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第688話 ケシタの先、アルプー連峰にトンネルを掘ろう。


「このケシタを通る道の行く先ははるか北…、アルプーの向こうにございます」


 まっすぐ奥方様に向いて僕はハッキリと言った。


「ア、アルプーの…」


「先じゃと…?」


 スネイルさん、そして奥方様が困惑したように呟く、一方で僕は冷静に応じた。


「はい、その通り…」


 そして僕は呼吸をひとつ、息を整え小さくペロリと唇を舐めて湿らせる。これからスラスラと話せるように…、いわば唇の準備運動だ。そして発言を許された者が言上する場でする姿勢としては最敬礼である片膝を地面につけた。


「奥方様、誠に畏れながら申し上げます」


「どうした、ゲンタよ。急に改まって…」


「師父様…い、いえゲンタ様…何を…」


 改めざるを得ない、なんたって僕がこれから口にするのは子爵領のあり方さえ変えるであろう事だから…。その様子にただならぬものを感じたか、奥方様もモネ様も戸惑いを見せている。


「これから私が言上ごんじょうつかまつる事はこの領についてでありまする。それゆえ…」


「貴族の家の者にとってその領は…、それこそ土の一粒すら欠けてはならぬもの…。ゲンタよ、そなたはこの領に関わる事を述べるつもりじゃな?アルプーの先…、そこに続く道…。それは人がそこを通り自然と道になるものではなく、むしろそなたが作るもの…そういう事であるか?」


御意ぎょい


 家臣でもない者が貴族領に口を出す、まさに僭越せんえつである。だけど、言うつもりだ。ここに表の顔は催し場(イベント会場)、裏の顔は真冬のような風が常に吹きつける荒涼としたここを兵士の訓練地と立て篭もる為の土の城として設ける。そしていつか北に見えるアルプー連峰の先に至る道を作る、それが最終的な目的だ。


「…聞かせてたもれ。なぜそなたはアルプーに道を通したいのかを…」


「はっ…、では…。ナタダ子爵領に物資が入ってくるには細い小道などを除けば南東の王都方面、または西方の商都カミガタ方面から…主にこのふたつの方向からになりまする」


 例えば塩…、僕が持ち込むまではこの山深いミーンには山道を苦労して運んできていたからとても高い物になっていた。海があり塩を生産できる場所は当然海抜ゼロメートル、そこから山奥に持ってくるんだからその手間賃はかさむのも道理だ。


「ですが…」


 僕は説明をしていた言葉をいったん途切れさせた。ここから話が転じますよ、そんな予告のような感じで…。


「この連峰の向こうには何がございまするか?」


「この険しいアルプー連峰の向こうにはなだらかな平原が1マイル(約1600メートル)…、そして北の海に接する…あっ!!」


「その通りにございまする。このアルプー連峰はまさに北と南をわかつ壁…、北の地の港に入る物はこの広げた扇のごとき山々を避けて南へと運ばれまする。それはとても大きな遠回り…、おまけにその迂回に使う道もまた起伏が続く山道…。ですが、このアルプーを越える道が出来たらとうなりまするか?」


「そ、それは大変な近道じゃ。山さえ無ければミーンから北の海までは二十マイルもない。しかし、それを超える道とは…?知っておるか?あのアルプー連峰は切れ目となる谷間がなく続くまるで壁のような地形じゃ。それゆえ山と山との間の谷に道を通す事も叶わぬ北と南を隔てる地形…、限られた渡り鳥くらいしか行き来はせぬ…」


 奥方様の指摘はもっともだ、あのアルプー連峰はミーンの北側をぐるりと包囲するように伸びる山々である。あれによって北にあるという海への道は隔たれ人やぶっの行き来は南東の王都方面、または西方の商都カミガタ方面からが中心となる。ちなみに北方は海を隔てた向こうの大陸との交易があるそうで様々な物質が集まるという、いわゆる舶来品というヤツだろう。その珍しい品物を取り寄せるのに商人たちはこのアルプー連峰を大きく迂回して王都なり商都なりに向かうという。


 そんな事を思い出していた僕をよそに奥方様はアルプーの先に伸びる道を想像しているのか思案しながらいくつか思いついた事を口にしているようだ。


「あの高き地まで道を作るか…?いや、あの万年雪の山頂はいかほどの標高になるか想像もつかぬ…。そこに道をひらくなど出来るものではない…。ましてや山の天気は変わりやすい…、このケシタの地ですらこれだけの冷たい風が吹き下ろす…。あの山の上などいかばかりか…、荷を持って通るなど夢のまた夢…。分からぬ…、ゲンタよ…そなたはどうやってこのアルプーを越える道を拓くつもりじゃ?」


 奥方様が僕に尋ねる、そこで僕は最後までとっておいたアイデアを繰り出した。


「されば…、こういたします。グラ…、連峰の山を模したものを…。そしてアレを…」


 僕の声に応じてグラがケシタの地の北側に再びアルプー連峰を作り出した、そしてそのケシタ側の山肌から穴を開けそれを北へと伸ばしていく。そしてその穴はついにアルプー連峰の山を貫き大陸へと続く海があるとされる海の近く…向こう側への山肌にまで達した。そう、トンネルだ。


「このゲンタ、いつか土精霊アーシーのみんなに力を借りて山向こうまで道を通したいと思いまする。このアルプー連峰を貫く道は当然ながら雨や雪の影響を受けませぬ、そしてご覧の通り道は一直線…起伏もなく歩きやすい…。そしてなによりここミーンまで一直線…、北の港町から王都にせよ商都にせよ…どちらに向かうにも遠回りせずに済みまする。ミーンまでやってきてそれから王都か商都に向かうようにすれば…」


「必ず人も物もミーンを通る…、その時に金が落ちる…か」


「ご賢察…、さらにこちらナタダ子爵領はあのアルプー連峰を丸ごと含んでおるとか…。それゆえ山の向こうに関所でも設けて通行料でも取ればさらに潤いましょう。多少高くとも商人などは迂回するよりこちらの道を選ぶのでは…、山に穴を堀った道は一直線にミーンまで…、早起はやだち(夜が明けないくらいの早い時間に出発する事)をすれば夕刻までには連峰を越える事ができましょう。そこからミーンまでは目と鼻の先…。さらには王都へも商都へもどんなにゆっくり歩いても十日もかかりませぬ。しかし、アルプーを迂回するとなれば…」


「北の地からではどちらも半月ほどはかかる…、ましてや雨など降ればさらに遅くなる…。多少の金はかかってもアルプーを直接越える方が早いし、遠回りすれば宿や食料の金が要る…。見事じゃ、ゲンタ!」


 ぱしん!


 手にした扇を閉じて自らの手のひらを打った奥方様。どうやら僕は奥方様が頭を悩ませていたケシタの問題を解決する糸口を見つけ出す事ができたようだ。

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