第49話 水回りをDIY
異世界から帰還して、ホームセンターでセメントなどを買い込んだ僕はとりあえず昼寝した。二時間ほどして目が覚めた所、かなりスッキリしていた。自分では特に自覚は無かったけれども意外と疲れていたようだ。
改めてマオンさんの観察眼とアドバイスを有り難く感じると共に、これからは無理をしてないか等客観的に見られるようにしていこうと思う。
身支度をして異世界に戻る。そこは先程マオンさんと別れた冒険者ギルド近くの路地裏。見慣れてきたミーンの町を歩いて納屋へと向かう。僕が着いた時、ちょうどマオンさんが洗濯を終えた所だった。
「おかえり、ゲンタ。…うん。うん。少しは休めたようだね」
僕の姿を見て微笑みながらマオンさんが言う。
「はい。自分が思っていた以上に疲れていたようです」
「気をつけるんだよ。例えば居眠りしても井戸端なら水を被るだけで済むが、竈の火を焚いてる時に居眠りして頭突っ込んでたら大火傷さ」
うう…、そりゃ怖い。そう言えば日本が誇る偉大な医学者野口英世さんは幼い頃に誤って囲炉裏に手を突っ込んでしまいひどい火傷を負い、不自由になってしまったと聞いた事がある。日本なら調理するにもIHだったりガスコンロだったりと熱源が何処にあるか分かりやすいが、ここ異世界では薪なり炭なりを燃やして調理する。
薪が爆ぜたりする事もあるだろうし、裾の長い服を着ていれば知らぬ間に火に近づき過ぎていてその服の裾を焦がしたり火が着いたりしてしまう事もあるかも知れない。
また、火に限った事ではない。世の中、居眠り運転とか過労運転とかで事故を起こすドライバーもいるのだ。僕も原付に乗っている。思わぬ事で事故を起こしたり遭ったりするかも知れない。注意をしていても事故は起こる物だ、眠気や疲れがたまって注意力が散漫になればその確率は上がってしまう。疲れをおして何かに取り組まねばならない場面が今後の人生において出てくるけも知れないが、それはなるべく避けるようにしていく、マオンさんの金言を活かしていく為にも。そんな事を心新たに誓うのであった。
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マオンさんの洗濯が終わり、井戸端でする事が当面無くなったので作業を開始する。
マオンさんに『井戸周辺の地面が泥だと足を洗ったりした時に地面に足が着いたりしたら汚れてしまうけど、もしここが平らな石の板のような物だったらその心配は減りますよね?』と聞いてみたところ、『そりゃそうだが、平らな石なんてお貴族サマの家でもなきゃ使えないよ』との事。
出来るんならありがたいけど…とマオンさんが言っていたので試しにやらせて下さいと持ち掛けたところ承諾してもらえたのでやってみる事にした。
まず井戸周りの何処にコンクリートを張るか考えた。納屋の方に水が流れないように考えて、木枠で囲った井戸の一方向…納屋から遠ざかる方角の地面にコンクリートを張る事にした。
今ある地面を1メートル四方に少しシャベルで掘り、そこに昨日ナジナさんが片付けていた小石を敷いていく。そしてその四辺に板をはめこみ木枠とする。四辺のうち二つ、井戸から遠ざかる方角の物は地表から頭を出している部分に井戸から遠ざかるにつれて下っていくように斜めに切ってある。
その傾斜は1メートルで2センチ下るようにしたもの。こうすれば水は低い方に流れていくから、井戸周りに水が残る事も無い筈だ。
セメントの袋に書いてあった作業面積あたりの分量…それを参考におおよその分量をプラスチックの四角い容器に入れていく、続いて砂を入れてまず細かく混ぜる。それから水を加えてよく練っていく。手早く、しかし丁寧に。
僕自身がこういう日曜大工というかDIYを事をした事は無いが、小さな頃に父が駐車場を作った事があり手伝った事があった。剥き出しの土の地面では雨が降った時に何か不便だったらしく、とある土曜日だったかコンクリを貼った。
なぜ覚えているかと言えば、その日は小学校が休みで朝から夕方まで父を手伝ったのを覚えていたからだ。母は仕事で留守だったから、日曜日ではなく土曜….そんな根拠だけど…。
混ぜ合わせたコンクリートを木枠の中に流し込む、空気等が入り込まないように注意しながら…。十分に流し込んだらコテを使って表面を滑らかに、そして傾斜をさせていく。
住宅の建築現場等で職人さんがするようには上手くはいかないが、それでも斜めに切った木枠の板をしっかり高さを合わせ埋め込んだのが奏功したのかそれなりには出来たようだ。…そう言えば鉄筋を入れてなかったな…、でも大丈夫かな。そんなに広い面積ではないし、重い物を乗せる訳でもない。それなりに厚くもしてある、井戸端で水仕事するには十分だろう。
「ゲンタや、終わったのかい?」
「はい、終わりました」
「そうかい、お疲れさんだね。お湯が沸いたよ、一休みおしよ」
「はい、今行きまーす!マオンさん、夕食にしましょう」
井戸の水で手を洗い、マオンさんが待つ竈の方へ僕は向かう。腕時計のデジタル表示はもうすぐ午後五時、もうすぐ夜になる薄闇が漂い始めた時刻だった。




