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第633話 大反響と弊害と(後編) 〜お前たち、結婚しろ〜


 僕の身の回りが騒がしくなってきた。


「新進気鋭の商人である貴方の才を見込んで我が家の一翼を担う存在として…」


「ミーンでも名の知れた冒険者、ボーヤ殿とお見受けする。早速だが仕官しかんをお望みではないか?実は隠居された我が主人の御子息…リッチサー様は財務大臣を勤めており、その近くを固める騎士爵として…」


「あら、アナタ?名うての商人ですって?なら当家の御用商になりませんこと?きっと商売が安定しますわよ。もちろん売買するは当家のみと限定させていただくけれど…」


「聞けば其方そなたはまだ妻を持たぬ独身ひとりみだとか…?ならば我が領に顔を出してみぬか?我が領は美人が多いと有名だ。若く氏素性うじすじょうもハッキリとした配下のしかるべき娘を紹介するぞ。それこそ二人でも三人でも…。どうじゃ、儂と共に来るな?」


 ある家からは手紙で…、またある家からは使者が来た。他にもシャンプーや化粧品を買い漁る御婦人から…、時には先代当主が自らやってくる事もあった。あの手この手で僕との接点を持とうとしてくる。…いや、僕というよりは僕の持ち込んでいる商品に…だろうか。


 騎士として雇うと言われても僕は剣の稽古をした事もなければ馬にも乗れない、そんな僕が騎士になっても何の役に立つと言うのか。他にも商品をどこでどう売るかなんて自分で決めたいし、どこかも分からない土地に連れていかれて会った事もない人と結婚しないかと言われても正直なところ困惑するばかりだ。大方おおかた、家臣という地位に置いて一定の俸禄ほうろくを与えて後は働かせ放題…。とにかく品物を提供させ自分たちの良い生活に用いるか、他領に売るなどして財貨を得たいのだろう。


「はあ…。歌劇が上手くいったり品物がよく売れたり、料理の評判もこの上ない…。ゴクキョウさんの新しい宿屋も上手く行きそうだし、ミーンの観光産業にも良い影響を与えそうなのになあ…。これじゃ、僕自身が商売ができないよ…」


 僕は近づいてくる遠慮の無い誘いから避難するように逃げ込んだ冒険者ギルドでため息をついた。



 きっかけはあの老紳士…、その名をミトミツクさんというのはだがその方が発した発言だ。


「もしや貴方はナタダ子爵邸で夜会の時におられた方ではありませんか?」


 この一言により僕が先日の子爵邸の夜会で料理や演出面でプロデュースをした事、ガラス製の鏡を贈った事が知れてしまった。夜会の後に良い仲だったシルフィさんと駆け落ちして町から姿を消した事になっていたがまた町に戻ってきたようだ…、近隣の貴族間にそんな噂が流れていたが先日の夜会に参加していたというミトミツクさんが僕の顔を覚えていた事で再び僕の話題が出始めた。これがただの町衆による噂話なら良かったのだが、ミトミツクさんというのはなかなかに高貴な御方らしい。


 なんでも隠居した先代の公位こういにあった方だという。公というのは爵位ではなく尊称で、王と同格であり公と呼ばれるというものだそうだ。


 それゆえ公爵よりも上位の家格であるのだが、同格といえども国の指導者たる王の立場は立てなければならない。ちなみにミトミツクさんは先々代の国王陛下から見て末弟に当たるそうだ。つまり今の国王陛下のお祖父様の弟、王からすれば同格とはいえ年長者は敬わねばならないしミトミツクさんにしても王を立てねばからない。ましてや王族の中でも最長老的なポジションであり、当代の王様からすれば色々と自分の政策を打ち出したい…。


 でも、ミトミツクさんには王族の中の代表というか御意見番ごいけんばんみたいな感じで王様としても一々お伺いを立てねばならない、だけど親政をしたい王様からすれば煙たい存在…。だからミトミツクさんは隠居したのだが、その声望は衰えを知らず聞こえてくる噂だけでもなんとなくだが複雑なお立場というのが感じられる。


 さて、話を戻そう。そんなミトミツクさんの記憶に残っていた僕、別に直接話した事はなかったけどミトミツクさんの記憶に残っていたというのが評価されたらしい。王族の中でも一目も二目も置かれていて、各地の貴族や名士たちとも幅広い人脈もある。そんなミトミツクさんの目に留まった、そして王室の宝になってもおかしくないような装飾が施されたガラスの鏡を贈り金貨を積まねば口に出来ないような美酒ワインを饗した。


 そして夜会での様々な料理を…、さらには某伯爵令嬢が料理を食い荒らすのを阻止するのに急遽きゅうきょ料理を始めた。しかも招待客の目の前でやるというのは前代未聞であったらしく、さらには調理の最後に高価な砂糖を…しかも雪のように真っ白な砂糖を遠慮なんかせずにばらまくように振りまいた。その砂糖だけでも何枚の金貨が飛ぶか…いや、そもそも入手が出来ない。


 この世界で高値で取引される砂糖、そんな高級品である砂糖は茶色い物なのだ。しかもあの白い砂糖は茶色い砂糖をはるかに上回る強い甘さがあった。もしあれを持っているのなら…いや、持っていなくても作り方を知っているのなら…。もし、白い砂糖を持つ事が出来れば大きな経済武器となる。だから熱心に誘ってくるのだろう。


「しかし…。今はまだ騒がしいだけだが…、場合によっては強引に来るかも知れない…」


「ちょ、ちょっと…。脅かさないで下さいよ、ウォズマさん」


 今日、護衛についてくれているウォズマさんが呟くように言った。逃げ込んだ冒険者ギルド、これからどうしたら良いかを相談する為に今はギルドマスターであるグライトさんの部屋にいる。そこで出てきたのが先程のウォズマさんの発言、慌てた僕が助けを求めるように対応したのだがウォズマさんの顔は真剣そのもの。冗談ではないのだろう。


「領の場所によっては常に窮乏している所もあるだろう。そんな領にとってゲンタ君の品々は魅力的だ。なんとしても手に入れたいはずだよ。それこそ硬軟使い分けて、強引に来るかも知れない」


「ああ、だから仕官の誘いだけじゃなく嫁の面倒見るぞ…、なんなら二人でも三人でも…みてーな話を持ってきた訳か」


 ウォズマさんの横で腕組みしながら聞いていたナジナさんが言った、きっとそうだろうねとウォズマさんが応じる。


「だけどよ、どうする?向こうさんの中には兄ちゃんの名前もちゃんと調べもせず誘いの使者を送ってきてるのもいる。俺が先だ、ウチが先だと兄ちゃんを誘うのを焦ってたりするんじゃねえか?」


 ナジナさんが心配そうな顔をして言った、それを腕組みした

ギルドマスターが思案顔で応じる。


「そうだろうなァ…。新人ルーキーが子爵家のお嬢サンの教育係をしてるのも調べりゃすぐに分かる事だ…。しかし、それを知ってもなお誘って来てるんだ。おそらく何がなんでも連れて帰りたい…ってトコだろうな」


「僕はミーンを離れたくはないのですが…」


「俺たちだって兄ちゃんにはどこにも行ってほしくねえよ」


 ナジナさんがそう言うと他の皆さんも頷いた。


「しかし…難しいところだね。貴族も貴族で本気だろうから…、それが自分や自領の利益になるとなればなおさら…。それこそ役職や品物の取引、今回みたいに女性を目合わせるなどと色々な好餌こうじを向けてくる…。それにどう対処していくか…」


「いや、まずは当面の事だろ?連中もゴクキョウの旦那の宿屋にずっといる訳じゃねえ。まずはそこをしのぐなりかわすなりしねえと…」


 ウォズマさんとナジナさんが自分の事のように話し合っている。


「いや、本人はいなくとも家臣を残して勧誘を続ける事も考えられる」


「ならよう、どうすりゃ良いんだよ?」


 解法の無い問題に直面したかのようゆナジナさんが言った。


「ゲンタ君はどこにも行きたくはない、別に仕官はしたくない。ましてや顔も知らない相手と婚姻する気はない訳だし…」


「うーん、どうやってもう全て上手くいくってワケにはいかなそうだな」


 色々な意見が出る中、腕組みしたギルドマスターのグライトさんが口を開く。大事でもなければ現場に出る事のない彼だがその逞しい腕や胸板は頼もしい事この上ない、スキンヘッドに口髭を生やしている事もありドッシリとした印象を受ける。


「ちょ、ちょっとグライトさん!」


「マスター、あなたがそう言ってしまっては…」


 僕は慌ててグライトさんに応じた、僕の隣に座っていたシルフィさんも思わずといった感じで口を開いた。しかしそれに構わずグライトさんは言葉を続けた。


「要は仕官も取引の誘いにも乗る気はない、顔も知らねえ奴を嫁にする気もねえしミーンから離れる気もない…。そんでもって時も場所も問わずにやってくる奴に応対すんのも面倒だ…ってのが今の悩みなワケだろ?」


「ま、まあ、そうなりますね」


 ざっくりとまとめたグライトさんの言葉に僕は頷いた。


「だったらよ…。新人ルーキー、シルフィ」


 グライトさんは組んでいた腕を解いてグッと身を前に乗り出した。


「はい」


「なんでしょう?」


 名前を呼ばれた僕たちがグライトさんの次の言葉を待った、そしてグライトさんから出た言葉は…。


「お前たち、結婚しろ」


 次回は階級制度、公についての設定を書きます。それをはさんで第634話になります。よろしくお願いします。

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