第668話 訪れた迷子と干しパサウェイの試食
「ザ、ザンユウさん…」
「しばらく…、だな。いや、最後に顔を合わせてからまだ数日しか過ぎてはおらぬか…。ふふふ、どうやら私はおぬしと会うのを心待ちにしていたらしい。なにやら胸が踊る予感を感じておる…」
ニヤリと笑いながらザンユウさんは僕に告げた。それを見て里長が驚いたような声を上げる。
「おお、稀代の食通であるザンユウ殿はゲンタ殿と顔見知りでありましたか!」
「なにかと縁があるようでな、この私がいつもいつも驚かせられておる」
軽い笑みを浮かべながら里長さんにザンユウさんは応じていた、そんなザンユウさんに僕は話しかける。
「どうしてこちらに?」
「この方を案内してきた」
そう言ってザンユウさんは後ろを振り返る、そこには一人の女性がいた。一度しか会った事はないけどその顔には見覚えがある。
「メセア…さん」
そこにいたのは世界樹の精霊であると同時にはじまりのエルフとか古エルフとも呼ばれるメセアさんだった(第264話 世界樹の妖精で初登場)。
精霊でありながらこの異世界に生まれた最初の植物とされる世界樹、どこにあるかは知らないけれどその名の通り樹木なんだそうだ。その化身というか、動けるようになったというか、あるいは肉体を得たとか…真実はよく分からないけどメセアさんはこうしてちゃんといる訳だ。いわゆる、エルフの皆さんとあまり変わらない姿で…。
「ご無沙汰してます、メセアさん」
…こくん。
彼女はひとつ頷いた。そうだ、この方は話せばするけど口数は少ないんだっけ…。でも、聞かないとな…。疑問に思った事を…。
「と、ところで…。メセアさんはどうしてこちらに?」
すると彼女は肯定(首を縦に振る)否定(首を横に振る)だけでは答えられない質問だった為に口を開いた。
「迷った…」
「え?」
よく分からない答えに僕は聞き返した。するとメセアさんは再び口を開く。
「あなた…に…呼ばれ…た…から、来よう…と…。でも…迷って…案内…して…もらっ…た」
そう言ってメセアさんはザンユウさんを見た。
「僕が…呼んだ?」
こくん…。
メセアさんが頷く。
「…二日前」
「え?二日前…?二日前…、二日前…あっ!!」
一昨日、里長に言われて僕は精霊たちを呼んだ(第657話 精霊がいっぱい)。あの時の事か…。その呼びかけが聞こえたメセアさんはここに来ようとした…。
「だけど、途中で道に迷って…?」
こくん…。
「普段…、あまり…動かない…」
そうでしょうねえ…、世界樹な訳だし…。あんまりウロウロしてるのも変な話だ。多分、あまり外出しないんだろうな。だから慣れておらず道に迷ってしまったのだろう。
「おお…、さすがゲンタ殿…。ソル様やレネ様とご縁があるだけでなく、ザンユウ殿やメセア様ともお知り合いであるとは…」
そんな声を洩らしているのはスタンボーン里長、なにやら僕を見る目がより一層キラキラしたものになっている。おそらくエルフ族にとってザンユウさんもそうだけど、メセアさんも大きな存在なのだろう。僕自身が大した事がなくても、ザンユウさんやメセアさんと知り合いというだけで…あるいはこの里を来訪したという事実だけで僕の評価がうなぎ上りしてしまう程に…。
「さて…、経緯を分かってもらえたところで…」
ザンユウさんがこちらを見ながら言った。
「その謎の甘味…、試させてもらおうではないか」
□
里の中央部にある広場に人が集まっている。その丸太のベンチのような物に僕たちは座っていた。
「ふむ…、これが…」
丸太に腰掛け、手にした干しパサウェイの実を見たザンユウさんは呟いた。
「………」
一方、メセアさんは沈黙しつつもその視線は干しパサウェイの実に注がれている。
「では…」
そう言ってザンユウさんが干しパサウェイの実を口に含んだ。その横でメセアさんも同じように口に運んでいる。
「これはッ!!?」
カッ!!
ザンユウさんが目を見開いた。
「なんという深い味わいだ!そして繰り返される波のように甘さが何度も重なりゆく…。そして様々な旨味が脇を固め、それがこの玄妙な味を醸し出している…。だが、それがしつこくない。これ以上…、これ以上…甘さが強ければ…鼻を抜けていく風味が強ければくどくなり全てが台無しになる…。その全てを見切り、ギリギリの内に収めたこの食べ物はなんだ…?これほど…、これほど…素朴だが心惹かれる物とはいったい…、いったいッ…!?」
ウオオオッ!!!
ザンユウさんが獅子のように吠えた。これは口にした物の正体が分からない時のザンユウさんの癖だ。これほど美味いのに正体が分からない、そんな自分に腹が立っているのだろう。
「……………」
一方、メセアさんはというとモムモムと小動物のように可愛らしく食べている。ちょっと可愛らしい。
「これほどのギリギリのところで収める甘みと旨味…、獣臭さも磯の匂いもない事から肉や魚の類ではない…。そしてこの力強さだが芋のような土の香りはせぬ…、そうなると土の中で育つ物でもない…。ぬっ…、木の樹皮か…?いや、それも違う…。あまりに繊維質が無い…、青臭さもないから葉や蔦の類でもない…。…くっ、こうしている間にも雪が融けゆくように風味がサーッと消え…ぬうっ!?」
ザンユウさんが何かに気づいたようだ。
「わ、わずかに…わずかに雑味がある…。この雑味…、記憶がある…。幼い頃の…だが、しかし…そんなはずは…。パサ…い、いや、違う!あれの訳が…、あれの訳がない。私にまだ見落としがあるのではないか…、思い出していない何かが…」
どうやらザンユウさんはこの食べ物が何なのか予想がつき始めたようだ。だが、そんな訳がない…そんな考えがある事が垣間見える。その証拠に一度は浮かびかけたパサウェイの名を否定し、他に何かあるはずだと頭を巡らせている。
「…パサウェイ」
「ぬうっ!そ、そんな事が…。パサウェイの実ですぞ!!ど、どうかしてしまったのではありませぬか?た、たしかに口に残る風味に残滓のようなものは感じるが…」
「間違い…ない…。…私は全ての植物の始まり、世界樹。植物の事なら分からない事はない…」
ざわざわ…。
「まさか、そんな…」
「あのパサウェイが…」
固唾を飲んで見守っている周りのエルフの皆さんも半信半疑といった感じだ。世界樹の精霊であるメセアさんの言う事だ、おそらく間違いはないだろう。しかし、あのパサウェイが…僕も昨日実際に口にしたからその気持ちは分かる。そんな中、ザンユウさんが口を開いた。
「むむむ…。だ、だが…どうやって…。どうやってあの苦味を…、エグみを消したと言うのだッ…!!ただ干したから…、干し果物にしたから消えたいうのか!?それだけで…、たったそれだけであのパサウェイがこのような奥行き深い甘味が出来るというのか!?ましてやパサウェイの実はそれなりに水気がある、それがこんなわずかな時間でここまで乾燥すると言うのか!!」
キッ!!
ザンユウさんがこちらを鋭い目で見た、まるで射抜くような視線。干しただけでエルフ族の誰もが見向きもしない苦味とエグみがあるパサウェイの実、それが本当に美味しくなるのかと問いかけてくる。
「はい。間違いありません」
その迫力に気圧されそうになるが僕はハッキリと肯定した。
「ぬうう…」
ザンユウさんが顔を顰めて唸る…。だが、すぐに顔を上げると同時に立ち上がると僕に詰め寄ってきた。
「干す前の…、材料となるパサウェイの実はまだ残っておるか?」
「あります。本当に作れるのか、というお声に対して実際に作ってみる事を考えていましたから…」
「ふむう…。ならば実際に作ってもらおう。それならば私も、里の方々も得心がいくであろうからな」
「分かりました。では…」
そう言って僕はまだ何の処理もしていない枝付きのパサウェイの実と果物ナイフを取り出した。
「たしかに…。まさしくパサウェイの実だ、なんの変哲もない」
オレンジ色の卵のような形をした実を見てザンユウさんが呟いた。僕はスルスルと…、リンコの皮むきのように表皮を除いていく。そしてそれが終わると枝部分に紐を付け広場の端にある適当な木の枝に吊るした。その様子を見守るザンユウさんが呟く。
「ふむ…、まさしく干し果物のやり方だ。だが、水気が抜けるまでにはそれなりに時間がかかるはず…。それがどうして短い時間で…」
そうですよね、それは当然の疑問だと思います。でも、それを可能にしてくれる心強い仲間が僕にはいる。
「キリ、クリスタ。力を貸して」
僕がそう言うと氷精霊のクリスタがふわりと浮かんでパサウェイの実の方に向かった。しかし、風精霊のキリがパサウェイの実の方には向かわず俯いている。
「……………」
「ど、どうしたの?キリ…」
僕のそばで俯いているキリに僕は声をかけた。
「ア、アタシ…、出来ない…」
「え…?」
パサウェイの実を前にしてキリが口にしたのはまさかの言葉だった。
次回予告。
「ア、アタシ…、出来ない…」
「え…?」
風精霊のキリが口にしたまさかの言葉、しかし息をするように風を操る事が出来るはずのキリがどうして出来ないのか。ゲンタはそれが気になっていた…。
次回、異世界産物記。
『おちこぼれの風精霊』
お楽しみに。




