第35話 お・も・て・な・し(中編) 〜おかずを探しに…走れ、ゲンタ!〜
日没後にマオンさんの自宅敷地で完売御礼の感謝の気持ちを込めて夕食会を開く事にした。当然ながら材料や調理器具が無いのでこれから揃える。
今の僕の懐事情はとても暖かい、なんと言ってもパンの販売で得た利益がまだ三万円以上残っている。これなら日本に戻って色々と買い込む事ができるだろう。
「それにしても今夜、兄ちゃんのメシが食えるんだよな。こりゃあ期待せずにはいられねえ。竃の方は任せておけ!俺がすぐに使えるように支度しとくからよぅ」
「ゲンタ君、オレはこの辺で。ギルドの方への言伝は任せてくれ」
「ありがとうございます、ウォズマさん」
「じゃあ、また後でなウォズマ。こっちは俺に任せとけ!」
「ああ、オレは『この辺を歩いて』戻る事にするよ」
「おう!」
「じゃあ、また後で。御婦人にもよろしく」
そう言うと、爽やかにウォズマさんは帰途についたのだった。
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ゲンタ達の元を辞した後、ウォズマは今は納屋だけになったマオン宅の周りを軽く歩いて回ってから、ギルドへと向かった。
無いとは思うが、今朝ゲンタとマオンは一稼ぎしたので良からぬ考えを持つ輩や噂を聞いた者がその売上金を狙いに来るかも知れないと用心し、護衛を兼ね二人に同行していた。
仮に今日の今日で何らかの襲撃は元々無かったにしても『二つ名』付きの冒険者と親しく町歩きをしている…。二人の凄腕冒険者がいざとなればバックについていると…、それだけで小悪党なら縮み上がり抑止力になる…。
それほどまでにナジナとウォズマの顔と名は売れていた。
元太のマオンに毛布を贈りたいという話を聞いた相棒がその意気に感じ入り、親切心から同行を申し出たのは間違いない。だが、次の瞬間には相棒は護衛の任務を受けた時のように表情を引き締めていた。
長い付き合いだ、相棒の考えている事は分かる。ゲンタとマオン、この二人を気に入り損得抜きで守ってやりたいのだろう。勿論、その強面に似合わないほどの甘味好きゆえに、ゲンタのもたらす『あんパン』をはじめとする大好物をこれからも食べ続けていきたいという気持ちもあるのだろう。
確かに昨日購入し家で妻と娘、家族三人で食べたパンはどれも素晴らしいものだった。特に娘は甘いジャムを気に入りとても嬉しそうにしていた。
彼のパンは笑顔を運ぶ。
それはウォズマにとって最愛の家族にも例外なく運ばれる。ウォズマには何よりも最優先される事だった。
「どうやら異常は無さそうだな…」
マオン宅の周辺を一回りして安全を確認、そして伝言を果たす為に冒険者ギルドへと足を向けたその時、少し先の交差する道をリュックを背負ったゲンタが小走りで横切っていくのが見えた。きっと夕食の材料を仕入れに向かったのだろう。
あれだけのパンを作る青年だ、きっと今夜も驚かせてくれるに違いない。
その朗報をまずギルドの受付嬢達に届ける為、歩を進める。妻と娘、その他にも笑顔の花が一つでも多く咲くように…ウォズマはそんな思いを抱きながらギルドへと歩を進めるのだった。
□
馳走とはもともと中国の古い言葉で、その由来は『大切な客人をもてなす為に、(馬で)あちこちを走り回って食材を集める事』に由来する。
僕はナジナさんに竃周りの片付けを任せ、夕食の用意の為に一度日本に戻ろうと、自宅クローゼットに続く『扉』を開ける為の場所を探していた。
昨日は日没以降だったから、人通りも少なく路地に入ればすぐに『扉』を使う事が出来た。しかし今は真っ昼間、何処へ行こうともそれなりに人がいる。
だから、僕はあちこちに走り人目の無さそうな所を探す。そう言う意味ではまさに『馳走』と言えた、まだ食材探しの段階ですら無かったが…。
「はあはあ、ぜいぜい。こんなんで馳走の由来を知りたくなかったよ」
結局、僕が自分の部屋に戻ったのは、走り出してからゆうに十分以上は過ぎてからだった。
自室に戻ると飲み干していなかったインスタントコーヒーがカップに残っていたので、とりあえず座り口に含む。
走り続けて軽く汗ばんだ体をその辺にあったタオルで拭い、深く息をついた。
「そう言えば夕食のメニュー…、何にしよう?任せて下さいとは言ったけど…」
部屋を見渡すと、一昨日の夜に買ったパンのうち菓子パンや調理パンではなかったから異世界に持って行かなかった
食パンが六袋あった。
六枚切りが二袋、八枚切りが四袋…、それぞれを合わせれば44枚のパンだ。一説に関西では厚い六枚切りが好まれ、関東では八枚切りが好まれると言う。僕は最近、六枚切りが好きだ。
「うーん、このパンを活かすようにしてみようかな…」
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スマホのアラームが鳴った、現在の時間は午後一時半。部屋に戻ってから二時間近く経った。朝が早かった僕は一時間半ほど昼寝をして、家を出る事にした。
愛車スーバー・カプに乗り、いつもの二十四時間スーパー『東友』へ。主食のパンはすでにある。だから、主菜を考えよう。
スーパーの入り口近くは大抵野菜コーナーである。壁沿いには冷蔵庫があり、鮮度を重視するものが多い。その一角に目に付いた物があった。
大根サラダ定価198円に7割引のシールが貼られている。それも…、いっぱいある!およそ140円近くの割引きになる?
「賞味期限は…今日の18時か。これは夕食会に使えそうだ!多分、この野菜は知らないだろう。サプライズになるかも!」
野菜などヘルシーな物が好きなエルフ族のシルフィさんなら、大根という見慣れない食材でもその良さを分かってくれるんじゃないかな。とりあえず全部買いだ!
そして野菜コーナーの隣には肉類のコーナーがある。『お肉屋さんのこだわり大きな炭火焼ハンバーグ』という商品を見つけた。かなりのボリュームのハンバーグ、それが1パック3個入り。
湯煎にかけ、温めて食べるタイプの商品だ。普段は1199円のところ、今週のお買い得品との事で999円。
普段なら間違いなく敬遠しちゃう高級品だけど….、今の僕は『金ならあるんや』状態。今夜の参加人数は、僕を含めて十人、4パック買っておこう。これで今日のメインディッシュは決まりだ。
ここまで来ると、なんだかフランス料理のフルコースとやらを真似てみたくなる。コースなんて食べた事ないけど…。
オードブルから始まり、サラダ、スープ、メインディッシュ、デザート…だっけ?昔読んだグルメ漫画『ミスター味少年』でそんな風に描いてあった記憶がある。
アニメ化され、僕の育ったS県で再放送の形で放送されていた。毎回、味見するたびに着物を着た元気な味の王様を名乗るお爺さんが目からビーム出したり足蹴りで江戸城を粉砕したり、終いには海を叩き割ったりしながら「う、美〜味〜い〜ぞ〜!!」と叫んでたのを子供心に覚えている。
「ふう…、思い出に耽ってしまった」
さあ、食材探しを継続しますか!
もっとも僕はあまり料理にタッチしないけど…。次は何か魚を探そうか…、猫獣人のミアリスさんが喜びそうだし。あるいは、ちょっと気分を変えていきなりデザートか…。
うーん、何か良い物は…。そうだ!あれでどうだろう!?『ティン!』と来た僕はとあるコーナーへと向かったのだった。
その後、食材選びを終え、夕陽ビールのウルトラドライの
500ml六缶パックを買う。ワインとかも買いたかったが
持ち切れなかったので一度自宅に置きに行く。
考えてみれば、食器類も無かったので再びスーパーに向かい二階にある百円ショップで購入する。落として汚れてもいけないので予備も含めて12個買う。いわゆる1ダースだ。
その時、小学校中学校の給食の時に使った先割れスプーンを見つけた。懐かしい。あれ?でも、これ便利だな。
これが一個あれば、フォークとスプーンを別々に用意しなくても二つの機能を兼ねる。今夜はこれを使ってもらおうかな。
ハンバーグがあるから一応ナイフも買っておくけど…。あとは、忘れちゃいけない。レジャーシートだ。地面に直接お尻を着けたら汚れてしまうもんね。
口元や手を拭くペーパーナプキン、ウェットティッシュ等も買い、一階に降り先程持ち切れない為買わなかった酒類をカゴに入れた。そしてまだ小さいというウォズマさんの娘さんやお酒が飲めない人用にジュースや緑茶も買った。ちなみにこの時間帯でも、少しだが半額のパンがあったのでこれも忘れずに購入する。
自宅に戻り、買った物を確認する。おそらく買いそびれた物は無さそうだ。冷蔵庫には酒類や冷やすべき物を入れてある。
逆に常温で良い物はすぐに持ち出せるようにクローゼットへ。大活躍したのが、スーパーでいただいた段ボール。商品を中にポンポン入れて行く。
時計を見ればもう4時半、日没はもうすぐだ。僕はクローゼットの奥へ向かう。
異世界に戻るとそこはすっかりオレンジ色に染まった町。幸い辺りには誰もいない、リュックを背負い段ボール一個を抱えてマオンさん宅に向かう。そこには納屋の戸を開けて座っているマオンさんがいた。
「ただいま、マオンさん」
そんなマオンさんに僕は戻ってきた事を伝えた。
□
マオンさんによると、ナジナさんは一刻(約二時間)前くらいにミアリスさんや雑貨屋のお爺さんを呼びに行ったらしい。
「大剣の旦那がね、竈で簡単な煮炊きなら出来るように直してくれたんだよ」
見れば崩れた竃の周りが確かに綺麗になっている。
燃え残った柱が炭化したものは一か所にまとめられ、他の瓦礫も少し離れた所に。敷地の地面にあった目立つ大きめの石も別のところに小さな山を作っていた。
「マオンさん、火を焚いても良いですか?」
「ああ、良いよ。その炭になった柱を使うと良い。こういう時は悲嘆に暮れているだけじゃ駄目だからね。どんな者でも生きていれば明日は来る。その時にある物を使い、出来る事をする、気を使わなく良いよ。儂なら大丈夫さ、ゲンタ」
「マオンさん…」
「さあ、火を熾そう。儂に任せな、この歳まで毎日ずっとしてきた事だからね」
「分かりました。じゃあ僕は…、井戸をお借りしますね。水を汲んできます」
僕は段ボール箱から大きな寸胴鍋を取り出す。一人暮らしの男の家には似合わない、そんな大きさ。しかし、これが
二月三月の僕の食生活を支えた。
一月の学年末の試験を終われば二月からは受験シーズンだ。その間に在校生である僕は登校する必要が無い。帰省を
している人もいる。
僕はと言えばバイトか駅前への買い出し、あるいはたまに都内まで足を伸ばすくらいで、あとは家にいた。
そんな僕はこの大鍋で実家から届いた野菜を使い鍋にしていた。
その中でもおでんを十日に一度はしていた。コンビニだとこの大根が一個が80円なんだよなあ…、一本の大根から六切れか7切れはとれるおでんの具材をしげしげと眺めた。
自宅でおでんを食べながらバイト先の商品との価格差を感じたりしながら食べたっけ…。
僕は井戸から汲んだ水を鍋に張り、竃の方へ。火を熾していたマオンさん、枯れ草や細枝に火がついたようで、マオンさんが炭を焚べていく。
「立派な鍋だねえ。こんなに整った鍋は見た事がないよ」
マオンさんが竃に設置した部屋から持ってきた寸胴鍋を見てつぶやく。
「僕と苦楽を共にして冬を乗り切った鍋なんです」
「大事な鍋なんだね」
これでお湯が沸いたらハンバーグを湯煎にかけて…、食パンはもう持って来ているからハンバーグの加熱が終わったら鍋を下そう。
招待した人が集まったら魚焼き網に替えて食パンを焼こう。腕時計は五時までもう少し、マオンさんによれば、あと四半刻(約三十分ぐらい)でみんなが来るのではないかと予想していた。
炭火だからなあ…、お湯がそれまでに沸くだろうか…?
ちょっと心配気味な顔をしていたのを、マオンさんが
気付いたのだろう。
「大丈夫さ。この竃はね、ドワーフの石工が組んでくれた物なんだよ。何か工夫をしたらしくてね、見た目よりずっと火力が強いんだよ」
マオンさんが説明してくれる。そうだ、まだ三十分もあるじゃないか!それまでは他の準備だ。マオンさんと協力して百円ショップで買った保温シートを地面に敷いた、日が沈んだら地面はたちまち冷えていくから…。
その上にレジャーシートを敷き、風が出ても飛ばないように隅に石を置く。十二畳分の広さ、これなら総勢十人が座ってもスペースはなんとかなるかな。
そして僕は井戸に行くフリをして、部屋に戻り冷蔵庫に入れていた物のうち、食べ物を出す。そして食器類。大きな金属製のボールを洗い、お徳用一キロのマカロニサラダを二つ投入しラップをかける。そして僕はボールにおたまを添えた。
次は皆さんに使ってもらう食器、実はいくつもお皿を用意するのは大変だったので、一枚の大きな丸型の物を買った。単純な平皿ではなく表面に間仕切りがされている。なんて言うか。給食の時に使えそうな皿だ。大きな所にハンバーグ、あとの小さな所にセルフサービス的に取り分けたマカロニサラダを盛り付けてもらえば良い。
食器も準備、トレーもよし。先割れスプーンもOK。コップも大丈夫、そうこうしてたらお湯も無事に沸き、僕は小さい鍋に少しお湯を移す。
「いよう!お待たせお待たせ!」
雑貨屋のお爺さんと、ミアリスさんを伴ってナジナさんが登場。続いてウォズマさん一家も姿を見せる。
「御婦人、ゲンタ君、今日はありがとう。家族でお邪魔するね」
「お二人ともはじめまして。ウォズマの妻、ナタリアと申します。こちらは娘のアリス。主人がお世話になり、また今夜はお招きいただきありがとうございます」
美人としか言いようのないナタリアさんが丁寧に挨拶する。それにしても、ウォズマさんといいナタリアさんといい…、美男美女のカップルっているもんなんだなあ…。
そしてナタリアさんがアリスと呼んだ少女を促す。歳の頃は五歳か六歳くらい、やはり二人の遺伝子の影響か、大人になったら間違いなく美人になると思われる。
「…こ、こんばんは」
それだけ言うと、恥ずかしいのかナタリアさんの後ろにすぐ隠れてしまう。
「こんばんは、マオンじゃよ。よろしくね」
「ゲンタです、こちらこそよろしくお願いします」
レジャーシートの方に案内し、それぞれ座ってもらう。ハンバーグを沸騰している鍋に投入した。
「あとはシルフィさん達が来るのを待つのみですね」
「ああ、ギルドを閉めてから来るだろうからな」
「彼女達に伝えたらすごく嬉しそうにしていたよ。ふふ、ゲンタ君。期待されているね」
ナジナさんとウォズマさんが応える。
「お口に合えば良いのですが…」
「ゲンタさんなら大丈夫ですよ、だってあの『じゃむぱん』や『たまごさんど』を作るんですから」
ミアリスも大丈夫と太鼓判を押している。いやあ、ちなみに作った訳ではないんですけどね。右から左へと仕入れて売っただけなもんで…。
「『じゃむぱん』…?」
そんな時、アリスちゃんが興味を引かれたようで、ウォズマさんの顔を見上げている。
「そうだよ、アリス。昨日の甘くて美味しいパンはゲンタ君が作ったんだよ」
愛娘に優しく応えるウォズマさん。イケメンで強くて優しくて…、なんだろうこの完璧超人は。
「お待たせしましたぁ〜」
その時、到着を知らせる声。フェミさんだ。
マニィさんやシルフィさんもいる。そしてその後ろにもう一人。…え!?もう一人?
だ、誰だ、薄暗いからよく分からない。男性みたいだけど、心当たりがない…。その人物が少々遠慮がちにやってくる。
「き、来ちゃった…」
そこにいたのは冒険者ギルドのマスター、スキンヘッドのグライトさんだった。




