第634話 僕は死にましぇ〜…、あれ?
冒険者ギルドでゲンタに結婚が提案された翌日…。
ざわざわ…。
冒険者ギルド前の往来には昼間だというのに人が集まっていた。そこに通りかかった通行人のおばちゃんが近くにいた人に話しかける。
「ちょっと、何が始まるんだい?」
「さあ…?だけど、あの『かれー』売りの若いのが何か発表するんだってよ。だから皆が集まってるのさ、何を発表するのか…町の中はこの噂でもちきりだぜ」
「へええ…」
「いやいや、町衆だけじゃねえよ。ホレ、あっちを見てみな!」
別の野次馬の男が話に加わる、指差した先にはこの町では見かけない上質な服を着た男たちがあちこちにいた。
「ありゃあ、今この町に来ている金持ちとか貴族の家来たちだよ。なんでもあの若いのを勧誘しようとしきりに接近を狙ってるらしい…」
そんなやりとりがされている間に冒険者ギルドの両開きの扉が開いた。
「おっ、出てきたぜ」
開かれた冒険者ギルドの中から数名の人物が出てきた。先頭は逞しい体躯に口髭を生やしスキンヘッドのギルドマスターであった。
□
話はギルドマスターのグライトから結婚しろと言われたタイミングに戻る。
「け、結婚!?いきなりなんですか、グライトさん!」
慌てる僕にグライトさんは呆れたように応じる。
「いきなりも何も…。お前、手鏡を渡してんじゃねえか」
「あ…」
ここ異世界では古いしきたりで男性は結婚を申し込みたい女性に手鏡を贈る習慣がある。もっとも、鏡というのは高価な物だ。鉄の板に毛が生えたような仕上がりの映りの悪い物でもそれなりに高価だ。それゆえ庶民はそんな贈り物なんかするのは非常に稀、普通は口頭で申し込み夫婦になるというのが一般的だ。
ただ、格式とかにこだわる貴族とか自家に箔を付けたい商家などでは手鏡を贈るという事をしているらしい。それでもピカピカに磨き上げた銅製の物だったり、上級貴族でも銀の板を丁寧に根拠良く磨き上げた物らしい。しかも金属は表面が錆びたり曇りが出たりするから専門の鏡職人が割と頻繁にメンテナンスをしなければならない、当然それには金がかかる。
しかし、鏡の表面にガラスを密着させた物ならば話は別だ。だけどそんな物は腕の確かなドワーフの職人でもなきゃ作れる物じゃない。だからガラスの鏡は非常に高価、王家とかあるいは公爵とかのかなり家格の高い家でもなきゃ手に入らないらしい。伯爵家とかでは銀の鏡でもおかしくないらしい。だけど銀の鏡でも…なんて言うけど考えてみれば装飾なんかも施されているだろうし、なんたって銀の塊な訳だ。とんでもない値段が付くだろう。
しかしそんな異世界の鏡事情にも関わらず僕はガラスの手鏡を何の気なしにマニィさんを初めとしてフェミさん、そしてシルフィさんに渡してしまった…日本で買ってきた数百円の物だけど…。しかもプロポーズを意味するなんて事も知らずに…。
「だ、だけど、結婚は相手の気持ちもある事ですし…」
結婚という大事に慌てつつも僕は当人同士の気持ちが大事という大前提を思い出し呟いた。
「お前、マジか…?」
はぁ…とため息を吐きながらグライトさん。
「見てて…、ああ、いや新人の場合は接して分からねえか?シルフィの…、あとマニィもフェミもだな。いつだって嫁になる気だろうよ。なあ、シルフィ」
「ええっ!?」
「はい」
驚く僕、冷静に…そしてどこか照れたようにシルフィさん。
「ほらな?マニィたちも同じ気持ちだろうよ。んで、どーすんだ?」
「ど、どうする…と、言いますと?」
「だから、いつ嫁にすんだ?今すぐか?いや、ちょっと待てよ…?シルフィ、里に最近帰ったっけか?」
「最近ですか?はい、五年か六年前に…」
「それは最近とは言わねえ!少なくとも人族はな。なら丁度良い。新人と結婚するってギルドの前ででも広く宣言すんだよ。そんで新人の顔を親御さんに見せてこい。そーすりゃ誰もが婿を連れて里帰りしたと皆が思うだろ」
「む、婿…。は、はい…」
ちょっと照れながらシルフィさんが頷いた。
「ま、こーいう事だぜ、新人。少なくともシルフィは結婚を受け入れる気がある、それはマニィやフェミも同じだろ。それでよ…」
グライトさんがグッと身を前に乗り出す、そしてすごく真面目な声で言った。
「マジな事を言うとな…、聞いてるだろうけどマニィもフェミも孤児だ。そんで冒険者ギルドに来て良い冒険者になった、そりゃあ苦労も努力もしてな。俺はそんな二人を見ていた、だからよう…自分を親代わりなんて言うつもりはねえがアイツらにも幸せになってほしいんだよ。頼むぜ新人、大事にしてやってくれよ」
「はい!」
マニィさんやフェミさんに助けてもらった事はたくさんある。ある時は商売の…、そしてある時は危険から命懸けで…。そんな二人を大切にしたい、それは僕の偽らざる気持ちだ。
「そうか!それなら俺からは何も言う事はねえ!後はいかに皆の印象に残る結婚発表にするかだ!新人なんか良いアイデアはねーか?劇の台本やら仕掛けを考えたのはお前だろ?今回もなんか良い考えが浮かぶんじゃねーのか、誰も文句言えねえようなグッとくるプロポーズをよう」
「おっ、そりゃ良いな!そんでそのままシルフィの里に向かう事を宣言して消えりゃあ…」
グライトさんの提案にナジナさんが乗っかる、なんだか二人とも楽しそうだ。
「いきなり結婚て訳でもねえだろうがこれで見てるやつらは間違いなく嫁取りをした。里に連れ帰った…ってなるぜ。まあ、全ての勧誘やら接触やらが無くなる訳じゃねえだろうが先の事はそん時に考えりゃ良い。とにかく、派手にいこうぜ。見てる奴の記憶に残るようなヤツをよ」
「は、はあ…。考えてみます…」
……………。
………。
…。
そんなやりとりをした昨日、僕が書いた台本にグライトさんとナジナさんはとても乗り気になり内容を加筆修正して綿密なリハーサルが執り行われた。内容はどんどん危険を伴う過激なものになっていき、町の顔見知りを何人か巻き込みそのリハーサルは101回にも及んだ…、そして…。
「みんな、昼時なのによく集まってくれた!!今からウチの新人…みんなもよく知ってるだろうが冒険者ゲンタが大事な話をするそうだ!」
グライトさんが大きな声で町衆の皆さんに呼びかける、するとなんだなんだと町の皆さんの視線が僕に集まった。むう後には引けない。
「じ…実は…」
緊張でちょっと声が震える。しかし、その緊張感を振り払うように僕は大声を張り上げた。
「ぼ…僕…ゲンタには心に決めた…結婚したいと願う女性がいます!そこでッ、皆さんに見守ってもらいながら結婚を申し込みたいと思います!」
スッ…、僕は上着の内ポケットに手を突っ込んだ、手にしているのは折りたたみ式の手鏡。以前、マニィさんたちに手渡した物をいったん返してもらい改めて衆人環視の中で手渡そうとしている。
パカッ!!
折りたたみ式の手鏡が開いた、南中する太陽の光を受けて鏡面が輝く。曇りないガラスの鏡面が陽光を受けて反射させている、それを見て周りの男性たちからは歓声が…女性たちからはため息が洩れた。
「近くにいる時は可憐な貴女の可憐な姿を僕の瞳だけに、離れている時には僕が贈ったこの手鏡だけに貴女の姿を映して下さい!」
そう言って僕はシルフィさんに手鏡を渡した。続いてマニィさん、フェミさんにも少しずつ文言を変えて手渡した。
「すごいわ!ガラスの鏡だなんて!王侯貴族でもなかなか手に入らない品物でしょ!」
見ていた女性がそんな声が聞こえた。
「これから何があっても僕は貴女方を命懸けで守っていきます。だからッ!!」
僕がここぞとばかりに声を張った時だった。
ヒヒイィィーンッ!!!
「あ、暴れ馬だぁ!!!」
少し離れた所から馬の嘶く声がした、そして続くは危険を知らせる男性の声。見れば荷馬車を引く一頭の馬が一度大きく両前脚を高く上げるとこちらに向かって駆け始めた。
「あ、危ない!!みんな、よけるぞォォ!」
「こっちだ!ギルドの反対側へ寄れ!!」
避難を呼びかける声がタイミング良くかかる、その指示はやけに具体的だ。そして町衆もそちらに逃げ始める。
…実はこの暴れ馬、仕込みである。ヤラセとも言うこれはインパクトのある演出をしようとグライトさんたちが熱く要望するので付け加えたもの。その為、たまたま狩った大きな獲物を荷馬車で運んでいた犬獣人族の狩猟士テリーマさんに声をかけ今回の寸劇に荷馬車を提供してもらっていた。ちなみに報酬は両肩にそれぞれ大きな星型の模様が付いているアメリカの古着だった。
町衆は危険を避けようとギルド前から離れた、同時に荷馬車が突っ込んでくる。僕やシルフィさんたちの方に向かって。
「に、逃げろ!坊やァ!!」
僕にそんな声がかかる、だが僕は逃げない。だって昨日、この為にリハーサルをしたんだから…101回も…。
「逃げる訳にはいかない!僕は愛しい人を守る!」
実は突っ込んでくる馬は荷馬車を引く為に体格が大きくパワーもある。しかし、足は遅いという特徴があった。だから迫力があると同時にこんなに悠長にセリフ回しが出来ている。さあ、最後の仕上げだ。僕は前に出る、迫り来る荷馬車からシルフィさんたち三人を守るように。
本来なら危険極まりないものだが、入念なリハーサルにより立ちはだかる僕の寸前30センチのところで馬車が止まれるように馭者役のテリーマさんもお馬さんにもトレーニングを積んでもらった。だから大丈夫、僕は迫る荷馬車に敢然と立ち向かおうと両手を開いて進み出た!平成の時代に一世風靡をしたとらいうドラマのように叫びながら…。
「うおおおっ!!!僕は死にましぇ〜……」
バキイイィィッ!!!!!
木材が大きく粉砕したような音がした。
「あれ?何の音?」
「あ、ああっ!!馬と荷台をつなぐ柱が折れて馬が外れたあっ!!!?」
馭者をしているテリーマさんの声がした。そして馬の駆けてくるスピードが増した、引いていた荷馬車が外れて足取りが軽くなったのだ。そうなると制御をするテリーマさんの手から馬は離れてしまった訳で…。
ドカカカッ!!!!
馬が迫ってくる、その時の僕の頭にはここ異世界に来てからの事が走馬灯のように浮かんできたのだった。




