第58話 ドワーフの恩返し
むおっ!むおっ!(ガツガツガツ)
唸りながら凄い勢いのドワーフ族特有の食欲が発揮される。満潮から干潮へ、浜辺の水位が下がっていくのを定点カメラで撮影し動画を早送りにしているような感覚で丼と大皿に盛っていた山盛りの鶏の唐揚げとプルコギ風野菜炒めが減っていく。
ファンタジー小説によく描写が出てくるドワーフ族の食欲と胃袋の容量はまさに伝説通りと言えた。食べ物がどんどん減っていく。テレビ番組などに登場するフードファイターたちでもこの勢いには勝てないだろう。
料理がどんどん減ってしまうので、パン切り包丁でパンをかなり厚めに切って…、六枚切りや四枚切りどころではなく二枚切りぐらいの極厚状態のファミリーサイズの食パンを竈の炭火で焼き彼らに提供する。
ある者は唐揚げをパンにはさみ、またある者は野菜炒めをはさみ食べる。唐揚げをはさんだ人にはマヨネーズをちょっと付けて食べてみませんかと勧めたところ、材料に生卵を含むマヨネーズに彼らは『卵など生で食べる物ではない』と尻込みしたのだが僕がチューブから指先に少量出して舐めてみせて大丈夫ですよとアピールすると、棟梁さんが『もてなしから逃げるなどドワーフの恥』とマヨネーズ付き唐揚げにガブリと喰いつく。
「むぅおおおぉぉーッ!!」
断末魔の叫びの如く棟梁さんが咆哮する。周りの四人のドワーフが親方、親方と口にして心配そうにそばに寄る。その棟梁さんは咆哮し終えると、そのまま後ろにゆっくりと倒れていく。そして、ぱたり…。ついに仰向けに倒れてしまった。
ど、どういう事だ…?まさか、猫にイカとかタマネギを与えたらいけないみたいな種族的に摂取してはならない食品、あるいは何かアレルギーみたいな物があったのだろうか?
「う…、うう…」
苦しいのだろうか、棟梁さんが呻き声を上げる。親方ッ!親方ッ、お気を確かにッ!周りの四人の弟子のドワーフたちが声をかける。切迫する事態だというのがその声の緊張感から感じられる。先程まで開かれていた目が閉じてしまった。
「…う」
一声、また漏れた…。次の瞬間、
「美ー味ーいーぞー!!」
目を『くわっ!』と見開き絶叫する。『バッ!!』効果音が出るような大ジャンプをして『しゅたっ!!』と見事な着地を決める。『座ったままの姿勢で跳んだッ!!』どころか『寝転んだままの姿勢で跳んだッ!!』である。体の構造上そんな事が可能なのかと思ったのだが、目の前でやられたら納得するしかない。
「何という事だぁ!あり得ぬッ、あり得ぬぞぉ!」
両手でぐっと拳を握りしめ、ズゥンと仁王立ち。
「我らドワーフ、手にした酒と肴を食べ尽くすまでは味わう以外に口と舌は用いぬ!一切の言葉は不要ッ!ただ酒食を愉悦しむのみィッ!」
そして、コップに入った焼酎を一気に呷る。
「だがッ!ワシはその禁を破るッ!なんだ、なんだこれは!伝説の霊薬か、神々が食す聖食物かッ!?『まよねーず』とやらは!?だが、まずはこれは何か鳥の肉か、ややもすれば淡白で物足りぬ鳥の肉を不思議な衣が包み味を加える!これは食べた事が無い、不思議な味よ!鼻に抜けるこの香り、淡白であるはずの鳥の旨味を引き出すこの味は大陸広しと言えども手に入る物ではあるまいッ!」
突如始まった大演説に僕とマオンさんは唖然、弟子のドワーフたちはうんうんと首肯ずいている。なんだろう、この空気感。ただ鶏の唐揚げ(醤油味)が喜んで受け入れられた事に日本人として嬉しくも思う。
「そしてッ!この『まよねーず』よ!一見して塗薬のようなこれがさらなるコクと酸味を加えより一層深みを持たせよるッ!この手の平に乗る一欠片の肉のなんと偉大な事よォ。光も届かぬ海の深さ、雲より高き山の頂点、それら合わせてもまだ足りぬ味の深み…、そして一見無造作に切られたこのパン、これがまた素晴らしいッ!この鳥の肉の旨味を見事受け止めておるわ!」
がぶり、パンにかぶりついて何度か咀嚼し飲み込む。
「一度炭火で炙る事でパンの…小麦の香りを引き立たせ、表面を心地良き固さに中を柔らかいままに食わせるという相容いれぬ事を成しておる。柔らかいパン、それだけで王侯貴族のような贅沢さであるのにそれに満足せず炙りを加える…、至高の品に胡座をかかず一つ一つ小技を加えさらに輝かせる…。ゲンタとやら…お主、只者ではあるまいッ!!?」
えっ!僕はバイトに明け暮れるただの大学生で…。
「ぼ、僕ですか?僕はただの学生で…」
「あり得ぬ、あり得ぬぞッ!王の元にいる錬金術師とて水薬を作るか研究に明け暮れている程度であろう。これほどまでの物…、学生の身で手にするなど…」
「でも、ゲンタは学院に通う子だよ。遠くの国だけど…」
マオンさんが助け舟を出す。
「むう…、俄には信じられぬが…」
「本当にその通りなんですよ。だから僕は『鉄を金に変える』みたいな事なんで出来っこないですし、水薬を作り出す…なんて事も出来ません。商人になるような、そんな学問をしています」
僕は日本では混修大学の商学部に在籍している。いわゆる経済系の学部だ。
「ふむう…、商人のう…」
棟梁さんは何やら考え込む…。
「さあさあ、とりあえずマヨネーズの良さが分かってもらえたようですし、酒も皆さんのコップに一杯ずつおかわり出来る分が残っていますよ。続きといきましょう」
おうっ!とドワーフの一行から声が上がった。
□
食事が終わり、緑茶を紙コップに入れてそれを飲みながら談笑した。互いの身の上話を簡単にしていく。
棟梁さんは名をガントンさんと良い、石工をしているという。呼び方はガントンでも親方でも良いと言っていたが、親方という呼び方は本来は弟子が言うべき呼称であるから名前で呼ばせてもらう事にした。
ガントンさんは石工の棟梁として弟子たちを連れこの町の商家の店舗に倉庫、それと屋敷を合わせた大掛かりな建設に携わる為にこの町にやって来たと言う。しかしながら数日前のゲリラ豪雨のせいで道が泥濘んでしまい、入ってくるはずの資材に遅れが発生。
施工主は給金を出すのを惜しんだのか工事が始まってからが正式な依頼だ、一度破棄とする。仕事の開始を五日遅らせその時に改めて依頼を出すからそれから引き受けろの一点張りだったという。
「つまりそれまでは寝泊まりする所も確保できず、給金も出ないって事なんですね」
「そうだ、この国でも指折りの石工であるガントンの親方を呼んでおいてその言い草だ!」
「宿が無くとも五日はこの町で待たなきゃなんねえ。宿が無いなら普請場の隅でも野宿させてくれりゃあ良い物をよお」
「そうだ!そうだでやんす!」
弟子たちが口々に非難の声を上げる。
「ワシとすれば大きな普請だ。学ぶ事も多かろうと思ってな。弟子らに場数を踏ませる意味でも…と引き受けたんだかな。…まあ、ワシらはこんなところだ。むしろ、お主たちこそなぜここに住んでおる?納屋と井戸だけでは暮らしていくのもままなるまい?」
「それは…」
僕とマオンさんは、誰がやったか不明のままだが見知らぬ二人が道端で喧嘩を始め、一人が放った火炎の魔法で納屋以外は全焼しドワーフの石工が組んだ竈だけが残った事。パンを売り込みに行った商業ギルドでひどい目に遭い、悲嘆に暮れていたところ冒険者ギルドに所属する少女に助けられ今は冒険者相手にパンを売っている事。いずれ稼いだお金で竈を直し家を建てようと現在奮闘中である事…、そんな事を話した。
「ぬうっ…!!」
胡座に腕組みをしていたガントンさんが一声唸る。次の瞬間、
「気に入ったァッ!!」
組んでいた腕を解き、ヒザをその手でパン!と打つ。
「建ててやるぞ、その家を!組んでやるぞ、その石窯を!なるほど、確かにアレはドワーフが組んだモンだ。上半分が崩れて石窯が火を焚くだけの竈になっちまっているが、あれは確かにドワーフの仕事だ。根っこは残ってるぜ、いくらでも組み直せる」
親方、親方と弟子たちがガントンさんの顔を見る。
「支度をしろ!斧を出せ!まずは木を伐採りに行く!」
応っ!弟子たちが木製リヤカーに駆けていく。
「ゲンタ、マオン。この家、任せておけ。ドワーフの仕事、存分に見せてやろうぞ」
ガントンさんが力強く言うのだった。
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次回予告
あのドワーフ、空を飛ぶ?




