第52話 サクヤのともだちの正体は?グイグイ来てますシルフィさん。
「…ッ!!?ゲンタさん、彼女はッ!?」
サクヤが連れて来た女の子…。光精霊のサクヤと同じくらいの身長、そして背格好。僕は彼女をサクヤの友達の精霊…、同じ光の精霊だと思っていたのだけれど…。
その彼女のぶどうの果肉入りのフルーツゼリーを食べた後の口元を拭くためにナプキンで触れた時に何かが起こった。光の粒が爆発しそれが彼女に吸い込まれたような…。『きゃ!』『なんだ!?』フェミさん達の驚く声。
いきなりの事に思わず目をつぶってしまった僕はおそるおそる目を開ける。そこには先程、と変わらず小さな黒髪の少女がいた。僕と目が合い『にこ…』と静かに微笑んだ。
なんだろう…。サクヤと同じくらいの女の子…、人間なら小学校低学年くらいの背格好であるはずの彼女なのに何故かその微笑みが無邪気なようにも妖艶なようにも思える。底知れぬ何かがそこにあった。
「か、彼女は…」
戸惑っているようなシルフィさんの声。
「闇の精霊…、シャルディエ…」
□
「…闇の…、精霊?」
シルフィさんの言葉に僕は聞き返す。
「ええ、間違いなく…。彼女が誰からも可視できるようになった瞬間、光が彼女に吸い込まれていきました。これは闇の力を持つ者にしかできない事です」
「そ、そうなんですね…。彼女は僕たちが朝食を食べようとした時にサクヤが連れて来て…。でも、サクヤは光の精霊…。闇って…。反対の属性だから仲が悪かったりしないんですか?」
「光と闇は相克の関係にはありますが、反目している訳ではありません。まして光と闇は表裏一体であり、おそらくですが彼女たちは姉妹…」
「姉妹…?」
「光で何かを照らす時、同時にその後ろには必ず影が生まれます。ゆえに光の精霊が生まれる時、同時に闇の精霊が生まれると言われています。私たちの感覚で言えば双子の姉妹、そう言った方がより正確かも知れません」
もう一度サクヤたちを見てみると、彼女たちは手をつないで僕の横をふわふわと浮いていた。髪の長さや色は違うが…、なるほど言われてみれば雰囲気は違うがその相貌はそっくりな気がする。
「サクヤ、君たちは姉妹なの?」
僕の問いかけに二人の精霊は、サクヤは元気に大きな首肯を、もう一人の子もこくりと首肯した。
「姉妹…だそうです」
やはり…と、シルフィさんがその回答に納得の表情を見せる。
「しかし、精霊が他の精霊を呼んでくるとは…。サクヤは余程ゲンタさんに親しみを感じているのでしょうか。こんな事は聞いた事がありません。それにしても…」
シルフィさんが何やら少し考えて、その考えを口に出した。
「それにしても…。ゲンタさんが人型での姿を可視えるのはともかく此処にいる全員が目にする事が出来るとは…」
「シルフィの姐御、そりゃどういう意味だい?普段は見えないってのは分かるけどよ…、姿を現したら誰でも見えるんじゃないのかよ?」
マニィさんが疑問を口にする。隣にいるフェミさん共々、朝食のテーブルに着く事も忘れ、二人共まだ立ったままだ。
「マニィ、一昨日の夜を思い出して。人型のサクヤの姿が見えていたのはゲンタさん本人だけ。私も可視えたとは思うけど、その時はあなたたちと歓談していたものね」
一昨日の夜の宴会の時の状況を思い返しながらシルフィさんが説明する。精霊が人型の姿を現すのは何らかの心の動きがあった時、接触を取りたい相手がいる時はその相手にのみ可視えるようになるという。
または精霊の声無き声を聞ける者…、いわゆる精霊の力を行使できる精霊魔法の使い手のみが普段からその姿を見る事が出来る、今もこのギルドの中には灯火にしている脂を含ませた藁紐の灯芯の周りには火の精霊が、人が出入りした扉から伴われて入り込む風には風の精霊がいると言う。
…うん、そちらの方を見ても僕には何も見えない。やはりサクヤだけが特別なようだ。
「しかし、今…闇精霊の彼女は私たちの前に姿を現している。おそらくはゲンタさん、あなたに惹かれ姿を現したのでしょう…。ゲンタさん、彼女に何かを?」
「え、ええ…。ええと、彼女たちには最初にぶどうのゼリーを…」
「ぶどうッ!?」
シルフィさんが食い気味に言葉を挟む。
「は、はい。ぶどうを使ったゼリー…、えっと…お菓子ですね…。それを二人は食べて…。口元がシロップで汚れていたので拭いていました」
「なんという…。サクヤはともかく…、闇精霊の彼女がそれを許したのですか…?その身に触れる事を…?それにしても、ぶどうとは…。ゲンタさん、それは甘い物ですかッ!?」
僕の隣の椅子代わりの丸太に腰掛けて、キラリと輝く眼鏡のレンズ。ぐいっと僕の方に身を乗り出すシルフィさん。
すごく…、近いです。このままいけば押し倒されそうな感じで…、大歓迎ですけど。いつの間にか話題の優先順位が闇精霊の彼女の事からぶどうゼリーに代わってしまっているけど…。
「ぶ、ぶどうのお菓子は…、一昨日の夜の水果の蜜漬けみたいな物で…、蜜のような液体ではなくもう少し個体に近いというか…」
「それは煮凝りのような…?」
「は、はい。一昨日の寒天…よりは少し柔らかいくらいですね…」
ぐいぐいぐいっ!効果音がしそうな勢いでシルフィさんの美貌が迫る。もしこんな事を日本に戻って僕が女性にやれば、セクハラと言われるか下手すりゃ警察を呼ばれるかも知れない。
「ははは、ゲンタのダンナ。シルフィの姐御は水果が好きだか、それも甘いと聞いたらもう止められないぜ。それにさ、甘いぶどうなんて滅多に無いんだ。たまにさ…出るんだけど…、ものすごく甘い香りのする神の悪戯にでも遭ったような葡萄…。そんな奇跡でも起きた物じゃなきゃ手に入る物じゃねえぜ」
「そうですよぅ…。普通の葡萄は渋いか酸っぱいか…、そのままじゃ食べられたものじゃないから放置たら偶然に渋みや酸っぱさが抜けた『葡萄酒』になったって聞いた事がありますぅ」
マニィさんフェミさんはぶどうなんて水果のまま食べるものじゃないと力説している。
「けどよ…。ダンナが今まで出してきた食物にハズレは一個たりとも無え、大当たりばっかりときてる。そのぶどうもきっと…、有り得ない事だけど甘いんだろうぜ…。そんな物を持ってるゲンタのダンナ…、気を付けた方が良いぜ?」
「な、何に…?」
そう問いかけた僕に、マニィさんはニヤリと笑って…
「姐御に…、襲われちまうかもよ?」
□
マニィさんの発言により我に返ったシルフィさんは顔を赤らめて僕の寸前まで乗り出していた身を引いてくれた。いや、色々と危なかった…。僕とて平常心ではいられなかった、もう少しあのままだったなら…、いや、もっとグイグイ来てくれていたのなら…。
そんな嬉しい事にはならなかったのだけれど…。
「コホン…。それで…、ゲンタさん。闇精霊の彼女の口元をどうして拭く事になったんですか?」
座り直し、適切な距離に戻ったシルフィさんが仕切り直すとばかりに改めて尋ねてきた。
「はい…、最初はゼリーを食べた後にサクヤの手や口元がベタベタになっていたので拭きとっていました。次に闇精霊の彼女の番と思いましたが、あまりベタベタではなかったので紙ナプキンを手渡そうとしたんです」
「ふむふむ」
「彼女は僕が差し出した紙ナプキンに一瞬手を伸ばしかけたのですが、その手を引っ込めて『拭いて』って感じで口元を差し出してきたのでナプキンで触れたところ…」
「先程のような現象が起きて、彼女の姿が皆に見えるようになった…、こういう訳ですね?」
ふむ…、そう呟きシルフィさんが少し考えを巡らせるかのように沈黙する。そして…
「ゲンタさん、あなたは闇の精霊の祝福を受けたようです」
シルフィさんが冷静にしっかりとした口調で告げるのだった。




