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第72話 試作塩自動販売機…、見た目的には…

 ベヤン君は逃げ、ハカセさんは追う。『実験台』、それになるのは御免だと、まあ当たり前の感覚なんだけれど。


 そんな二人の逃走追跡劇(おいかけっこ)はあっさりと終幕(おわり)を迎える。


「いや、せっかく塩があるんですから、(ダマ)になってる部分を使って試してみましょうよ」


 僕がそう言うと片や逃げ、片や追う二人の動きがピタリと止まった。


「「その発想は無かった(でやんす)」」


 先程までの生き死にがかかったような緊迫した雰囲気は雲散霧消し、三人でテーブルに戻って作業を再開した。


「いや〜、舞い上がってしまうとは拙者もまだまだですねェ。ついつい『被験者(ひがいしゃ)』を求めてしまう、拙者の悪いクセ♡」


 砂糖を少し入れたコーヒーを飲みながらハカセさんは茶目っ気たっぷりに言った。そんなに可愛く言ってもやってる事は恐ろしいのだけれども。


「ところで塩の(ダマ)を砕く時の歯車みたいな部分ですが、金属ではなくて木で作るのはどうなんでしょう?金属は確か塩分(しお)に弱いのでは…?」


「確かそうかも知れませんネェ…。拙者たちにとって塩は貴重品ですからな…、あまり金属に触れさせたりするような機会はありませんでしたが、金属鎧に汗は天敵と言いますからねェ。確かに塩と金属は触れ合わせない方が良いかもしれませんネェ…。…となると」


「この歯車を模して木で作ってみるでやんす!」


「頼みましたよ。そして問題点はあと一つ…。可動域ですねェ…」


「可動域?」


「エェ…。この『じとうはんばいき』という機巧(からくり)硬貨(コイン)を投入口に入れ、突起物(ボタン)を押す…。すると機巧が動いて塩を粉砕(くだ)いて粉末状にした物を購入者が持ち帰る…という訳ですよねェ…?」


「はい、その通りです」


「そうなるとねェ…、足りないのですよ。中の機巧(からくり)を十分に動かすだけの動力が…」


 ハカセさんによると、突起物(ボタン)を押しただけだと実際に突起物が動くのは5ミリ程度。この動く力と範囲を利用し歯車などの動力を動かし塩を粉砕するのだが、突起物ではその力と動く範囲が小さ過ぎて十分な動力を機巧(からくり)に伝えきれないらしい。

 ゼンマイ式のおもちゃで言えば、ちょっとしかゼンマイを巻かなかった為にほとんど動かなかったような物か…。今のままだと、指先でひとつまみくらいの塩を粉末状にするのがせいぜいだと言う。


「そ、そんな。塩を適量計って外に出したりする機巧(からくり)はもう出来てるでやんすから、あとはこれだけなのに…でやんす」


「ですが、ここがこの機巧(からくり)(かなめ)ですからねェ。ベヤン、よく(おぼ)えておきなさい。何かをする為の機巧は材料も大きさも無制限なら比較的容易に出来るものです」


 ハカセさんが先輩らしく後輩(ベヤンくん)を教え(さと)すように言う。


「しかし手に入る材料、使う場所での気候や面積(スペース)の問題、現実ではそんな事ばかりです。しかし、制限のある中でも動かせるようにする…、それが機巧士(からくりし)の腕の見せ所です。並の腕の職人が一抱えもするような道具を(こしら)えてやっと出来るような作業を、片手で持てるような機巧(からくり)で成し遂げる…、そんな醍醐味があるのが機巧士です。それこそこの『こーひーみる』を作った職人のようにネェ…」


「ハ、ハカセの兄さん…」


「自信と…、そして自覚を持ちなさい、ベヤン。あなたの『師匠(レーラァ)』はそれを軽々とやってのける方々です。そんな御二人について行く事を許されたのですから。さァ、小休止は終わりです。必ず完成させますヨ、ベヤン!」


「ハイ!でやんす」


 なんだろう、さっきまでのマッドサイエンティストみたいなハカセさんとは違って、なんだか『きれいな』ハカセさんになっている。まあ、何の被害も無いならそれが一番だし、とりあえずこのままにしておこう。


「しかし…、どうしますかかネェ…」


 ハカセさんがコーヒーミルの取っ手部分をいじりながら思案している。『こんな風に可動出来れば…、せめて半円、いやその三分の一もあれば塩を粉砕するなど容易(たやす)いのに…』と悔しそうに呟いている。

 さすがに手動のコーヒーミルみたいに機械の上部に付けるのはなあ…。じゃあ、下?横とか?そう言えば田舎の実家に手動の鉛筆削り機があったなあ…。取っ手をグルグル回すやつ。でも、あんなに回らなくて良いってハカセさんは言ってたっけ?

 半円の三分の一くらい?だとすると60度くらい回れば良いのか…。


「うーん…、ハンドルを60度まで回せれば良いんだよなあ…」


 その角度の分だけ回れば良いなら、手動のコーヒーミルや鉛筆削りみたいにハンドルのようにグルグル回るようにしなくても良いよなあ…。僕の愛車『スーバーカプ』のスピードメーターの針みたいなものだって角度のある動きだ。

 …ん?そうか、ある程度の角度の可動が出来れば良いなら何もハンドル式にこだわらなくても良いんだよな…。針とか棒みたいな何かで応用がきかないかな。車のワイパー…いやこれじゃ機械の表面を(こす)るような感じになってしまうか…。なんだろう、レバーみたいな物でも良いのかな…?それなら…。

 僕はレポート用紙にスロットマシンの絵を描いてみた。機械右側にレバーが付いているものだ。これに突起物(ボタン)や絵柄の回る部分…いわゆるドラムを省き硬貨(コイン)の投入口だけを描き入れた。ちょっとした解説を一口メモ的に書き加え、それをハカセさんに見せてみた。


「こ、これは…ゲンタ(うじ)!?」


「ハカセさん、これでどうでしょうか?この取っ手を引き倒すようにすれば、塩を粉砕(くだ)くだけの動力はまかなえませんか?」


「フッ、フヒヒッ!これ、これだけの動力を伝えられるなら塩はパラパラのサラサラになるでござるヨ!ゲンタ(うじ)!」


 僕の描いた絵を見てハカセさんが興奮した様子で応じる。


「す、凄いでやんす!ゲンタ君、こんな発案(アイディア)がすぐに出るなんて…」


「そ、そんな事ないよ。現に僕は部品一つ作れないんだし…」


「それは拙者たちの仕事でござるヨ、ゲンタ(うじ)。さァ、ベヤン!取っ手部分を作りなさい、拙者はそこから歯車へ動力を伝える機巧(からくり)を作りましょう」


「分かったでやんす!」


 二人は手分けして自動販売機の製作を再開した。…あれ?僕に出来る事が無いぞ?そんな僕の様子…、手持ち無沙汰になったのを見てハカセさんが、


「ゲンタ(うじ)、今は休んでおいた方が良いでござるヨ。朝早くからパンを売って働いて来たんでしょう。それに…」


「それに?」


師匠(レーラァ)たちに、『大剣』と『双刃(そうじん)』…。四人もの『二つ名』付きが一狩猟(ひとかり)行ったのです。絶対に半端(ハンパ)な結果で終わる訳はありません。おそらく…、おそらくですが、ゴントン『師匠(レーラァ)』と『大剣』の目は間違い無くゲンタ氏の『揉みダレ』を求めて血走っていたようにも見えましたぞエ」


 た、確かに。ナジナさんは出発前に『絶対に狩猟()って来るから揉みダレで焼いた肉を食わせてくれ』と凄い勢いで詰めよって来たもんなあ…。少なくとも猪一匹丸ごと食べちゃうくらいの量の焼肉になるかも知れない。

 いや、どう考えてもそんな未来しか思い浮かばない…。時計を見る、だいたい12時過ぎ…。マオンさんは新しく建ててもらった部屋でお昼寝をしている。


「じゃ、じゃあ僕も少し休ませていただいて良いですかね…?」


「エエ、大丈夫ですヨ」


「ゲンタ君、おやすみなさいでやんす」


「ありがとうございます、では…」


 そう言って僕は納屋の中へ…。すぐに日本の自室に戻り、愛車に飛び乗る。どう考えても…、夜は焼肉パーティ的な宴会になる。

 そんな予感がする。いや、確信か…。


 だから僕は先手を打つ。業務用の食品を格安で販売しているスーバーへ。揉み込みに使える焼肉のタレをはじめとして、焼肉に使えそうな物を片っ端から買う。あと、大量に使いそうだから塩などの調味料や色々な香辛料にお酒も買い込んだ。焼肉にお酒は悪魔的なまでに合うしなあ…。


 とりあえず原付の荷台の箱、リュック、ハンドルの左右にスーパーの袋を吊り下げフル装備状態で帰宅。クローゼットに置いていく。


 腕時計を見ると午後一時半…、一応駅前のスーパーにも行く。二十四時間営業のスーパーだけあってこの時間にもいくつかの半額パンがあった。それと、今月の特売品として西ハトの16枚入りのクッキーが税抜69円、迷わず沢山買った。いつものバタークッキーと砕いたアーモンドが入っている物。

 あと、五百円前後で気軽に楽しめるワインがあった。ハッキリ言って僕はワインの良し悪しなんて分からないからどうしようかとも思ったけど、とりあえずラベルに表示されている甘さのレベルが高いのを買っておけば良いかと赤、白と三本ずつ買っておいた。あと焼酎みたいな大きな4リットルサイズのペットボトルでウィスキーも販売されているんだ…。焼酎に比べて高めの価格だけど、とりあえず買っておいた。


 二度の往復で買い込んだ様々な物を自宅クローゼットを経て納屋に運び込み、僕は納屋で横になって少し休む事にした。時間は2時半、1時間は休める…かな…。


 意外と疲れていたのか僕はあっさりと眠りの世界に落ちて行った…。

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[良い点] ガチャガチャでいいのでは?
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