閑話 道化者と王の終焉
ピンときた方も多いかも知れませんがゲロートポイオスやお国柄、その回りの人物は戦国時代の甲斐大名武田信虎をイメージしています。
もっともこんな暴君という訳ではなく、最近では先駆的な考えの持ち主であったのではないかという評価がされ始めている動きもあるとか…。
よく歴史のifを話題とする時に信長と信玄の生まれた場所が逆であったらと言われる時がありますが、私としては信虎と信長の父である信秀が逆だったらどうなったんだろうと思ったりしています。
時は流れた…。
山深い小国なれどカイサンリは精強なり…、ゲロートポイオスが国王に即位した頃はそんな風に言われていた。しかし今は…。
「火をかけよ!!余の軍門に降らぬとあれば遠慮はいらん、砦ごと焼き尽くせ!!人でも馬でも構いはせぬ、根絶やしじゃあ!!」
覇王か、暴君か…、いずれにせよカイサンリを率いるゲロートポイオスは強い王であった。周囲の地域を着実に切り従えていった。戦によって敵の…、そして味方の血も流れる。しかし代償という訳ではないが確実にその版図は広がっていった。ゆえに今はカイサンリを小国と呼ぶ者はほとんどおらず、広大にして精強なる国カイサンリと謳われる事が多くなっていった。
「兵制はこのようにせよ、維持する為の負担は農奴どもに。その他、軍用道の敷設に賦役を設けるのだ」
国が大きくなれば王の権威もさらに高まる。同時に王の野望も、そして尊大な性質も大きくなっていくものだ。その苛烈な性格が外に向いているならまだ良い、その非道ともいえる仕打ちは敵を苦しめる刃となる。しかしそれがひとたび内に向けば逃げ場のない家臣や領民にとっては厄介なものとなる、過酷な負担や刑罰となって降りかかってくるのだ。
確かに王は傑物であった、軍を率いれば勝ちを重ねて支配する地域を広げていく。だが、従う者がみな同じように傑物という訳ではない。末端の兵卒は戦場で傷つき斃れ、遠征の為の物資を納める為に民は窮し喘いでいる。いつしか兵や民の伏しているその顔に疲れとある種の恨みが潜むようになった。
そこに追い打ちとなってたのが王の異変である。きっかけはある時、王が自分の老いを感じた事である。王は人柄はともかく才気には溢れていた、周辺国を切り従え広く覇を唱える…それも可能だと考えていた。だが、衰えは確実にやってくる。最初は気づかない程に密やかに、それがだんだんと目に見える形で…。最近では意識していなくとも老いが忍び寄ってくるのが分かる、まるで自分を狙う肉食獣が背後からヒタヒタと忍び寄りなんなら首元に前脚をかけながらハアハアと息を吹きかけられついるかのようだ。それに心底ゲロートポイオスは怯える、そして逃れる為にあやしげな儀式や人物さえ近づけさせた。中でも領民たちの怨嗟の声を招いたのが…。
「うむ…、準備できておるようじゃな…」
悪名高き血の風呂である。若い女性の肌の美しさ…目に見えて分かる若さというものに王は嫉妬し渇望した。そしてその血を風呂の湯に混ぜ日々の入浴に用いたのである。求められたのは若く美しい娘…、生贄とされた本人や家族が泣いて拒んでも人狩りは行われた。
他にも若返りを望んだ王は様々な手法を取り出した、最初は死罪となる者を使って生贄とし儀式を行った。しかし効果が現れる事はなかった。その為、次第に儀式は大掛かりになっていく。次第に生贄として求められる罪人は多くなり最初は戦争で得た捕虜なども使われていたがだんだんと足りなくなってついには自領の民に罪を着せるまでになっていく。領民は苦しむ、それこそ最初はそれとなく王に伝える者もあった。
「偉大な王に尽くすは当然」
しかし、暴君はそれに応じようとはしない。それどころかどんどんエスカレートしていく。納めるべき税も増え、領民は作物を搾り取られ家臣たちは軍役が増える。負担と不満が国の中に渦巻く、諌める者もいたが怒った王が次々に手討ちにする。次第に言上する者もいなくなった。
しかし、そこに変事が起こる。
嫡男であるハルノーシンゲン王子が反旗を翻したのだ。反乱の気配もさせずに私室にいたゲロートポイオスに迫る。
「う、うぬうゥゥ、痴れ者めェェ…」
気付いた時には目前に刺客となって迫る嫡男に魔道士であると同時に武人でもあったゲロートポイオスだが虚を突かれそう呟くのが精一杯であったという。
「父よ…、いや悪王…覚悟!!」
嫡男ではあったがゲロートポイオスは王太子には指名していなかった。なぜならこの嫡男と反りが合わなかったからだ、反対にその四歳下の次男コーテンキュー王子には親しみを感じ家督を継がせたいと思っていた。
「疾走風ッ!!」
ドンッ!!
王子が地を蹴る音が立つ、その背にみずから生んだ風の魔法をぶつけ目にも留まらぬ速さで暴虐の…父である王に肉薄する。その手に使い手を選ぶ古くから伝わる名剣を持って…、かつてゲロートポイオスが使うのを諦めた伝来の剣である。それが使いこなせた事もゲロートポイオスが息子を嫌う理由になったのかも知れない。
「くっ!?ぬありゃあッ!!」
ブンッ!!
ゲロートポイオスは近くで犬の真似をさせていた道化者…、パジャソを引っ掴んで王子に投げつけた。成年前の小さな体躯は軽々と迫るハルノーシンゲンに飛んでいった。
「ぱぎゃッ」
迫るハルノーシンゲン王子の膝にパジャソは顔面からぶつかりおかしな悲鳴を上げた。人智を超えたスピードで迫っていた王子にぶつかりパジャソの頭部は硬い物で叩かれたトマトのようにグシャリと潰れ血肉を吹き出す。だが、その事が奏功しハルノーシンゲン王子がバランスを崩した、勢いが止まる。代わりに頭を潰されたパジャソがゲロートポイオスの足元に転がってきた。
「新王様に続けェ!!」
刺客は血を分けた嫡男だけではなかったようだ、槍や剣を構えた兵士や近臣までもが突っ込んでくる。
「王とは余だ!なにが新王かァ!!」
ゲロートポイオスは怒りに任せて右手を…、左手を振る。得意の闇と氷の魔法が次々とハルノーシンゲンを王にと担ぎ上げる反逆者どもを屠った。油断していたとはいえゲロートポイオスも一代の傑物である、魔法を唱え腕を一振りする度に幾人も斃れていく。
「あ、あああ…、デーモンだ…魔族だ…」
あまりの強さに兵たちに動揺が生まれ始める。こうなってくれば脆い、たたみかけるようにゲロートポイオスは大喝する。
「下がれ!!下郎ッッッッッ!!!」
「ヒィ!!」
怯え始めた兵卒どもを熊のような大声で怒鳴りつければたちまち混乱に陥る。百戦錬磨の王はそれを肌で理解していた、戦場ではこうして戦わずして勝った事もある。
「心改めよ!今からでも余に歯向かう者を討つならば罪には問わぬ!!」
ゲロートポイオスは叫ぶ、だが本心では一度でも裏切った者を許すつもりはない。あくまでこの場を乗り切る方便である。
「さあ、余に従え!!従うのだッ…ぐうッ…!?」
ゲロートポイオスが突然の苦痛に呻く、目をやれば斜め後ろからしがみつくように自分の脇腹を刺している者がいた。
「コ…、コーテン…キュー…?」
見れば一番目をかけていたはずの次男が自分を刺していた、成人前であるゆえまだ短剣とも呼べないような小さな護り刀が苦痛を与えてくる。ゲロートポイオスが得意とする属性のひとつ、氷に近い水の属性を得意とする心穏やかな次男坊…。そんなコーテンキューが泣きそうな顔で自分を刺している。大した傷ではない、だが愛する次男コーテンキューまでもが自分ではなく嫡男ハルノーシンゲン王子についた事は大きな衝撃と怒りとなった。その次男坊を突き飛ばした、コーテンキューは地面を転がったがすぐに体勢を整え距離を取った。父王はそんな次男を目で追ってしまった、その隙を突かれた。
「火炎騎兵槍!!」
「ぐうッ!!」
パジャソをぶつけ足止めしていたはずの嫡男から炎の魔法が放たれていた。ハルノーシンゲンが名剣を手に迫っていた為、白兵戦を狙っているものと考えていた。そんか時、最初に自分を刺した次男にほんのわずか心奪われたてしまった。そのわずかな隙に臨機応変、嫡男の魔法に自分の胸が貫かれている。
忌々しい…、氷が得意な自分とは相容れぬ火の属性を得意とする息子…。ゲロートポイオスは魔法を得意としていたので敵の魔法から身を守る術も得意としていた。だが、今こうして息子の魔法に決して軽くはない傷を負わされている。成年はしているがまだまだ甘く未熟と思っていたそんな息子に…。手傷を負わされたその未熟なはずの王子はすでに次の魔法の準備が終わっていた。
「戦場ではしゃべる前に敵を屠れ、そう言っておられたはず。さらば、悪名高き王よ!火炎波ッ!!」
息子から放たれた私室ごと焼き尽くすような炎の波が襲いかかってくる、まるで竜の息吹のようだ。身のかわしようがない、誰もがそう思った。だが、王は地面に転がっていた道化者を掴み上げみずからの盾とした、動けなくとも最後にもう一度役に立てと言わんばかりに…。
「ぬうっ!!」
「ぬわぴゃあーーーッ!!」
パジャソが火の波に炙られる、それと同時に爆風が襲う。火炎の魔法はただ敵を焼くだけにあらず、余波として爆風も生むのだ。ゲロートポイオスは道化を盾としている間に直接食らう事を避け自身の魔力を活性化する。殴られる時と同じだ、自分が頑丈なら大した傷にならないのと同じように。
炎は私室を焼くと同時に大きな衝撃波を生み出した。部屋の壁をぶち破り王と道化が外に吹き飛ばされた。庭の片隅にある古井戸の囲いに体を散々に打ちつけた。道化はもう声を上げる事もなかった、それを盾がわりにしていたパジャソも明らかに深傷を負っていた。
「いたぞ!!あそこだ!!」
「とどめを!!逃がすな!」
私室から後を追ってくる者たちが迫る。その中には二人の血を分けた息子たちもいた。爆風は自分たちを吹き飛ばしたが同時に刺客側の足も止めていたようだ。追撃というには明らかに出遅れている。
「室内で火を放つとは…まだまだ青いわい…」
盾代わりの道化を掴みながらゲロートポイオスはヨロヨロと立ち上がった。隙を逃さず攻撃してきたのは褒めてやっても良いが使う魔法が適切ではなかった。当てられるのなら再度の火炎騎兵槍でとどめとすれば良かったのだ。だが、外す訳にはいかないと広範囲を攻撃する魔法を選んだ、余の息の根を止められずに逃亡の機会を与えている。
「下郎どもに討たれこの首を渡すゲロートポイオスではないわッ!!下郎に殺されるくらいならば…ぬおおォォ!!」
道化者のパジャソを掴んだまま王は古井戸に身を投げた。敵の手に落ち首を落とされるなど恥辱の極み…、戦などで敵の王族や諸侯がみずから命を断つ事は別に珍しい事ではなかった。
「…この手で討てなかったか…。我らの手で討ち取った上で首を晒し初めて家臣や領民たちの溜飲を下げられると思うたが…」
口惜しいとばかりに呟く兄に第二王子であるコーテンキューは宥めるように言った。それは弟が兄に接するような態度ではなく家臣が主君に接するものであった。
「兄上…いえ、陛下。…これで良かったのかも知れません。いかに暴君を討ち領民を救う為と、いえど実の父にとどめを差したとなればさすがに人聞きが悪うございます。ここは…」
「そうで…あるな…。者ども、暴虐の限りを尽くした狂王ゲロートポイオスの遺骸を引き上げるのだ。残りの者は火の始末に手を貸してくれ、前王の私室など燃えても良いが他の場所まで延焼させてはならぬ!これは…、これは…今日この時をもって新たに即位するハルノーシンゲンの最初の王命である!」
「「「「ははァァーッ!!!!」」」」
兵士たちや家臣が各所に散っていく、新たな国王の命令に従い山奥の強国カイサンリが再び動き始めた。だが、新たに王となりカイサンリの繁栄を築いた後に名君と呼ばれたハルノーシンゲンであったがその人生には幾多の思い通りにならない事があった、その最初のひとつが…。
「なに…?父の…いや、暴虐のゲロートポイオスの死体が見つからぬだと…?」
翌朝、新王ハルノーシンゲンが戸惑いの声を上げていた。




