第62話 ドワーフ一行、住み込みで働く&ざまあの種
こーん、こーん、こーん。
えーいやさ、こーらさ。
「呼吸を合わせて引っ張れ!一気にいくぞ!」
あちらでは木材をつなぎ合わせるゴントンさんの槌の音、芯柱(大黒柱)を立てる為に引っ張る弟子たちの掛け声、そして彼らに指示を飛ばすガントンさんの声が響く。
昨日、遠くの地にも文字通り一気に『飛んで行ける』ドワーフ大砲の砲弾の着弾により大穴が開いたマオンさん宅の庭。あの後、互いに自己紹介をした僕たちだったがゴントンさんは平謝り。今まで飲んだ事がないような美酒(芋焼酎)に居ても立ってもいられなくなってしまい、ベヤン君を無理矢理ドワーフ大砲に押し込みすぐさまミーンの町に向けて射出したのだと言う。
ベヤン君…、ドワーフの弟子たちの中では最も年少で僕と同じ十九歳だと言う。今までベヤンさんと呼称していたが、互いに同い年という事もあり『ベヤン君』『ゲンタ君』と呼び合う事になった。
そして、予想通りというか夜はやはり宴会だった。
なんでも森で木を伐採っていたら、猪と出くわしたのでついでに狩猟し毛皮や牙は冒険者ギルドに納品し、肉は持って帰って来たのでそれを焼いて食べる事になった。
分厚く豪快な、マンガとかでしか見た事がないような極厚ステーキ肉のようにカットして、鉄板でワイルドに焼くのだそうだ。
「昼間、酒も酒肴も馳走になったからのう!ワシ等にも矜持がある。今度はワシ等の番じゃ!じゃが、あの美酒と向こうを張れるような良い酒は見つからんでのう…」
少ししょんぼりとしてガントンさんが言ったので、気にしないで下さいと告げ芋焼酎と、アルコール25度の4リットル入りお得用焼酎を出した。それと、ステーキ肉をカットする際に出た端切れ肉をもらった。
端切れと言ってもそれなりに大きさがあるので、食べたら歯応えがありそうだ。猪は豚の祖先と言うか、元になった生き物。同じように考えていけば良いだろうけど、野生の肉だ。ジビエ料理を出している店に密着したテレビ番組があったが、その時店主の方が『ジビエは臭いとの戦いです』と発言していたのを思い出したので、ガントンさんに塩と胡椒を渡し『是非使って下さい』と言ったら目を丸くして驚き、何度も『本当に良いのか?』と聞いてきたが遠慮しないで下さいと伝えたところ大変喜んでいた。
一方で僕は端切れ肉に軽く白胡椒(粉末)とナツメグを振り、臭みをとる。あ、ナツメグも役に立つかも…、これもガントンさんに『これも肉に合う香辛料ですよ、お好みで使って下さい』と渡す。それから肉をボウルに移し、バエラの焼肉のタレ白金の味を入れて揉み込んでいく。
「何をしているんだ?」
僕のしている事に興味を持ったのか、手元を覗き込みながらガントンさんやゴントンさんが質問いてくる。
「これは『揉みダレ』と言って肉に味を染み込ませたり馴染ませたりするもので…、こうやって文字通り肉に揉み込んでやります」
「ふむう…。揉み込んで味をのう…。そんな事は考えもしなかったわい…」
「オ、俺も…。だどもよう…、そりゃあ美味えのか?」
「僕は好きなんですけども…。お口に合えば良いのですが…」
「愚問だ、弟よ。あの美酒を惜しげも無く出す男のする事だ…。不味かろうはずがない」
そんな中、マオンさんと僕、ガントンさん兄弟と弟子たち一行の宴会が始まった。ちなみに焼肉のタレはドワーフたちにもマオンさんにも大好評だった。
「塩と二つの香辛料を使ったこの肉も絶品だが…、この揉み込んだ肉もまた…」
「あ、兄貴ィ、俺はこのタレを揉み込んだ肉に勝る味を食った事が無えだ!」
「自分はこの塩と香辛料が何とも…、胡椒も素晴らしいですが多分コレはもう一つの香辛料が…。肉の甘み…そして香りまで甘くしているでアリマス!」
「どっちも美味いでやんすー!」
ガントンさん兄弟もお弟子さんたちも喜んで食べている。マオンさんも『こんなの食べた事ないよ』と満足している。
そしてまた、ファミリーサイズの横長のパンを切り分けながらドワーフたちは凄い食欲を発揮している。
「酔う前に話しておきたい…」
ガントンさんが唐突に話し始めた。
「ワシらをここにおいてはくれぬか?」
□
ガントンさんによると、僕の出した酒や料理が彼らの胃袋を掴んだ事。特にパンが良かったらしい。買ってきた僕からすればお得用サイズの非常に安価な物だが、彼らには素晴らしい物に感じるらしい。
「柔らかいがこの端っこ…、いわゆるパンの耳にはしっかりと味がつまり歯応えもある。これは良いパンだ!」
「んだ!兄貴の言う通りだべ!むしろ耳だけのパンが有れば俺は何の言う事も無えぐらいだべ!」
「それにあの井戸周りの石細工だ。ありゃあ一体何だ!?一つの石を削り出した訳ではあるまい。しかし、あのような複雑な形を作る事が出来ておる」
「造りサ、まだまだ歪な所もあるがあんな凄業見た事が無えだ!」
「あ、アレは僕がやりまして…」
「なんと!?お主がか!?」
ふむう、ガントンさんが唸るような声を上げ考え込み始めた。
「兄貴はよう…、ドワーフの石工だべ。あれほどの石の細工を見せられては黙ってなんかいられねえんだべ」
ホームセンターで買ってきた砂とセメントを使ってアレになったんですけど…。素人の僕の日曜大工的な奴で…。
「ここはワシの知らぬ事に満ちておる…。ワシはそれを知りたい!無論、タダとは言わぬ。この家の普請、引き受けさせてもらう」
「ちょ、ちょっと待っておくれ!ありがたい話だけどさ…、儂には到底ドワーフの棟梁に支払えるお足(給金)なんて無いよ…」
「安心せい、マオン。こちらは教えを乞う身だ、給金など取れる立場ではない」
「でも、暮らすには金はいるだろうに…」
「なに、それも心配はいらぬ。何日かに一度休みを貰えれば…。森で木を切るなり猪でも狩るなりすれば小遣い銭くらいはすぐじゃ」
「でも、ドワーフはよく飲みよく食べるんだろう?小遣い銭ぐらいじゃ酔う前に酒代が尽きちまうよ」
マオンさんが心配そうに言う。
「そこでじゃ…」
ガントンさんが僕に視線を向ける。
「この透明な強い酒と食いでのある大きなパン。若えの、コイツをワシ等に毎日差し入れちゃくれねえか?」
□
こうした経緯でガントンさん一行はマオンさんの家の敷地に居候する事になった。僕の用意するのはファミリーサイズの食パンに、4リットルの大きな焼酎を二本。
これを毎日用意する事。日本円にしたら五千円もしないぞ…。そんな金額でドワーフの職人集団を雇ってしまって良いのだろうかと若干戸惑っていると、この異世界では酒と言うのはそれなりに高価らしく品質にも当たり外れがあるらしい。
香り付けの為か、腐敗対策か…、薬草などを入れて仕込む麦酒は物によっては『薬臭い』などと言われるが、それでもそれなりの金額がする。
しかし、ガントンさんによるとこの焼酎はそんな外れのエールのような嫌な匂いもしないどころか、ドワーフも大満足の強さがあると言う。いわゆるアルコール度数の事だろうが、エールではアルコールの強さがあまり無く酒に強いドワーフ族が満足するには何杯も飲まねばならない。それをこの焼酎は嫌な臭いもせず飲める…、『これこそ美酒よ』ガントンさんは満足そうに語っていた。
「分かりました。こちらとしてもありがたい限りです。でも…」
僕には気になる事があった。
「良いんですか?確かガントンさんは大きな商家の家屋敷の建築の為に来たのでは…」
「よいよい、元はと言えば弟子たちの経験の為と請けたものでもあるからの…。それにの…」
ぐっと芋焼酎を呷ってガントンさんは続ける。
「資材が集まらぬのは向こうの手落ちじゃ。商家であればなおさらじゃ、仕入れも満足に出来ぬようではな…。それに一度、契約を反故にして五日後に来いと言ったのは向こうよ、そしたら新たに契約してやるとな。ならば行かなければ良いだけの話よ。それにあれだけの広さに高さ…、家屋に店に倉庫…、用途も工法もそれぞれ違う。それに合わせた建て方をするのにまず大切なのは土台じゃ。それだけに下地造りは肝要よ。ドワーフの石工たるワシ等無くしては満足のいくものはそうそう組めまい」
「応っ!石だけじゃねえだ!後になっだら外すけんどよう、木枠も大事だぁ。それを駆使して一切の隙無く石を組むだ!木と石、そして土、その技を知るドワーフだからこそ出来る事だべ!」
ゴントンさんも続く。
「安心せい、ワシ等ドワーフ始めた仕事は終わるまで離れる事はないわい!もっとも不義理な者の契約など受ける気はないがの!」
ニヤリ、立派な髭を蓄えたガントンさんはそう言って微笑んだ。
□
時を同じくして…。
とある商家…。ここはガントンたちを呼んだ商人の住む家である。その家主たる主人は一日の報告を受けていた。
「…それと旦那様、本日ドワーフの職人の一団が参りましたので資材の納入の遅れを理由に一度契約を打ち切りました。五日後に再度契約の為、訪れるようにとお言いつけ通り申し付けておきました」
「ああ、それで良いよ。工事が止まってる間の要らぬ金を支払ってやる事ぁないんだし。それにドワーフってさ大酒飲みなんだろ?酒代だけで金もすぐに尽きるんじゃねーの?そうなりゃさ食うに困って五日後には『安くとも良い、どうか雇ってくれ』と泣きついてくるんじゃね?そこを買い叩けば良いじゃん。ドワーフの名工を安く使ってさ良い物作らせる、払う物は少なくして良い物を入手。これぞ商人のあるべき姿だろ。買い叩くんだよ、青銅貨の一枚だって値切れる物は値切ってさあ!」
「はっ!旦那様の御慧眼、感服いたしました」
「まーね。次に来た時はさらに強気で応じんだよ。俺が拾ってやる…、そう俺がドワーフどもを拾ってやんだからさあ、ヤツら奴隷みたいなモンだろ」
自らの名案に気を良くしながら、浮くであろう工事予算にほくそ笑む商人の姿がそこにはあった。
五日後、ドワーフの職人たちが来ないとは夢にも思わずに…。




