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第48話 僕の相棒、原付の思い出話。ゲンタの上京(?)物語

 今回は作者である私の実生活と言いますか、原付で実家から大学のある川崎市に向かってバイクを走らせた時の自伝みたいな感じです。

 僕がホームセンターに来た理由、それはセメントなどの資材を買う為だった。マオンさんの納屋の裏、井戸を使うマオンさんの姿を見て思う所があったからである。


 マオンさんの井戸は町沿いを流れる川の水を引き上水道で町の各所の浅い井戸に引いた水道井戸ではなく、地下水脈まで掘って水を得た掘抜(ほりぬき)井戸である。

 その水質は他の町衆が使う井戸と異なり泥などの濁りも無く、慣れた人ならそのまま飲める程に澄んでいるという。


 その綺麗な水を飲み水に、あるいは生活用水としてマオンさんは利用している。だが、ある時マオンさんが外から帰宅し、履き物を脱いで足を洗う時に不便そうにしていたのを見た。年齢の事もあり、片足立ちになって足を洗うその姿勢は不安定であった。洗っている途中に足を地に着けてしまい、当然その足は土に汚れてしまった。

 また洗い直していたが、もし下手に体勢を維持しようとして転んでしまえば大きな怪我につながるかも知れない。なので、コンクリートで地面の一部を覆えば派手な泥汚れはしなくなる。泥汚れなどを気にする事無く、コンクリートの洗い場のような物を作れれば…、そんな風に考えたのだ。


 ネットで必要な物を調べ買っていく。もっともセメントを20キロの大袋で買ってしまったので、買いたい物全部を持ちきれる筈もなく自宅と店とを二往復してしまった。流石に重い物を買ったので運転は最初のうちこそ戸惑ったが、慣れるとなんとかなるもので二往復目にはちょっと後ろが重いなあと思うくらいで済んだ。



 一年前…。


 重い物を載せて原付を走らせる…。

 大学入学により部屋を借りる事になり、引越しの準備などを終わらせ住み慣れた実家から大学のある新天地へと向かった。

 原付の荷台に箱をくくり付け、使う機会が多い身の回りの物やすぐに必要そうな物をその中に入れた。地元で買った安いラジオも入れた。今も深夜放送を聴くのに使っているそれは今も枕元にある。山間部に住んでいた僕は、日頃から雑音と格闘しながらラジオを聴いていた。ここ川崎は都会であり平坦な土地が多い為か、引っ越した最初の晩に聴いたラジオ放送の音質がとても良質(クリア)だった事に驚いたのを今でも覚えている。

 あの時はまだこの辺りの地理なんて知る筈もなく、アレもいるかなコレもいるかなと出発する時に荷台に積んだ。実家のジャガイモ、サツマイモ…、何故かスーパーの袋いっぱいに詰めて持ち出したな。地理を知らないんだから食べ物を買うのに難儀するんじゃないかと心配してさ…。意外に重く、なんでこんな物持って来ちゃったかなと一人愚痴りながら見慣れない道を地図を頼りに南へ南へと進んだ。


 畑や雑木林、勾配があったり曲がりくねった道、まばらな人家や商店をいくつも過ぎてだんだんと道端にある建物の密度が増していく。信号で足止めを食う機会が増え、思った程の速度で進めない。朝早く家を出て弁当にと持ってきたアルミホイルに包んだおにぎりと道路沿いにあったコンビニで買った冷たい緑茶を胃に流し込みながら、都心に近いと駅前でもない二車線道路ですらこんなにも混むのかと辟易(へきえき)する。

 退屈に負け荷台のラジオでも聴きながらバイクで行こうと思ったが、スロットルを開きエンジンの回転が上がると何故かその音がラジオの雑音になる。耳障りで甲高い不快極まりないその音に僕はすぐに耐えられなくなり、ラジオは再び荷台の箱に逆戻りした。



 地図上の距離だけで計算した到着予定時間より二時間は遅れて僕は大学生活の拠点となるアパートにたどり着いた。部屋に荷物を運び入れ、原付を所定の駐輪場に停める。


 改めて部屋に戻り窓を開け手狭なベランダに出ると、先程原付を停めた駐輪場が見えた。あの原付は元々は祖父のもので、今から二十年以上前の平成九年に買ったらしい。

 タイヤとかチェーン、電球などは何回か替えたが、特に大きなトラブルもなく今も現役で…、僕を乗せて走っている。初代の発売から半世紀以上経つが大きな変更点はなく、変化と言えばキャブからインジェクションへ…時代の変化という奴だろう。僕のこの原付はセルモーターは付いておらずエンジンの始動はキック式、多少面倒くさいが慣れればどうと言う事もない。


 駐輪場以外に目を向ければ自然豊かな事がよく分かる。この辺りは生田(いくた)緑地と呼ばれていて、部屋を契約した不動産屋さんの話によると年に一、二度は(タヌキ)の目撃情報があるらしい。狸というのは意外というか自然豊かでないと生息しないらしく、『周辺は自然が多く暮らすには良い環境ですよ』と父と共にアパートの契約の際に担当した不動産屋さんが言っていた。

 その言葉に嘘は無く、むしろ自然しかない。例えて言えば、早朝の竹林でほんのわずか…ほんのわずかだけ頭を出した(たけのこ)のような建物と、それを飲み込もうとするかのような…まだ朝夕寒い四月初めにこれから芽吹く新緑の時を待ちわびる木々。その二つが織りなす風景がこれから四年、僕の新しい生活の拠点となる。問題は何もなさ過ぎる事、アパートのあるこの小さな山には自動販売機一つ無かった。誰か友人でも出来て、部屋に来る事になっても飲み物一つ現地調達出来ない。外に行くのが躊躇(ため)らわれるような強い雨でも降っていたら、たちまち買い物難民だ。なかなかに不便である。


 持って来た荷物を部屋で整理していたら玄関のチャイムが鳴り、到着日時指定をしていた荷物が何箱か届いた。衣類などの荷物、炊飯器やオーブンが次々に運び込まれる。

 転居と言えども、わざわざ親戚や引越し屋さんを頼んだりするまでもない。小包として発送して現地で受け取れば良い。


 電化製品だって地元で買ったその箱を開封せず、宅配用の宛先を書いた送り状を貼って出すだけで良い。家具なんて物はまだ要らない、生活してみて不便を感じたら買えば良い。

 実際に大学生活が始まり、アレが必要だコレが必要だとなる事だろう。逆にコレは必要無かったなと思う物もきっと出てくるだろう。様子を見ながら必要な物を買う事にする。

 そうする事で引っ越し費用は何箱か宅配で発送した小包の代金だけで済む。そうすれば、浮いた分のお金で他に何かが出来る。とりあえず、そのお金は今から使う事になるが…。


 先程の小包の荷解(にほど)きはとりあえず後回しにする。明るいうちに外出をしておく。地図で確認したところ、緑地をぐるっと回り込むようにして行った所にお目当ての場所があるようだ。

 戸締りをして再び原付に乗る。大きな買い物…、洗濯機を買いに。僕の大学生活はこうして始まった。

 


 ホームセンターからの二往復目、自室のドアの前に買ってきた砂が入った袋とプラスチックの作業用の箱を置いて駐輪場に原付を置きに行く。

 自室に購入品を運び込み、持ち出す物をクローゼットに準備する。それからマオンさんの言葉通り一旦昼寝する事にした。時間は十一時半、まさにお昼寝だ。最近の早寝早起きと、よく動いているせいかすぐに眠れそうだ。


 午後に備えてしっかり休む事にしよう。

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