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第729話 結婚の届け出と異世界の戸籍制度


 待っている、そんな波風しか立たないような発言を残して奥の部屋へと消えていったメセアさん。残ったのはシルフィさんと今日はクスリとも笑わず見つめてくるカグヤ、そして僕である。いや、周りを見渡せばたくさんの精霊たちもいるんだけど…。


「じゃ、僕も奥の部屋にお昼寝に…」


 なんて言える訳がない!そんな事言ったらきっと僕はどうにかなってしまう。だからここは節度を持って行動するに限る訳で…。


「は、はは…。まったく、メセアさんは僕をからかって…ねえ?僕は結婚をする訳ですから、そういうのは良くない…うん!さ、結婚の準備、着々と進めていきましょう」


 そう言ってメセアさんとは何も起こりませんアピールを必死にしていく。するとシルフィさんがズイッと僕に近づいてきた。


「ゲンタ…さん」


 きゅっ…。


 シルフィさんが僕の服の袖口あたりを掴む。


「ど、どうしたんですか、シルフィさん?」


 うつむき気味のシルフィさんがわずかに身を寄せてくる。


「………、いえ…。なんでも…ありません…」


「………」


 なんでもないって事はないよね…。結婚しようって言ってる相手が他の人の所に行くって思ったら気が気じゃない、少なくとも僕ならそうだ。エルフ族の人は寿命が長く、それこそ自分たちの里で夫婦ふたりで末永く暮らすという。当然ながら愛情深い。不安にさせちゃったんだろうな…、だけどどうすれば良いんだろう。


「あ…」


 そこで僕はひとつ思い出した事があった。それはこの異世界における戸籍の存在だ。


 この異世界において戸籍の管理は日本のように精密なものではない。領主が戸籍として把握しているのはいわば名のある人だけ、この人はこの町に住む人民である…そういった一種の住民登録のようなものである。


 ここのミーンでの例を挙げれば戸籍があるのは子爵家に仕える人だったり、町に住む人ならば持ち家があるような人だ。逆に言えばよその土地から売買にやってくる商人はミーンの戸籍を得ようとはしないし、定住をする訳ではない冒険者なども戸籍を取ったりはしない。なぜなら戸籍を持つ人には税が発生するから、しかし戸籍がある人物…いわば住民登録をしている人は領主から居住地の安堵あんどやある程度ではあるが有事の際には保護を受ける事が出来る。領内における正式な住民であると認められるという訳だ。


 逆に言えばその町での戸籍が無い人は何の保護も受けられないとしても文句は言えない。なぜなら税を納めていないから、ギブなくしてテイクはないという事なのだろう。町に入る時に支払う白銅貨五枚シロゴ(日本円で五百円相当)はあくまでも入場料というだけ…、町の中に入って良いよというものに過ぎない。しかし住民としての登録があればこの入場料は不要となる、そのあたりはメリットと言えるだろう。


 そしてその戸籍という名の住民登録、もうひとつ意味がある。それは住民登録をした者同士が結婚する時だ。僕はシルフィさんに声をかける。


「シルフィさん、政庁せいちょうに行きましょう」


「え…?」


「戸籍を得ましょう、そうすれば僕たちは子爵領が認めた夫婦になれます」


 結婚…、この異世界では簡単に出来てしまう。それこそ私たち夫婦ですと言えばそれで夫婦だから。しかしそれはあくまでも自己申告、誰かが認めたと夫婦という訳ではない。勝手に言っているだけ…そんな風に受け止められる。


 しかし正式な住民として認められている者同士の結婚はそうではない。領主から正式な住民として認められている者同士が一緒になる…、それを領主が追認する形になるのだ。


 そんなこの異世界での制度に従ったからといって夫婦の絆の強さが変わる訳ではない。しかし僕たちの心は違う、それが拠り所になる事があるんだ。


「ゲンタ…さん…、ゲンタさんっ!!」


 シルフィさんが胸に飛び込んできた、慌てて僕は受け止める。普段の冷静な彼女からしたらずいぶんと感情的だ、ある種の弱さにすら目に映る。だけどそれはきっと強さにもなるはずだ、無味無臭で無機質な関係よりもこうした気持ちが通った関係の方がずっと良い。


 こうして僕は善は急げとばかりにシルフィさんと連れ立って…、さらに言えばマニィさんとフェミさんとも一緒に…。その間はグライトさんにギルドの事はお願いして…、僕たちはこの町の施政をを司る政庁へと向かった。


「いよいよ…だね…」


「ああ、いきなり…だったけどな…」


「でもぉ…。私たちこれで…」


「家族に…なれるんだな…」


 孤児院で育ち、今は冒険者ギルドの受付嬢として働きながら生計を立てるフェミさんとマニィさんがなんとも感慨深げに呟いている。これから夫婦に…、家族になる…、その事に僕もなんだか実感が湧かなくて僕自身も変な気持ちだ。だけどこの素晴らしい女性たちと結婚出来るという事…、それこそ命懸けで守ってくれたりする相手に巡り会えたのはなんという幸運なんだろう、そんな事が頭に浮かんでくる。


 そしてついに町の中心部からややナタダ子爵邸寄りの場所にある政庁が見えてきた。ここで戸籍を得て婚姻の手続きも出来る。そんな政庁に僕たちはいよいよ足を踏み入れようとあと数十メートルほどにまで迫った位置でそれは起きた。


 ぞくり…。


 空気が…変わった…。


 それは暗く重苦しく…、そしてなにより身を切るほどの冷たさであった…。







 


 次回予告。


 ゲンタたちは政庁に行きナタダ子爵領内における正式な戸籍を得ようとしていた。それは戸籍を得る事でいわば正式に認められた領民となり、またその認められた者同士の同意をして届け出をすれば名実共に夫婦だと認められる。いわばその婚姻関係のお墨付きを得るようなものだ。


 そしてゲンタと結婚をしようとする三人の女性たち…シルフィ、マニィ、フェミが政庁に足を踏み入れようとした時に物語は新たな展開を迎える。そこに近づいてくるのは滅びと終焉を願う足音であった…。


 次回、異世界産物記第730話。今章におけるラスボスの登場です。


『黒き大魔王』


 お楽しみに。

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