第66話 塩対応
「よし、それじゃそろそろ戻るとするべ」
ゴントンさんの声に僕とマオンさんが首肯く。リュックを背負い僕も戻り支度をする。
「新人、お前には驚かされっぱなしだ。あの白い塩といい、仕入れ値といい…、だが、これでウチの奴らも塩を手に入れやすくなる…。塩ってなあ、足りなくなると体が言う事聞かなくなっちまうからな。踏ん張り所で踏ん張れねえとなりゃ命にも関わってくる…」
先程、取り引きの開始を決定してくれたグライトさんの言葉だ。実際に開始するのは10キロの塩を納品してからになるが、グライトさんは取り引きが始まる事を微塵も疑っていないようだった。
まだこの町に来て数日だが、そこまで信用してくれているのはありがたい。その期待に応えていかないと…。
そう思った僕が、すぐに日本に帰り業務用のスーパーで塩を買い込んで昼過ぎにギルドに納品しようとしたらシルフィさんをはじめとして皆が驚いていたのはまた別の話…。
そして従来の塩と区別する為に僕の持って来た塩を『白き塩』と名付けた。発案はシルフィさん。そういえばジャムパンの時の『乙女のジャムパン』の命名もシルフィさんがきっかけだったっけ。
そして、この新しい塩を冒険者の皆さんに知ってもらう為に、僕は百円ショップでコルクボードを買った。そこにレポート用紙に書いた『POP(商品名や価格、商品説明を書いた物)を画鋲で留めて商品案内の看板とした。
『しんはつばい!しろきしお、はくどうかいちまいで16うぇい』
看板も作ったし、ギルド内でのパン以外の取り引き商品の誕生だ。
□
翌日…。
早朝のギルドはいつもより賑やかであった。
ギルドというのは早朝に皆が依頼を受け、各々(おのおの)が目的地に向かっていく。早く向かえば日が暮れるまでの活動時間がそれだけ伸びる。ゆえに朝は戦争だ。少しでも早く依頼を受け出発をしたい。
顔見知りの冒険者同士なら話しながら待つが、早く仕事に出たいのが本音。殺伐とした空気、冒険者同士のイライラが募り些細な事で喧嘩が発生する事も珍しくなかったという。
しかし、僕がパンを売るようになってからそれらが減ったらしい。皆が朝に買うパンが皆を笑顔にしていると言う。一歩外に出れば、町にあるのは黒ずんだ固いパン。
冒険者ギルドでのみ売られている今まで手に入らなかったりした甘かったり、美味い惣菜がはさんであったりの御馳走とも言うべきゲンタのパン。それが、冒険者たちの笑顔につながっているとシルフィは語る。
そこに今日は『白き塩』が加わった。
これはゲンタが売るのではなく、あくまでゲンタはギルドに納品のみ。販売はギルド側で行う事になった。
「おおっ、『大剣』が言ってた通り真っ白な塩だぜぇ!」
「昨夜飲んだ時にゃあ、そんな安値で買える訳が無えと思ったがパンの情報を誰より早く掴んでたからな…、来て良かったぜ!」
「それより俺、今ちょっとコイツを舐めてみたが味も強くて混じりっけの無しの良い塩だぜぇ!」
「こりゃ、もう他所で塩買えねえな!特にブド・ライアーんトコ
の塩なんてよォ!」
「ああ、奴ん商店の塩なんて不純物だらけの塩だからなあ!」
「へへっ、違いねえや!」
次々と冒険者が塩を買っていく。
「おいっ、アンタらちゃんと並べ!まだまだ在庫はあるからよ!」
「お、俺も働く事になるとは…」
初日という事もありマニィさんが塩販売担当として受付カウンターの一部を販売専用コーナーにしていたが、購入希望者が殺到し今ではギルドマスターのグライトさんまでもが担ぎ出され売り子をしている。
ともあれパンと塩、二つの取り扱い品目によって早朝のギルドは戦場さながらの喧騒と活気に満ち溢れた空間となっていった。
それからしばらくして…。
「マジかよ…、冒険者稼業より疲れたぜぇ…」
あんパンを嚙り緑茶をすすりながらグライトさんがげんなりとして弱々しく呟く。マニィさんも似たような感じだ。
今、僕たちはいつもより少し遅れた日本時間的には午前8時半頃に朝食を摂っていた。それだけ塩販売が大盛況だったのだろう。
「ざっと200人は買っていきましたねぇ…」
そんなに?フェミさんの言葉に僕は驚く。じゃあ昨日納品した塩は三分の一くらいは売れてしまったんだ…。また納品が必要になるなあ…。売れるのは良いが、納品するのはなかなかに大変。これからどうするかなあ…。僕がそんな心配をしていると、シルフィさんから声がかかる。
「安心して下さい、ゲンタさん。当面の間、冒険者一人につき販売量は週に一度で重さは16重、ですからおよそあと二回の販売分…来週と再来週は確保出来ています。もっとも買いたい人は増えていきそうですが…」
半月くらいか…、それならまあ…なんとかやっていけるかな?そんな事を思っていると、すっかり冒険者が出払ったギルドに何人かの人が入ってきた。真っ直ぐに受付カウンターに向かって来る。
そして一番最初に入ってきた先頭の中年の女性が開口一番こう言った。
「ねえ、ちょっと。アタシ達にも塩を売っておくれよ!」
□
塩を売って欲しいと、先頭でギルドに入ってきたのはこの近くに住む近所のおばさん。その他の人はそのおばさんの友達だったり、この近所で肉の串焼きなどを売っている辻売(行商人の事)の人だそうだ。
その人たちが冒険者から聞いたという、見た事も聞いた事も無い『真っ白な塩』の話。その話を聞いて思わず来てしまったらしい。
「アタシらが買える塩なんでくすんだ紛い物みたいな塩だろ。だけど、今日売りに出された塩は混じりっ気無しの上者だって話じゃないのさ!しかも、凄く安いんだろう?」
「そうだよ!町じゃ白銅貨一枚で『6』とか、お得な店でも『7』!それだってすぐ売り切れちまったりで手に入らないのよ!」
だから質が良く、安い塩を自分たちにも売れと口々に言う。
「あれは冒険者ギルドが所属している冒険者の為に仕入れた塩です。その代わり冒険者は入会金を払い、依頼完了の際に手数料を引かれた上で報酬を受け取ります。その代わり、この塩をはじめとしてギルドも冒険者に対する支援を行います。もし、同じようにお求めでしたら冒険者ギルドに加入されますか?」
シルフィさんがキッパリと言い放つ。その上で、ギルドの加入金などの説明をした。
「そんな高い金は払えないよ!」
おばさんから文句の声が上がる。だけど、ギルドが購入した塩は、冒険者たちの入会金や手数料などが原資だ。金も出さないで塩だけ欲しいと言うワガママに付き合う道理はない。
「先程申し上げた通り、この塩は所属する冒険者の皆さんのお金で仕入れ、それを冒険者の皆さんに支援の一環で格安にてお分けしています。冒険者ギルドが持っているのはあくまでも冒険者の皆さんの為に、使う分だけしか仕入れていないのです」
「そんな…、少し割高でも良いからさ…。なんとかならないかい?」
おばさんたちも必死だ。僅か6グラムや7グラムの塩、それに白銅貨一枚かかる。日本円にして百円。それも混じりっ気だらけの粗悪な物らしい。そんな物しか手に入らない、それがこの町の塩事情だ。
それゆえにおばさんたちも必死になるのだ。
僕が持ってきたこの塩…、1キロで税込75円。
この町の人が買う数グラムの塩、それだけで百円もする。仮に10グラムで売ったら百人が買える。百円で売ったなら…、一万円だ。
…ボ、ボロ儲け過ぎる…。しかし…、売れそうな雰囲気だ…。いけるか…?近くにいたフェミさんに小声で声をかける。
「ねえ、フェミさん。塩を計る重りで1より小さい重さを計る物はありますか?」
「1の半分のならありますけどぉ、それより小さな物になると大きな薬問屋にでも行かないと無いですねぇ」
うーん、0.1とか0.01グラムとなるとそうは出回っていないんだな。…となると…、綺麗な数字で売るしかないか…。
今いる人数は…、十人ほど…。ならいけるかな…。
塩を求める人以外に依頼を出す人が訪れるようになったので、シルフィさんに代わり、グライトさんがおばさんたちの応対している。丁度シルフィさんの受付が終わったので小声で話しかける。
「シルフィさん。『10』で塩を売っても良いですか?」
「ゲンタさん、どうしたんです?急に?」
「僕のリュックには塩がまだ残っています。ガントンさんたちと猪を焼いて食べた時の残りが」
「では、それを?」
「ええ、今いる10人に10重だけ限定して売りましょう。冒険者以外の一般の人への小売りは今すぐではないけど後日一般発売もする…みたいな感じで…」
「ゲンタさんの個人的な売買ですから止めはしませんが…」
「でも、ここはギルド内ですからね。ギルドの施設を使っての物売りですので…手数料みたいなのは要りますかね…?」
「そのあたりは実際に販売をするようになってから考えましょう、今日はこの人数ですし…、あの方たちを早めに帰してしまいましょう」
こうして僕たちは手分けして『10重』の塩を今いる人を限定で販売した。一般発売をするかは後日発表という事にしてとりあえずその場を収めたのだった。
次回、『からくりハカセ』。ご期待下さい。




