第656話 切り返すなら、今だ。〜 追い手鏡 〜
前話の末尾部分を加筆しております。
具体的にはフレンチトーストを奪い取った後のフィロスの行動ややりとりを追加しています。まだご覧になっておられない方は是非ご覧下さい。
「まずは問う!浅薄なる人族よ」
こちらを杖で差しながら里長が口を開いた。僕らの周りには甘く香ばしいフレンチトーストの匂いをたどって里のエルフたちが全員集まっているという。そんな中、面談…というかむしろ批判的な口調の尋問めいたものが始まった。
「シルフィを妻にと言うならば…、当然暮らしていく為の生業ぐらいはあるであろう。何をして暮らしを営んでおる?」
「僕は…いえ、私は商売をしております」
「ほぅ…、その若さで商人か。種族が違うゆえわしは姿形からは人族の年齢を推し量る事が出来ぬが…。そなた、何歳になる?」
「最近、二十歳になりました」
「若いのう、実に若い」
フゥー…と長い息を吐きながら里長は言った。
「その若さではまだ自らの店を持ってはおるまい?」
「はい。冒険者ギルドや辻に立って品物を売っています」
「さもありなん」
僕の言葉に里長はそうだろう、そうだろうとばかりに頷いた。
「代々続く商家でもない限り商人というものは辻売か手代から始まるもの…。そこから店を開ける者など一握りじゃ。大抵はそれを夢見て果たせずに終わる…」
「……………」
「シルフィはこの里の中でも光と風の精霊と近しき選ばれし者じゃ。それを明日どうなるか分からぬ者に渡す事などできようか!身の程を弁えぬ者よ、この里長スタンボーンの名において命じる。この里より立ち去れ!!」
「お待ち下さい、里長!!」
僕をかばうようにシルフィさんが前に出た。
「それはあまりに横暴です。このわずかばかりの問答で里長はゲンタさんの何をお分かりになられたと言うのですか。私はゲンタさんの良いところをたくさん知っています、伊達や酔狂で共に歩く事を望んだ訳ではありません」
「シルフィさん…」
ハッキリと言い放つシルフィさんに僕の心に温かいものが満ちていく。だが、それを快く思わない人がいる。その最右翼が里長であった。
「ぬぬぬう……」
あからさまに不機嫌な様子の里長、その里長が不満顔から怒りの表情へと変えて吠えるように叫んだ。
「どのような詐術をもって我らが里が誇る光と風の精霊の友、シルフィの気を引いた!?いや、手段などどうでも良いか…。どうせ人族がよくやるようなどこぞの町娘を口説くかのようにしつこく付き纏ったのであろう。それでシルフィは断り切れず…、そんな事だから結婚を申し込む手鏡も出さぬような…」
「シルフィさん」
「はい」
僕は里長の言葉が終わるのを待たずシルフィさんに声をかけた。彼女は僕の意図を察し服のポケットに手を伸ばした。
「む…?どうやら妻に娶る意思を示す手鏡の儀は済ませているのか…、だが所詮は真似事程度であろう。どこぞで粗末な精霊たちが忌み嫌う野蛮な鉄で拵えた…」
スッ…、ぱかっ。
「安物でも買ってきたのであろ…って、な、な、なにィィッ!!!」
「まあ…」
「あれは…」
シルフィさんがポケットから手鏡を取り出すと開いて鏡面を見せた。金色になった空の光を受けてキラリと反射した。それを見て里長が…、さらには里の人たちが声を上げた。
「ガ、ガ、ガ、ガラスの鏡ィ!!」
「な、なんと…」
「シルフィは…あれを…」
ざわざわと周囲が騒つく、静かなのはガラスの鏡を見慣れているミーンから来た僕たちだけだ。ここ異世界では王族とかよほどの大貴族でもなければ手に入らないガラスの鏡、それを目の当たりにして里長の矛先が鈍った。それは周りの人たちも…。よし…、切り返すなら今だ。
「誠に失礼ながら…」
僕は口火を切る事にした。
「僕の生まれ故郷では婚約を申し込む時、そして結婚した時にその証として身につける物があります。手鏡ではなく指輪ですけどね。その代わり女性だけが持つのではなく男女共に身につけるんですけど…」
「…何が言いたいのだ?」
里長が胡乱な目をこちらに向けてくる、こちらの言いたい事を推量りかねているようだ。そこで僕はポケットの中を探る、本当は結婚を認められた時に渡そうと思っていた。婚約を申し込んだ際の手鏡は言っちゃ悪いけど量販品、だから僕はその人だけに持っていてもらえるような物を用意していたんだ。
「シルフィさん」
僕はシルフィさんに向き直った。悪いけど相手にしたいのは里長さん、あなたじゃない。目に映っていて欲しいのは今は一人だけ…。
「ゲンタさん…」
彼女も僕に応じるようにこちらを向いた。
「先ほども言いましたが僕の生まれ故郷では婚約と結婚の証に指輪を用意します。婚約指輪、結婚指輪なんて言うんですけど」
そう言いながら僕がポケットから大きさはトランプぐらい、厚さは1センチくらいのもの。木彫りの小箱といった感じでその表面にはエメラルドが輝く。
「エルフの皆さんは森と共にあると聞きます。遠くに見える家屋は木材が使われていますし、僕の生まれは山林の中にある集落みたいな所でしてね…。この辺りを見ればよく手入れがされている事も分かります」
言いながら僕はその小箱を二つに開いてみせた。中には片面が鏡、そのガラスの表面の片隅にシルフィさんの名前が彫ってある。これはガントンさんにお願いした。そしてもう片面には初めてシルフィさんとミーン近くの森にデートに行った時に二人で撮った画像データを絵画風に加工して写真プリントしたものを貼り付けている。
「なんて素敵な…」
「あんな物を手に入れてくるなんて…」
結婚に否定的な里長とは違ってエルフの女性たちは手鏡を見てため息混じりにうっとりしている人もいる。手鏡を渡す慣わしはかなり古風と言われているがエルフ族には効果が抜群らしい。これだけで僕に対する評価が好ましいものになっている人さえいるようだ。この機を逃さない、僕は言葉を続ける。
「表面にあしらったエメラルドは森の木々に茂る葉の一枚一枚…その緑色を森と共にあるエルフ族であるシルフィさん、あなたに重ねて手に入れました」
「な、な、な…」
言葉が出ないのか里長は口をパクパクとさせている、これはトランプの七並べとかで言えば手番を一回パスしているようなものかな。だったら続けざまに回ってきた再手番…遠慮なく使わせてもらおう。このふたつ目の手鏡…、言わば追い手鏡を切り札に…。
「う…、うーん…。わ、私、どうしたんだろ…?なんか急に意識が…。なんかまた結婚できなかったような気がしたけど…」
フィロスさんが起き上がったような気配がしたけど今はごめんなさい、構っていられない。シルフィさんに気持ちを伝えたらすぐ行きますから…。
「僕が新たに用意したこの手鏡はッ…!!」
「え!?手鏡ッ!?あ、ゲンタさんが新しい手鏡持ってる!も、もしかしてアレは私にッ!?ぬ、ぬふふ…、もう一枚ウェディングドレス作っといて良かった、私!今すぐ嫁に…」
ごめん、違うんです。フィロスさん、これは…。
「結婚を申し込んだ時の気持ちに、さらにこれから共に歩いていく事を決意新たにした事を形にしたつもりです!唯一無二、他に誰も持っていないような手鏡をあなたに!僕はあなたと添い遂げる!!」
「きゃああああっ!!」
エルフの女性たちから声が上がった。どうやらこういうのがめっぽう効くのかも知れない。一方で奇声のような悲鳴が響く。視線の片隅にフィロスさんが見えた。
「あじゃぱアァァーーッ!!!!!」
どうやったのかは分からないけどフィロスさんはひとり空中を吹っ飛んでいた。




