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第698話 おくゆかしさ?


 くわっ!!ザンユウさんは目を見開き僕を射抜くような視線を向け叫んだ。


「精霊たちのちからだなっ!!そうだろうっ!?」


「は、はい!この実を育てるのに精霊たちに力を借りましたっ!」


 ザンユウさんのあまりの迫力に僕は背筋が伸びる思いで応じた。


「な、なんやてっ!?せ、精霊はんの手ェ借りたんか!?」


「え、ええ…。水が足りなければ水を撒いてもらったり、寒かったら暖かくしてもらったりとか…。代わりに出来た実とかジャムを食べていいよって…」


「な、なんちゅう…」


 僕の状況説明にゴクキョウさんが言葉を失っている。一方でザンユウさんは再びジャムをひとさじとると手のひらを介して口に含んだ。


「改めて口にしてみると…ふむ、これで合点がてんがいったわ。なるほど、同じ作り方をしてここまで違う理由が…」


 誰に話しかけるでもなくザンユウさんが呟く、まるで長い長い説明セリフのようだ。


「今までのものは全てをすりつぶしたかのようにどこをとってもスキのない均一したジャムであった…、それこそありえない事だがあらゆる浜辺で採取した海水の塩辛さが均一であるかなように…。そんな事は本来ならありえぬ、場所によって塩の濃さが違うのだからな…」


「……(え?そういうものなの?)」


 僕は思わずそんな疑問を口走りそうになったが周りの空気をよんで沈黙を守った。


「ゆえにこれまでのジャムは天からの恵みである果実を誰が口にしても良いように…、これ以上なく均一にしたのだ。手にした客が…誰もが同じようにこの感度を共有できるようにな…。これは仕入れたあるじの心遣いであろう…。誰であっても分けへだてなく供する事が出来るようにとな…。まさに…、全身全霊で誠意を尽くしておる…」


「あ…、はは…」


 どうしよう…、ザンユウさんの熱弁に僕は苦笑いしか浮かばない。実はスーパーで売っていた一瓶128円の小さなジャムです…なんてとても口に出来ない雰囲気だ。


「だが、こちらは違う。摘み取った実に味を整える為だけの最低限の砂糖を加え煮ただけのものだ…、加えている手数はとても少ない…いや、最低限と言っても良い…。だがッ…」


 くわっ!!


 再びザンユウさんは目を見開くと僕を見た。射抜かんばかりの鋭い視線である。


「全てが…、全てが逆なのだ!この青紫のジャムは精霊の加護を受けて実を付けた時点でほぼ完成されておる!あらゆる精霊の加護が味を引き立たせ個性を放っている!!それゆえに…それゆえに味を整え火を通しただけの…まるでど素人しろうとが作ったようなこのジャムがひときわ異彩を放つのだ!口の中を駆け巡るなにより強い個性としてな!」


「は、はは…(そりゃ、そうですよ。僕も…隊員たちも料理人ですらないんですから…)」


 冷や汗混じりに僕は愛想笑いと苦笑いが混じったような曖昧な笑いを浮かべるのが精一杯…、言葉を口にする余裕はない。そこにアジノーさんが自身の感想を加えていく。


「そうか!さすがはザンユウ殿…、あまりの美味さに私が思わず身に帯びた精霊の力を一目見てそこまでの見解を示すとは…」


「いや…、私とてアジノー殿がありとあらゆる精霊たちの加護を帯びるところを見なければこの答えまではたどり着けなかった…」


「しかし、実際に見抜いたのはあなただ。だが、言われてみれば…、一見野生味溢れるこのジャム…ムラさえ感じる素人のような火の通し方もあえて精霊たちの加護を全面に押し出したものだったとは…。むぐっ、ぺろぺろ…」


 アジノーさんもまたブルーベリージャムを手に取り口に運んだ、しかも手のひらについたジャムの名残を舐め尽くす念の入れようである。


「おおお!感じるぞ風味、震えるぞ我が舌ッ!ああっ、見える…見えるぞォ…。私のく、口の中で精霊たちが…、ああ…精霊たちが手を繋いで輪舞曲ろんどを踊っているッ!このジャムを通じて私の頭の中にその姿をありありと浮かべてくれているゥゥ…、ごっくん!!」


 酒の一気飲みをしている時みたいにアジノー様が喉を鳴らして味わっていたジャムを飲み込んだ。そしていまだ感動が収まらない様子で口を開く。


「ああっ、飲み込んでもいまだに残るこの余韻…!まるで私の体に精霊たちが宿ったかのように感動を持続させているっ!!そうかっ、これが果実を育てるのに手を貸してくれた精霊たちへの感謝という訳か!人は何かを成した時、えてしてその功績をなにかと喧伝けんでんしたくなるもの…。しかしながら、こちらのゲンタさんはそれをせずに…むしろあえて手の加え方が足りぬと思わせるほどの…悪く言えば素人のような熱の加え方…。だが、それこさが奥ゆかしさ…。全て…、全てはこの恵みをもたらした精霊たちへの感謝と賞賛の気持ちのあらわれと…」


 なにやら感極まった様子でアジノーさんが熱弁している。あっ…、涙まで流し始めちゃったぞ…。


「私は…、私は愚かであった…。この青紫色のジャム…、確かに美味いがまだ手の加えようがあるなどと心の片隅に思ってしまった…。だがそれは誤り…、愚かなる慢心ッ…。これ以上、手を加えてはならなかったのだ!精霊たちへの感謝と賞賛を示したのがまさにこのジャム、私は精霊術士であるのにそれを忘れてしまっていたのか…」


「……………」


 ハラハラと涙を流すアジノーさんの視線がテーブルに置かれた手作りブルーベリージャムの瓶に向いている。どうしよう…、生まれて初めて作ったジャムなんで…なんてとても言えない雰囲気だ。何を言って良いか分からない僕が唖然としているとアジノーさんは服の袖でグッと涙を拭くとジャムに向けていた視線をこちらに向けた。


「ゲンタさん!あなたは…、あなたはとても素晴らしい!あなたには私が提唱する理想の料理を作る研究グループに加わってほしい」


 次回予告。


 ゲンタをめぐる二人の食通の勧誘合戦は互いに譲らぬうちに引くに引けないものへと変わっていく。


「ぬううっ、ならば…」


「望むところ…」


 対峙する料理界の二台巨頭の争いは思わぬ方向へと…?


 巻き込まれたゲンタは…どうする?


 第699話、『勃発!味対決!?』


 お楽しみに。

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