第63話 ぶどうゼリー。こうかはばつぐんだ!
ガントンさん一行がマオンさん宅の庭の片隅に野営をして住み込み建築を請け負ってくれた翌日、実際の建築作業を始める前の早朝の時間帯に僕とマオンさんはゴントンさんを同伴い冒険者ギルドに向かっていた。
僕とマオンさんはパンの販売、ゴントンさんはここミーンの町に来たのは初めてなのでこの町でも活動出来るようにミーン冒険者ギルドに活動場所の追加登録をしに行く為である。
「それじゃ、マオンとゲンタの坊やはパンさギルドで販売しているだか」
僕はガントンさんやゴントンさんから『坊や』と呼ばれる事になった。最年少の弟子であるベヤン君と同い年である事を知った為だそうだ。
なんでもエルフにはかなわないがドワーフもまた長命の種族で、その寿命はだいたい百八十〜二百歳。ここ異世界では一般的に十五歳が成人年齢とされているのだが、ドワーフの考え方で言えば僕やベヤン君はまだまだ小僧っ子でしかない。
地球の…、というか日本で考える人間の寿命の感覚で言えば九十〜百歳まで生きると考えた場合、同じ割合なら九歳か十歳か…。うーん、確かに感覚としては分かるんだが…、坊やかあ…。
「そうなんだよ!おかげさまで冒険者たちにも好評でね、連日売り切れだよぉ!」
マオンさんが嬉しそうに話している。
「そうだべか!あんな歯応えがあって食った気になれるパンはなかなか無えだ!だが、それだけじゃ少し寂しいべ?肉サ焼いだり、汁物なり調理えたりしねえだか?」
「それがねえ、聞いておくれよ!ゲンタのパンは肉とか甘い物とか一緒になってるんだよ!」
「な、何!そっだらパン、俺サ聞いた事が無えだよ!」
ゴントンさんが目を丸くして驚いている。
「では、後ほどお譲りしましょう」
「うほっ!」
そんな事を話していたらギルドの裏口に到着した。
□
今朝のパン販売も無事に完売御礼。僕たちがパンを販売している間にゴントンさんは冒険者登録の活動場所の追加を完了していた。
そこで今日はいつもの受付嬢の三人に僕とマオンさん、そしてゴントンさんを加えて朝食を囲んでいた。
「それにしても驚えただなや!坊やのパンがこんなにも大人気で、それもこんなにも美味えのなんのって!」
むおっむおっ、ドワーフ独特の食べ物のかき込み方なのだろうか、夢中になってゴントンさんがパンにかぶりつく。マヨウインナーのパンとハムカツサンドロール、ドワーフの方には肉を使った物が良いかと思ってのチョイスだった。
「ああ、そうさ!これはもうミーン冒険者ギルド名物と言えるぜ」
「男女も、種族の垣根も越えて必ず何か好みのパンが見つかる。人族もエルフもドワーフも…、こうして笑顔で朝食を囲めるのですから」
マニィさんとシルフィさんがゴントンさんの言葉に続く。
「本当にねえ…、ゲンタのパンはまるで魔法のパンだよ」
ジャムパンを嚙りながらマオンさんが呟く。
「みんなを笑顔にしてくれますぅ」
これまたジャムパンを嚙りながらフェミさんも続いた。
僕はそんな様子をサクヤとカグヤにジャムパンを小さく千切って渡しながら聞いていた。あ、そう言えば…。
「皆さん、匙は今お持ちですか?」
「え、ああ、持ってるぜ!」
そう言ってマニィさんはフットワーク軽くカウンターから食器類を取ってきた。フェミさんシルフィさんの分もだ。見ればマオンさん、そしてゴントンさんも取り出している。
そう言えばマオンさんは木製のコップを持ち歩いていたっけ…。もしかすると異世界では食器類は持ち歩くものなのかも知れない。
「ところでどうしたのさ、ゲンタ。急に匙だなんて…」
「ええ、先日カグヤと初めて会った日に葡萄ゼリーの話をした時に興味がお有りのようだったので…」
ずいっ。言葉こそ無かったが、椅子に座ったシルフィさんがやや身を乗り出したのが視界の隅に映った。フェミさんやマニィさんは甘いぶどうが食べられる展開に喜色を浮かべているが、シルフィさんは普段通りの冷静美人のままだがその体は期待にうずうずしているようだ。
「ただ、数が少ないので二人で一塊を分け合って食べていただく感じになりますが…」
そう言って僕はバーベキューとかでよく使いそうな紙の皿にぶどうゼリーを出した。黄緑色のゼリーにぶどうの果肉が入った物だ。どうやらマニィさんとフェミさん、マオンさんとシルフィさんでコンビを組むようだ。必然的に僕とゴントンさん。そしてサクヤとカグヤに…。
「へへへ!オレたちも買ったんだぜ!」
そう言ってマニィさんをはじめとしてフェミさんシルフィさんも先割れスプーンを出した。
僕は分けやすいようにもう一組ずつ紙の皿を出し皆に配った。…だって一つの紙皿で僕とゴントンさんが分け合いながらゼリーを食べる絵面はちょっとねえ…、フェミさんとかがキャッキャウフフしながら食べるのは微笑ましいんだけどねえ…。
ちなみにサクヤとカグヤは一つの皿のままで良いようだ。
「綺麗ねえ…」
「宝石みたいだぜ」
ゼリー部分を興味深そうにフェミさんとマニィさんが見つめている。一方、シルフィさんは真っ直ぐにゼリーを見つめおもむろに口に運ぶ。
「本当に…甘い。こんな大粒で…。素晴らしいぶどうです」
「凄いとは思ってたけど…、エルフの嬢ちゃんが言うなら間違い無いね」
こちらはシルフィさんとマオンさんのコンビ。これまた満足そう。
「俺は驚えただ!ぶどうって葡萄酒になるあのぶどうだべ!?酸っぱいか苦味いか…、そのまま口にする物じゃ無えだ!生のまま食うなんて、そっだら事考えもしねえだ!」
「私も驚いています。世界広しと言えどもこのようなぶどうなんて…。葡萄酒にして初めて口に出来る…、古の人の叡智がそれを可能にしたと思っていましたが…」
ゴントンさんとシルフィさんの言葉がこの世界のぶどうの現状を物語る。渋柿のような物かな、干し柿にする事で渋みが抜け食べやすくなる…みたいに。
そんな事を考えていたら、不意に手を握られていた。両手で包み込むような…、滑らかな感触の細い指先。
「ゲンタさん、貴方は素晴らしい方です」
それはいつの間にか僕の横に来て真っ直ぐに僕を見つめるシルフィさんだった。
□
絶世の美人シルフィさんに、手を握られながら真っ直ぐに見つめられるというご褒美タイムだったのだが、
「あー、こりゃシルフィの姐御、旦那を堕としに行ってるぜー」
「ゲンタさんも満更でもなさそうですぅ」
というマニィさんフェミさんのはやし立てる声に我に返ったシルフィさんがパッと手を離し『す、すみませんッ!』とすぐさま距離をとってしまった。
「かーッ!姐御はなんでそこで引くかなあ、あと一押しだろ!ゲンタの旦那を物陰にでも連れ込めば襲える所だったろー!」
「もうっ、マニィちゃん。そんな本当の事言っちゃダメだよう〜」
二人とも笑顔で中々に凄い事を言っている。
その瞬間、シルフィさんが陽炎のように揺らめくとその姿を消した。そして次の瞬間、悪ノリしていたマニィさんとフェミさんの後ろに姿を現した。まるで瞬間移動だ!
そして音も無く首筋に何かを当てがう。
「何か…、言った?」
きらり。首筋に当てた何かが冷たい輝きを見せた。
「な、何も…!す、すまねえ、姐御!つい調子コイちまって!」
「わ、私も!恋路とか中々縁が無くて…、つい出来心で…」
一瞬にして二人の背筋がピンと伸び、緊迫した声で謝罪を申し出る。なんとなくだが普段は勝気なイメージのあるマニィさんも、のんびりした口調のフェミさんもキャラが変わったようにすっかり縮み上がっている。後ろを振り返る事すら出来ないようだ。
「さすがは『迅雷』、見事な『光速』だべ」
この非常時にも関わらず、ゴントンさんは悠然としている。
「迅雷?」
僕はやっとの事で聞いた言葉を疑問形で鸚鵡返しする。
「んだ。あの娘っコは『迅雷』の二つ名持ちの冒険者に違いねえべ。『光速』ちゅうのはその『迅雷』の得意技だべ。光の精霊の力を借りてな。光は音も無く、目で追えねえ速さだべ。その力サァ、自分の動きにサ取り入れて動ぐんだ」
ゴントンさんがパンを飲み込み、緑茶をグッと飲み干す。
「ぷっはぁ〜、美味がっただあ。けんどよう…」
どちらかと言えばのんびりとした口調のゴントンさんだが、今は少し声が低くなり真面目な口調になる。
「名前を聞いてもしやと思っでたけんど、間違い無かっただな。『迅雷』のシルフィ、こっだらトコで会えるとはな」
マニィさんたちの首筋に何かを当てがいながら、チラリと視線をゴントンさんに移しシルフィさんが応答える。
「このような姿勢で挨拶する非礼をお許しください。この世に断ち切れぬ物は無しと謳われた『剛断』のゴントン…。その勇名は常々…」
「俺はそんな立派なモンじゃねえだ。斧振るしか能がねえ田舎ドワーフだべ。そんな立派な二つ名ァ、小っ恥ずかしいべ」
照れたようにゴントンさんが応じた。
どうやら二人とも相当名のある冒険者みたいだ。そんな強者同士、何か通じ合うものがあるのか早くも互いを認め合ったようだ。
何とも言えない空気…、具体的には縮み上がってしまっているマニィさんとフェミさんのものだが…そんな空気を他所にシルフィさんとゴントンさんのある種の和やかな邂逅が成されたのだった。




