閑話 怒りの王は不死を得る
翌朝、山奥の強国カイサンリの王として新たに即位したハルノーシンゲンは井戸の底に落ちた父であり討とうとした相手…ゲロートポイオスの遺体がない事に驚きを隠せずにいた。
「しかと探したのか?水の中に沈んでいるのではないか?」
新王は報告に来た兵士に尋ねる。
「はっ!あの井戸は水の手が切れた古井戸にございます。明かりを持って底まで潜り探しましたが…その…」
「その…、なんだ?はっきり申せ」
「ははっ!古井戸の底には何体かの白骨がございました。しかし…、それ以外には何も…」
「…ふむ。分かった、追って沙汰する。大儀であった」
「ははっ!!」
兵士が立ち去っていく。
「兄上…」
傍に侍しているコーテンキューが兄に声をかけた。まだ十五にはなっていなかったが国内の統治を底堅いものとする為、新しく王となったハルノーシンゲンは弟のコーテンキューに成人の儀を執り行わせると同時に公爵位と副王の肩書きを与えていた。しかし、公爵位こそ与えたが領地がすぐに与えられる訳ではない。すでに各地域には領を治めている貴族たちがいる、それを押しのけてまるで自分のポケットマネーをひょいとやるように領地をくれてやる訳にはいかないのだ。それゆえ副王の肩書きである、王家としての直轄領を共に治め戦となれば副将のような役目…それを次弟に与えたのだ。ゆくゆくはカイサンリの中でも敵国からの守りの要になる所か、あるいは最前線ではなくとも交通の要衝でも任せて自国の第二の軍を率いる立場となって欲しいと期待している。
「白骨だけとは…、兄上の炎の魔法により焼き尽くされたという事でありましょうか?」
そのコーテンキューが兄王ハルノーシンゲンに問う。君臣のけじめを何より重んじ陛下と呼んでいた次弟に対し兄は今まで通りの呼び方で良いと伝えた。兄は炎を、弟は水の属性を得意としていた。相剋の関係ではあるが兄弟仲は良かった、何よりコーテンキューは分を弁えている。そんな人柄と実力を兄は一番評価していた。
「それは無い」
ハルノーシンゲンは最大の信頼を置く弟に応じた。
「とどめまでは刺せてはいない、致命傷ではあったかも知れないが…。父は優れた魔道士…、それは疑いようがない。何より俺とは踏んだ場数が違う。暴君ではあるが、こと戦に関しては凄まじい。俺の知らない魔法防御の手段があるやも知れない」
討ちもらした…、その可能性は否定できない。だからハルノーシンゲンは首を取りたかった、古今東西…そうする事が決定的な戦の勝ち負けを知らしめるものだと感じていたから。…だが、何日か過ぎたがやはり父王の遺体は見つからない。判別がつかないがやはり古井戸のそこにあった白骨のひとつがそうなのではないか…、そんな声も聞かれるようになった。なによりあるか分からない不安で国内を動揺させるのは良くない、それゆえハルノーシンゲンは早急に手を打つ事にした。
すなわち、父を国外に永久追放したと…。
……………。
………。
…。
その頃…。
「おのれ…、ぐぐ…。ゼイゼイィィ…」
嫡男の放った炎の魔法により致命傷に近いものを食らったゲロートポイオスは古井戸の中にいた。とうの昔に水が湧かなくなった井戸、だが採水の為だけにこの井戸があった訳ではなかった。
「よくも…、この余を…。憎い…、憎いィィ…」
古井戸の底…、その一角の奥に隠し部屋があった。壁面を石で補強した空間…、ゲロートポイオスの残り少ない命のごとく魔力によって生み出された明かりは頼りないものであった。
王の私室からも近く水が出なくなったこの枯井戸に新たな役割を与えたのである。…すなわち、抜け穴である。カイサンリは山国、鉄をはじめとした鉱石の採掘は盛んでその土木技術は他国よりも抜きん出たものがあった。その技術をもって施された古井戸の底の隠し部屋、危急の際にはここから城外へ落ち延びるのである。それを知るのは代々の王のみ…、この事はまだ立太子の儀も行ってすらいなかったハルノーシンゲン王子も可愛がっていた第二王子コーテンキューにすら教えていない。完全に自分だけがしる場所であった。
隠し部屋にはネズミや虫が湧くから食料の類は無い。だが、再起を図る際に必要となってくる金銀が蓄えられていた。中には白金までもある、その無垢なる美しさはゲロートポイオスの頼りない魔法の明かりにもキラキラと輝きを放っていた。
「ぐふっ…、かひゅ…ゼハァァ…」
炎の槍に胸を貫かれ胸が文字通り焼けるように痛い、呼吸がとてもつらい。おそらく炎の魔法を受けた片側の肺が使い物にならなくなっているのだろう。山奥の小国カイサンリを一代でまとめ上げその版図を広げ強大な国へと押し上げた一代の傑物も今や国の全ての者に裏切られ、さらには受けた傷傷に対し誰の助けも期待出来ず手当の手段もない彼はもはや緩慢な死の足音を聞いている他はなかった。
唯一、自分に刃を向けなかった道化者はとうに意識は無い、逃げ込んだこの場所の地面に横たわったままだ。生きているのか、死んでいるのか、ゲロートポイオスにはどうでも良い事であった。そんな時、耳をすませば古井戸の底を動き回る物音がする、おそらくは新王の…息子ハルノーシンゲンに命じられ自分の遺体を探している兵士どもであろう。悔しさに気が狂いそうになる。
「…代償はみずからの魂の破滅」
ゲロートポイオスはポツリと呟いた。老いを感じてからひたすら求めた若さ…、罪人の…それだけではない罪を着せた者たち…さらには若さの他に美しさもあった娘たち…数多くの者たちを捧げてきた。だが、どれもこれも狂った王の渇望を満たす結果にはならなかった。
「座していても死ぬるのみ…、ならば…ならばァッ…!!」
みずからを儀式の代償に…、生贄とするしかない。散々若さや力を求めてきたゲロートポイオスだが自身を生贄とするのはした事がなかった。当然である、自分は高貴な王族だ。生贄などというものは下民にでもさせておけば良い、そう考えていた。
「ぐぬ…ウォォッ…!余の…、余の命を捧げる!肉の一欠片…髭の一本…、血の一滴まで持ってゆけい!!足らねば…、足らねばもっとくれてやる!!この国の…、余に刃を向けし全ての者の首…、必要とあらば並べて全てくれてやる!余に…、余に不滅の若さを…!この恨み晴らす力を…、余に与えよ!!このままではッ、このままでは死んでも死に切れんッ!!」
王は変わった、みずからの命を…魂を…全て差し出した。恨みを込めて、さらには刃を向けた息子や家臣…顔を見た事もない幾多の領民までもこれから先に生き続けるのであらば代償として差し出すと…。望んでいた老いから逃れる為、さらには無限とも言える恨みを込めてただひたすらに闇の魔力を練り上げた。
「ぐ…ぐぐぐぐっ!!!…がはあァァッ!!」
ゲロートポイオスの口から、そして胸に空いた傷から激しく血が吹き出した。飛び散る血が隠し部屋にある金銀財宝を汚していく。そしてバッタリと積まれた白金の上に仰向けに倒れた。
「……………」
ゲロートポイオスは息をしていなかった。目を見開き激しい恨みのこもった表情、鉄で作った仮面のようにその表情は硬く固まっている。隠し部屋には物言わぬ二人が転がっていた、冷たい地面に転がってゲロートポイオスの死体からだんだんと生前の温もりが抜けていった…。
どのくらい時間が流れたのか、完全にゲロートポイオスの体から完全に温もりが抜けた時…風船から空気が抜けるようにゲロートポイオスの死体が萎んでいった。ペラペラの皺だらけの皮だけになりボロボロになった衣服と相まって質の悪い敷き物のようだ。そんな皮ばかりになったゲロートポイオスの死体がムクリと上体を起こした。まるで皺だらけのペラペラな紙人形がホラー映画を撮影しているようだ。
「……………」
ぎょろり…、ゲロートポイオスは無言のまま目玉だけを動かした。隠し部屋の中を視線だけを彷徨わせる。クックッと死体が笑い始める。
「…確かに死体は老いぬな。不覚であったわ…、あの憎きハルノーシンゲンだけを未熟と笑えぬ。確かに若さを保ち、さらなる力を得る為には死を超えるのが手っ取り早い。意図してはおらなんだがみずから不死者になった事で余の願いが叶うとはな…」
皮だけになったゲロートポイオスが自嘲気味に呟くと同時に再び激しい恨みの表情を浮かべ始める。
「だが、今はただ死を超越したのみ。現在の余には大した力を振るう事は出来ぬ…。力を蓄えねば…、雌伏せねばならぬ…。待っておれ…下郎ども、必ずや一人残らず屠ってくれる!…ぬう?」
「…ひょ。……う、あうう…」
声のした方…、ゲロートポイオスは地面に転がる頭部が割れ全身が焼けただれた小男を見た。まだ死に切れていなかったらしい。
「まずは決して背かぬ駒でも作っておくか…。また捨て駒の役にくらいは立つであろうからな」
そう言って生前得意としていた闇の魔法を唱え始めるのであった。
「道化…、…苦しゅうないか?…口惜しゅうないか?」
「う…、く…や…し……い……」
意識もロクにない中でパジャソは王の問いに無意識で答えているようだった。ニヤリと笑いゲロートポイオスは再び問いかけた。
「ならば余に続いて不死者になるのだ。されば復讐もかなうであろう、憎き者どもに死をくれてやれ」
「ひょ…。な、な…る…。こ、ころ…す…」
「よいぞ…。貴様にも闇の…、余から褒美をくれてやろう。その身が崩れてもまだ敵を討つ、使える駒となり永らく余に尽くすがよい」
そう言うとゲロートポイオスは赤黒い気味の悪い魔力を半ば損壊している額のあたりからパジャソに流し込んでいくのだった。




