さんも集まり大宴会となっている。もしここに桜の木があったなら大花見大会だな…、そんな事を考える。そう言えばこの異世界に来たのは日本でなら桜が咲いている時期だったっけ。
そんなこんなでゴロナーゴさんをはじめとした皆さんに酒や食べ物と共に出迎えられている僕たち。返礼というほどの物でもないが日本のスーパーで買ってきた物だ。その返礼の品をゴロナーゴさんが覗き込む。
「おうおう、いつもすまねえな!こりゃ、サバか!ぐふふ、脂が乗って美味えよなあ!…って、おい!?確かに見た目はサバをすぐ焼いて食えるようにしたモンだが…、今日のはさらになんつーか…、腹のトコの皮が金色みてえな感じで…」
皮に金色を帯びたサバの切り身はさっそく奥様方が炭火で焼き初めている。その動作はすっかり慣れたものだ。日本でウナギを焼くように串うちをして炭火でじっくり焼いている。
その様子を見ながら僕はもうひとつ用意した魚を処理している。こちらは川魚、切らずに一匹まるまる串に刺して塩を大量にこびりつかせるようにして塗りたくったものをこちらも炭火で焼いていく。
「ホラ、お前さん。サバの焼いたものだよ」
奥さんのオタエさんが焼いてくれたものにさっそくかぶりつくゴロナーゴさん。
「おっ!?おほっ!!こ、こりゃあ凄え!サバはもともと美味えけどよ、これはいつにも増してヤベェ美味さだ!な、なあ、坊や!こ、こりゃあどういう魚だい!?」
「あ、それはたまたま手に入った若狭の鯖で…」
「ワカサ?ワカサってなんだ?」
「振り向かない事ですかね?」
僕はどこかで聞いた事がある若さの定義を反射的に答えていた。
「振り向かねぇ…だと?うーん、まあそうだろうなァ…。ただでさえ美味えサバなのによォ、この金色のヤツはさらに美味え!こりゃァ、余所見なんてしてらんねえや!」
「あれ?もしかしてゴロナーゴさんが聞きたかったのは若狭の事だったのかな?…ま、まあ良いか。美味しそうに食べてくれてるし」
普段は強面だが、酒もあってか今は満面の笑みを浮かべて焼き鯖を食べているゴロナーゴさんを見て僕は若さと若狭の意味を取り違えて答えてしまった事をあえて訂正しないでおいた。そこに今度は別方向から声がかかった。
「な、なあ!?これは…、これはなんだい坊やよォ!このたくさん塩を塗りたくって焼いた魚はさァ」
そんな風に問いかけてきた職人さん…、名前はバギャンさん。銀色に輝く頭髪が特徴的な人でゴロナーゴさんの右腕ともいうべき古参の職人さんだそうだ。見れば焼き上がったばかりの鮎の塩焼きを一口かじったものを手にしている。この鮎は愛知県産の物、ちなみに愛知県は鮎の産地として有名で都道府県別の生産量第一位であるらしい。
「な、なあ、教えてくれよォ〜。この魚の名前をよォ〜、まァるでさァ…もぎたての果実みてえな爽やかな匂いがするゥ〜、不思議なァ…コレの名前をよゥ…、もったいぶらずにさあ…」
だいぶ酒が回っているのかバギャンさんの呂律は少しあやしいものになっている。
「あ、はい。これは鮎っていう魚で…」
「アーイってなァんだ?」
「ためらわない事ですね」
「そぉかぁー!そうだよなァ、こりゃァ食うのをためらうやつなんていねェ!塩焼きが最高に美味え魚だぜェ…、わははは…」
頭を前後や左右にカクンカクンと揺らしながらバギャンさんがひとり納得したとばかりに笑っている。そんなバギャンさんにゴロナーゴさんが話しかける。
「ばァか野郎ィ!バギャン、ちゃんと聞け!坊やはアユって言ったろうがよォ。うはははっ、食うのをためらわねえ程に美味えのがこのアユって…」
すっかり酔っ払ったバギャンさんにツッゴミを入れていたゴロナーゴさん、しかし笑顔で口にしていた言葉を止めると急に真顔になって叫んだ。
「そ、そうか…!分かったぜ、坊やがこの二種類の魚を持ってきた意味がよォ!!」
「んー、どういう事なんでぇ?親分」
酔いが回った頭を振りながらバギャンさんが尋ねた、そんな彼に対しゴロナーゴさんは子供に言い聞かせるように口を開いた。
「分かんねェのかよォ、バギャン?おめえはホントに鈍いなァ…。やれやれ、それなら教えてやらァ。坊やはなァ、この持ってきた魚に結婚の覚悟みてェなモンを示してくれてンだよォ!!」
「え?いや…」
それは日本のスーパーで良い魚が入ったよと言っていたから買って来た鯖と鮎で…、僕はそう言おうとしたのだが周りから一斉に大きな声が上がった。
「「「「な、なんだってェ!!!?」」」」
猫獣人族の皆さんから上がる驚きの声、それを受けてゴロナーゴさんの熱弁は止まらない。
「いいかァ、坊やはよォッ…!!嬢ちゃんたちを嫁を迎えるに当たってこう言ってンだよォ!振り向かねえ…ためらわねえ…ってよォ…。大したモンじゃねえかァ…」
「だ、だけどよォ…。それなら言ってくれれば…」
バギャンさんが口を挟む、するとゴロナーゴさんはため息をつきながら応じる。
「カァ〜〜〜ッ…、分かってねえなぁ。そういうのは大勢の前で口にしたら途端に安っぽくなっちまう。だから嫁にだけ聞こえるように言ってやりゃあ良いんだよォ…。だけど坊やは返礼ってだけでなく、持ってきたこのふたつの魚に俺たちがついつい聞きたくなっちまう事を示してくれたんだ…」
「そ、そうだったのかい…」
「ああ、男ってなァよォ…。あんまりしゃべるモンじゃねぇ…。だからこそ商人の坊やは持ってくるモンに自分の気持ちを込めたんだよォ…」
「「「「うおおおおおッ!!!」」」」
皆さんからたちまち上がる歓声、坊や坊やと大喝采だ。だ、だけど今さら本当の事は言えないよなあ…。そんな事を思いながら僕は周囲からの声に曖昧に応じるのだった。




