第676話 祝福の花冠
ミーンの町を後にして五日目…。
シルフィさんの生まれた里にやってきた僕たちだが、ミーンの町での仕事を休むのは五日間を予定していた。今日がその最後の一日、昼前にはミーンに向けての帰途につく。
この里から小一時間ほど歩いた水もちの良い場所にパサウェイの木々を植え、今後は収穫の時期になれば大量のパサウェイが手に入るようになった。
里の皆さんはこれを新たな甘味として、そして交易の品としていくという。それに伴い、このエルフの里から干しパサウェイ改め異世界版『干し柿』を売る場としてミーンの町を利用してくれる事となった。エルフの皆さんからすると僕の用意できる品は非常に魅力的なのだそうだ。そこでミーンで干したパサウェイを売却し、そのお金で僕から商品を買っていきたいという。
「それにミーンに来ればシルフィにもゲンタ殿にも会えますからな。それにフィロスやセフィラたちにも…。今後とも良い付き合いをお願いいたしますぞ」
「こちらこそ」
そうやりとりして僕は里長さんとガッシリと握手を交わした。ちなみにシルフィさんのご両親とは挨拶程度くらいしかやりとりはない。なんだか不自然な感じもするが、それというのもエルフ族の習慣によるところが大きい。
エルフ族はひとつの里や集落がそのままひとつの擬似的な家族のような形態をとる。それゆえ家長は里長となり、特に血がつながっていなくても比較的近い時期に生まれた子たちを兄弟姉妹として扱う。実の父、実の母という認識はもちろんあるが里の人々をひとつの家族のように見ているフシがある。そしてその家長である里長はひとつ咳払いをするといつもより声を張って話し始めた。
「さて…。皆よ、よく聞くのじゃ!我らが里よりひとりの花嫁を送り出す事となった。その者の名はヴァンとリュミエールの娘、シルフィである…。迎えしは数多の精霊の友、ゲンタ殿…。その二人が本日この里より旅立つ…。それゆえ我々はこの里より出し花嫁に祝福を願わん、色とりどりの花をもって…」
「「「「おおおおーっ!!!」」」」
里長さんの言葉に里の皆さんが大きな声で応じた。
「さあ、皆よ。今朝集めてきた花を持ち寄り作った冠をこれに!!そして我らが里の娘、シルフィに祝福をもたらす冠を手渡すのじゃ!」
里長さんがそう宣言すると里の女性たちがひとつの木彫りのトレーを持って進み出てくる。その上には草花を編んで作られた天使の輪っかのようなものがあった。日本でもこういうのあるなあ、小さな頃に女の子が腕輪を野原にある草花を編んで作ったような…。それをシルフィさんは両手で受け取ると自らの頭にそっと被った。それを受けて里長さんが厳かな声でどこへともなく語りかけるように口を開いた。
「友よ、精霊たちよ!願わくば我らが作りし冠に祝福を…!これからふたり、共に歩む道に祝福を与えたまえ!」
ほんっ、ぽんっ!
周囲から次と何かが弾ける音と共にサクヤたち精霊たちが現れた。シルフィさんの少し斜め上に現れ手にした花びらをふわりと手離す。そのひとつひとつがシルフィさんの頭上へと降り注ぐ、それはさながら花のシャワー。色とりどりの花々がシルフィさんへと降り注いでいく。
「みんな…、来てくれたんだ…」
ミーンの町から…、世界さえ越えて物質界からやってきた僕と暮らしてきた精霊たちが…。そしてこの里で出会った精霊たちが次々と花びらを…、祝福を降らせていく。
『ふ、ふんっ!アンタの為じゃ…、ないんだから…。か、風の愛し子…、シルフィの為なんだからねっ。だ、だけど…、し…幸せに…なりなさいよね…。アタシの…、アタシの気持ちのこもった花…なんだから…』
キリの呟きが聞こえた、ありがとうと伝えるとフンと鼻を鳴らして外方を向いた。
「なんという数だ…」
「これほどの精霊たちに親愛を…」
現れた精霊の数に里の皆さんが驚いている。
「こ、こりゃいかん。皆、シルフィから少し離れるのじゃ!この花々は新たに花嫁となるシルフィへの精霊たちの祝福…、我らが受けては精霊たちに申し訳ない」
そう言って里長さんは精霊たちの祝福を受けているシルフィさんから距離を取るように人々を促した。その間にもシルフィさんには祝福の花々が降り注いでいく。それは冠だけにではなくシルフィさんの全身へと降る喜びの飛礫、そのひとつひとつを投げ渡す精霊たちにシルフィさんは感謝を伝えている。
そして天から光が降り注ぎソルさんが、地には大きな水たまりのような影が広がるとそこからレネ様が浮かび上がってくる。
「可愛いゲンタちゃんの祝い事じゃからな!思わず駆けつけてきちゃったわい!」
「ふふ…。私たちのようにずっと一緒…。離れない…離さない…」
他の精霊たちよりやや大きな花びらがふたつ、シルフィさんに降り注ぐ。
「間に…合った…」
「メセアさん?」
声のした方を向くとメセアさんがいた。
「さすがに…私が…遅れる訳には…いかない…。世界に…花を…生んだ…私が…」
一際大きなピンク色の花が降ってくる。
「世界樹の花…、大切に…して…欲しい…」
「せ、世界樹の花…!?」
「あらゆる草木の祖となったといわれるはじまりの花…!」
エルフの皆さんが騒ついている。誰もが驚き、視線を奪われていた。ゆっくりとシルフィさんに向かって落下していくピンクの花、きっと貴重な物なんだろう。その世界樹の花には誰もが目を奪われていた。シルフィさんも、精霊たちも、エルフの皆さんも…なんならソルさんやレネ様まで…。誰もがひとつの花に視線も心も奪われていた、ただひとりを除いては…。
(ゲンタ…)
(カグヤ?)
カグヤの声が頭の中に響く。くす…、静かに微笑えんだ彼女の気配がした。
(私からも…シルフィに…祝福…)
ふわり…。
降り注ぐ色とりどりの花々の中で小さなアクセント、ムラサキアゲハのような花びらがシルフィさんへと舞い落ちる。
(ありがとう、カグヤ…。…ッ!!?)
ひゅんっ!!
カグヤが目の前に現れる、手のひらほどのサイズの彼女が僕の視界の全てを占めた。その彼女が唇の両端を上げた、にこ…いつものように静かな笑みを浮かべる。
(動かないで…)
そう言うとカグヤはサイズ感のまったく違う唇を重ねてきた。
(祝福…だよ…。ゲンタにも…)
「カ、カグ…ヤ…」
こ、こんな時に…。そう思っていると唇を離したカグヤがまたひとつ、くすり…と笑った。
(精霊は…気まぐれ…。したい時に祝福をする…、私も…、ふふふ…)
そう僕に言い残すとカグヤはゆっくりと地面へと降りていく。だが、着地はせず足元の影へと沈み込んでいく。まるで真っ黒な水の中に音も無く垂直に入っていくようだ。足から胴、胴から首までとどんどん沈み、あと残るのは目元から上までとなった時にカグヤはわずかに目を細めた。
(いつも…一緒。…いつも、見てるよ…)
すうー…。
そしてカグヤは姿を消した。ミーンに戻ったのかと思ったら再びなにくわない顔をしてサクヤたちのそばに現れた。その頃には降り注ぐ花々の祝福は止み、シルフィさんの頭上には色とりどりの花の冠があった。
「あ、あんなに様々な花が…」
「それだけではない…、神々しいまでの精霊の力を感じる…」
「ちょ…長老たちが長年かけて加護が宿った…エ、エルフの服よりもはるかに…」
魔力のない僕だけどあの冠がすごい物だというのは分かる。なぜならシルフィさんが少しでも身を動かせばキラキラとしたオーラが何もない空間にしばらく残るのだ。あれを何でもないと言うのなら、余程見慣れているか見る目がないかだろう。だけど、その中で…。
くす…。
カグヤが小さく笑ったような気がした。
僕の視線の先、そこにはシルフィさんの花の冠…。その中に本当に…、本当に小さな紫色の花びらが一枚…。他に大きな花や明るい色の花びらもあるのに…、僕はカグヤの祝福の花びらから目が離せないのだった。
いよいよゲンタはエルフの里を後にする。
手のひら返し…、今でこそ歓迎されてはいるが当初は招かれざる客であったのは間違いない事実。尊重の無い相手にゲンタが付き合う理由はない。
次回、異世界産物記。
『尊重 〜 これからを決めろ 〜』
お楽しみに。




