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第655話 集まってきたのは精霊だけにとどまらず…


「みんな…、もしかしてこれが気になって集まったの?」


 フォークに刺した残りひとくちになってしまったフレンチトーストを示しながらの問いかけに精霊たちは揃って頷いた。


「あー、無理もないよ。もぐもぐ…、ごっくん。こんなに甘い香りがしてるんだもん。精霊たちも気になって仕方ないはずだよ。ねー?」


 ロヒューメさんは素早く残っていたフレンチトーストを食べきると分かる分かるとばかりに言った。それに精霊たちはウンウンと頷く。うーむ、この光景を見ているとロヒューメさんには末っ子特有の抜け目の無さを感じる。食べきってしまえば『ひとくちちょーだい攻撃』を受ける事はない、『やるな、ロヒューメ』といったところだろうか。


 しかし困った、精霊たちはきっとこれを食べたいのだろう。だけど残っているのはひとくちサイズ、どう考えたってこの数の精霊たちに行き渡る訳がない。それにこの数の精霊に何こ食べ物をひとりずつ手渡していたらどれだけ時間がかかるか分からない。


「何かあったかな…、そうだ!精霊のみんな、食べ物は他にもあるんだ。こっちへおいで」


 僕は立ち上がり荷車に向かう、それにともなってついてくる精霊たち。まるで民族大移動だ…いや、精霊だから精霊大移動かな。そんな事を考えながら荷車からいくつかの品物を取り出す。


「あの甘いパンはみんなにあげるには少なすぎるからね、他の物で良いかな?これも甘くて美味しいよ、イチゴのジャム」


 そう言って僕は大ビンサイズのジャムを取り出した。


「それとね、これはプレーンクッキー。この上にジャム乗せて…、うーんこれじゃ大きいね。半分に割って…。誰か、味見してみたい子…いるかな」


 ぴゅんっ!!


風精霊ゼピュロス…」


 僕の元に一番乗りをしたのは見事なロケットスタートを決めた白地に緑の模様の服を着た精霊。それを見てシルフィさんが呟く。その動きは風のように素早く、文字通り『はやき事、風の如く』である。つり目にツインテール、腰に両手を置いてほら早く早くとばかりに急かす風精霊の彼女はせっかちというか勝気というかそんな印象を受ける。そんな彼女にクッキーの片割れを手渡す。


「君が味見してくれるんだね。じゃあ、これ。もう半分はどうしようか…な、あれ?」


 おずおず…。


 風精霊ゼピュロスの彼女の後ろに半分隠れるようにしてもうひとりの精霊がいた。焦茶色こげちゃの髪と服、傾斜のゆるい漢字の八の字のようないわゆる困り眉が印象的だ。こちらは風精霊の彼女と違ってずいぶんと内気なようだ、しかしながらその視線はジャムを乗せたクッキーに釘付けだ。


「食べてみる?はい、どうぞ」


 そう言って差し出すと後ろに隠れていた子もようやく出てきてクッキーを受け取った。


「食べてみて」


 そう言うと二人の精霊はクッキーを口に含んだ。驚いた表情を浮かべたがすぐに満面の笑みとなった。うーん、積極的な女の子の笑顔も良いが内気な子がたまに浮かべる笑顔も良いね。


「どう、美味しい?」


 そう言うと二人の精霊は頷いた。


「そっかあ、良かった。じゃあさ、このクッキーとジャム…それとこれはハチミツ、クッキーに乗せて食べると良いよ。ハチミツはね、さっきのパンを焼いたものにも入れてたんだ。ボトルや瓶は大きいけどみんなで力を合わせれば持って行けそう?」


 そう尋ねると精霊たちは頷いた。なら任せて大丈夫かな。


「じゃあ、あとは…精霊は鉄が苦手だったね。この木のスプーンも持って言って良いよ、みんなで仲良く分けて食べてね。あと、申し訳ないけど僕たちはこれから里長さとおささんとお話をする予定があるんだ。知ってる?エルフの里長さん…」


 そう言うと精霊たちはもちろん知ってると言わんばかりの表情だ。


「実はね、僕は隣にいるシルフィさんと結婚の挨拶の為に里に来たんだ。それでこれから里長さんに会う前に少し打ち合わせをしたくてね。込み入った話になるかも知れないからみんなと一緒にいられないんだ。無事に終わったらまたみんなに会いたいから今は僕たちだけにしてもらっても良いかな?」


 そう言うと精霊たちは分かった、またねといった表情で頷くとクッキーやジャムの瓶などを力を合わせてお神輿みこしのように担ぎながらいずこかへと去っていく。うーむ、風に乗って上空の雲が流れていくような印象だ。


「さて…、僕も残りのフレンチトーストを平らげて…と。…ん?」


 ひとり、またひとり…。人がやってくれのが見える、もちろんそれはエルフの里の人々だ。なんだかみんな、何かを探し求めているような…その数がだんだんと増えてくる。その中にはこの場所で帰郷したシルフィさんたちを出迎えた人たちもいる。


「おやおや。どうしたんです?」


 やってくる人々にタシギスさんが声をかけた。紅茶片手に話しかけるその姿は英国紳士のような雰囲気だ。


「ん…、ああ…」


 やってきたエルフの男性が応じる。


「実は今朝から甘く香ばしい食べ物の匂いが里に満ちていてね。だが、こんな事は今までになかった。だからその甘い匂いの源はどこなんだろうと気になってね。それで探していたんだよ、このあたりだと思うんだが…」


「ああ、それならここですよ。ゲンタさんが作ってくれた朝食のものですね」


 ざわっ。


 まさか…、人族にそんな…、作れる訳がなかろう…、そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。


「ホントだもんねー。…あっ、信じてないなー?ゲンタさん。そのひとくち残ってるのを見せてあげなよ」


「え?こ、これ…?」


 僕はひとくち分だけ残っていたフォークに刺さったフレンチトーストを持ち上げた。


「シルフィお姉ちゃん、風を」


「ええ。風よ、柔らかく吹いて」


 シルフィさんが優しい風を起こした、僕の胸元あたりからやってきたエルフの皆さんの方へ…。


「あっ…」


「これは…」


 人々が驚きの表情を浮かべた。


「どう?ゲンタさんが作ったパンの匂いは?甘くてとてもいい匂いでしょ?」


 えっへんとばかりにロヒューメさんが胸を張って言った。


「むむむ…」


「何を言っておる、ロヒューメ!人族はそこまで甘味には詳しくなかろう。それをこんな果物よりも甘い香りなど…。まったく、甘い香りの正体は何かと思って来てみれば…」


「里長…」


 やってきたのは里長さんだった、何を世迷言をと言わんばかりの顔をしている。


「もー。疑り深いなあ。ゲンタさん、あのパンを漬けてた汁がちょっとだけ残ってたよね。あれ付けて焼いてみせてあげようよ」


「うーん、まあ良いか。本来なら一晩漬け込んでおくものだけど…」


 そう言って僕は余っていた食パンに残っていたフレンチトースト用の漬け汁を吸わせフライパンにバターを投入、バターが融けたところにパンを入れると香りがたち始める。


「おお!これだ」


「さっきより香り高い。バターと甘い香りが合わさって…」


「ば、馬鹿な…」


 エルフたちは驚き、里長さんは言葉を失っている。漬ける汁が少なかったのですぐに火が通っていく。


「な、何を使っているのだ?どうすればこのような甘い香りが…」


「新鮮なミルクと卵、あとは砂糖を加えてよくかき混ぜたものにパンを一晩つけたものを焼いただけですよ。正直、漬け汁が足りないくらいですが…。あと、ハチミツを少々…」


 ざわっ!


「ハ、ハチミツ!?」


「ミ、ミルクもでしょ?朝からなんて贅沢な…」


 そういえばシルフィさんが言ってたっけ、豊さの例えにハチミツとミルクを挙げるって。作物がよく獲れたり花々が美しく咲き誇るような豊かな地をハチミツとミルクげ流れる土地…みたいに言うとか…。特にハチミツは甘いからエルフ族も大好きだとか…。それなら…ちょっと見せびらかしちゃおうかな…僕の悪戯心いたずらごころに火が付いた。


「あっ、漬け汁が足りないなあ。まあ、こんなの鍋底に残ってた余りの汁だったし…。これじゃ中途半端な味になっちゃうなら…」


 たらぁ〜。


 僕はボトルを手に取って焼けた不完全フレンチトーストにハチミツを垂らした。金色の液体がトーストに垂れるのを誰もが目で追っていた。


「あ、ああ…」


 誰のものかは分からないが物欲しそうな声が聞こえた。


「さて、と…。出来たこのトーストをどなたに差し上げよーかなー…」


 ぴくっ!!


 面白いぐらいにエルフたちの耳が反応した。でもね、残念。差し上げるべき人は決まっているんだ、それは当然…。


「まあ、決まってますよね。シルフィさ…」


 僕が大切な名前を呼ぼうとした時の事だった。横合いから何かが飛んできた、僕にはそれがコマ送りのように視界にゆっくりと映ってくる。飛魚とびうおのように頭から…いや、口から飛び込んでくるそれは…。


 ぱくっ!!


 フォークに刺していたトーストを泥棒猫のように口でキャッチして通り過ぎていくその人は…。


「お、お姉ちゃん!?」


「フィロス姉様ッ!?」


 ロヒューメさんもシルフィさんも思わず声を上げた。


 ビタッ!!


 そこにいたのはヤモリのような両手両足での四点着地を決めたトーストを咥えているフィロスさんだった。


「フィロスさん…。ど、どうして…」


 トーストをかっさらって四点着地を決めたフィロスさんに声をかけた。くるり…、そのフィロスさんは首だけ半分こちらに向けた。もむもむ…、口だけを動かしてトーストを飲み込んでいく。


「…ごっくん。…う、うわあああんっ!!」


 そして始まったのは噴水のような落涙。


「ご、ごめんなさああいっ!!わ、私…、シルフィちゃんがうらやましくてえ!結婚を申し込んでもらえて、こんなに美味しい朝食作ってもらえてえ…、目の前であんなにハチミツをかけてるのを見てたら私…たまらなくなって…。お、男の人の手料理ィィ…!!私も幸せになりたいよう、ううう…」


 四点着地の姿勢のまま嗚咽しているフィロスさん。


「ま、まあまあ、フィロスさん。泣かないで下さい、トーストはまたいつか作れば良いですから…」


「ううう…、ゲンタさん…。こんな私だけど結婚してくれる…?」


「シルフィさんと結婚いたしますので…」


「ぐはっ!!」


 ぱたり…。


 さりげなくとんでもない事を言ったフィロスさんをスルー、彼女は力無く倒れた。多分、五分くらいしたら回復するだろうけど…。


「ごほん!!」


 そんな中、里長さとおさがわざとらしく大きな咳払いをした。


「た、たまたま我々エルフ族の好みの物があっただけじゃ。皆も落ち着け!ふん、まあよい。丁度、この場に里の者が全員集まっておる!広場で行おうと考えていたが手間が省けたわッ!この場でお前がエルフ族の娘を嫁にしようとする事がいかに思い上がった事か骨身にまで刻み込んでやる!」


 どうやら…、というか昨日から感じてはいたけれど里長は僕たちの結婚には反対であるようだ。そんな里長と僕の問答が今、始まろうとしていた。



 シルフィとの結婚に否定的なエルフの里長さとおさ、そんな里長とゲンタの面談が始まった。


 ゲンタをみくびっている里長はまず手鏡の話題を持ち出す、だがそれは自らの首を絞める一歩目であった。


 次回、異世界産物記。


 『切り返すなら、今だ。〜追い手鏡〜』


 お楽しみに。

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