第34話 お・も・て・な・し(前編) 恩返しだよォ、恩返しィ!
タイトルについて。
つい勢いでやりました。後悔はしていません。
マオンさんとナジナさんの息の合った掛け合いを、
僕とウォズマさんが時折笑ったり突っ込んでみたりしながら
仲良く家路についている。
町の中、様々な人が行き交う。地球でも肌の色や宗教で
対立があり、流血が起こる事も決して珍しくはない。
しかし、この異世界ではエルフやノーム、獣人族もいる。
まだ、会った事はないけど、ドワーフ族もいるとの事。
仮に同じ種族であったとしても、例えば利害関係や
怨恨により反目し合う場合もあるだろう。
そう考えると、人間四人組とはいえ会ったばかりだがこうして
仲良くしているのも割と凄い事ではなかろうか?
□
「では…、御婦人、ゲンタ君。オレは家に戻るね。
また明日、美味しいパンを期待しているよ。
ところで相棒、お前はこれからどうする?」
僕達はマオンさんの納屋に帰り着き、午後は家族と
過ごすと言っていたウォズマさんがナジナさんに声をかける。
「ん、俺か?俺はこれといってする事も無えからな。
そうだな…、よし、あの竈周りの片付けでもするか」
辺りを見回し、火事で焼け落ちた建物跡で唯一原型を
留めていた竈を見つけたナジナさんがそのように返答する。
「え、そんなのは悪いよ!旦那!」
「なァに、力仕事ならお手の物よ!どーら、俺にまかせな」
遠慮するマオンさんをよそに、担いで来た毛布の入った
背負い袋をマオンさんに渡しながら、ナジナさんは
焼け跡の方へ向かって歩いていく。
僕もナジナさんだけにその作業をさせるのは申し訳ないので
彼に続いて片付けを手伝いに向かうが…、
「へっへっへ、兄ちゃん。こういう事はなァ…、ちょっとした
コツと馬鹿力がモノを言うんだぜ。
だからよぉ、兄ちゃんは婆さんの面倒でも見てやんな」
「えっ?」
「朝早くからパン売りをあれだけの人数をこなしたんだ、
なかなかに骨が折れるってモンだ、少し休ませてやんな」
そうか…。朝早かったのもあるし、それにもしかしたら
寒さで十分には寝付けていなかったかもしれない。
先程までナジナさんと元気にやりとりをしていたが、
疲れや眠気というのは急に体に来る時が来る。
確かにギルドでの販売は忙しかった、僕はコンビニバイトで
昼飯時のシフトに入った経験もあるから人が『ずらっ』っと
並んでる時の大変さやプレッシャーは分かるつもりだ。
初めてシフトに入った時の圧迫感というか、アレは
なかなかに精神的に来るものだ。肉体的な疲労はもちろん、
初めてのラッシュによる精神的な疲労も考えれば
ナジナさんの言う通り休んでもらうのが一番な気がする。
「マオンさん、ここはナジナさんのお言葉に甘えて少し
休ませてもらいましょう。新しい毛布もあります、
少し横になって下さい」
「それが良いです、御婦人。今朝の販売は傍目に見ても
大変なのは一目瞭然、なにしろまだ初日です。
疲れを残さず明日からも変わらずパンを売って下さい」
僕とウォズマさんに促され、マオンさんは休む事を
なんとか承諾してくれた。
「旦那方、ゲンタ。休ませてもらうね、ありがとうよ」
「ああ、こっちは心配いらねえ。なんなら婆さん、
高鼾かいて寝てても良いぜ!」
「ちょっと旦那!儂も女だよ!鼾なんてかかないよ!」
「ははは、悪いな婆さん。まあ、安心して寝んでなって事さ」
納屋に銀のマットを二つ折りにして敷いて、マオンさんは
毛布にくるまる。
「ああ、この毛布柔らかくて暖かいねえ…」
「ノームのお爺さんのおかげですね。ゆっくり休んで、
マオンさん。僕はついでに夕食の用意でもしておこうかな」
なぜか、ふっとマオンさんは寂しそうな表情になる。
「なあ、ゲンタ。夕食を一緒に囲まないかい?」
「えっ?」
「い、いや、なんでもないよ」
なんだろう…、マオンさんの歯切れが悪い。
夕食を一緒に…、そうか!僕は大学近くで一人暮らしだから
一人で食べる事が多い。しかし、部屋には灯りもあるし
テレビもあるから映像や音があるから孤独感は薄れる。
しかし、ここにはそれがない。だから夜は暗く、一人ならば
音も無く孤独感はより増してしまうだろう。
大学の友達の一人が食事を『一人で食べても美味しくない』と
こぼしていた事を思い出す。九州は大分県からこちらに来て
なれない関東での生活に戸惑っていた。
人は一つ、心を持っている。そのただ一つの心が寂しさや
悲しみにさらされる度に傷つけられる。
火事で住み慣れた家を失った悲しみを負い、さらに孤独と
不安がつのる夜が来る。元気に振る舞うマオンさん、でもそれは
僕たちがいるこの時、日が出ている明るい今だけの事かも
知れない。日が暮れ、人気が遠ざかれば不安に、
そして寂しさに震えているに違いない。だから僕は…、
「マオンさん、夕食を一緒に食べましょう。
僕たち二人だけじゃなく、今回お世話になった皆さんも
一緒に呼んで…。準備は任せて下さい!」
「ゲンタ…」
「さあ、疲れたでしょう。日も高く昇って暖かくなって
きました。寝るには良い頃合いですよ?せっかくの毛布、
さっそく試して下さい」
マオンさんは溢れ出す涙を隠したいのか毛布をすっぽりと
頭までかぶる。そして、毛布の中からくぐもった声で
「儂はなんて果報者じゃ…、こんなにも…こんなにも
良くしてもらってさ…」
「それは僕もですよ、マオンさん」
おやすみなさい、そう声をかけ僕はゆっくり納屋の戸を閉めた。
その一人残された納屋の中で老婆は泣いた。
声を押し殺しさめざめと。ナジナとウォズマ、そしてゲンタ。
みんな優しく良い人ばかりだと。そんな温かく優しい気持ちに
包まれて彼女はやがて眠りに落ちていくのだった。
□
「君は優しいな…、ゲンタ君」
振り返るとウォズマさんから優しく肩をポンと叩かれた。
「ウォズマさん…」
「ああ、俺も故郷のお袋の事を思い出しちまったぜ」
竃の辺りにいたナジナさんもいつの間にかそばにいた。
「誰よりも早く起きて、いつだって自分の事を最後にしちまう。
ふっとよぅ…、そんな事を思い出したぜ…」
いつも豪快なナジナさんらしくないしんみりとした雰囲気だ。
「そういえばウォズマさん、長い時間付き合っていただいて
すいません。ご家族をお待たせしてしまったのでは?」
「いや、まだ大丈夫だよ。しかし、ウチの娘は大変な
寂しがり屋でね、待たせると拗ねてしまうんだ。
だから、そろそろ行くよ。ではね、ゲンタ君」
「あっ、待って下さい。ウォズマさん。もし良かったら
今日の夕食を一緒にいかがですか?もちろんご家族にも
おいでいただいて…。心ばかりの物になるとは思いますが
ご用意させてもらいますよ」
「おお…、ゲンタ君の…。それはもちろんお招きにあずかるよ。
しかし、良いのかい?」
「もちろんです!あっ、でもテーブルや椅子が無いので、
昨日みたいにそこの地面に敷き物を敷いて…、みたいな
感じになります…。それが失礼に当たらなければ…」
「それは大丈夫だよ。辻売から食べ物を買えば
屋外で食べる事になるし、何より敷き物を敷いてくれている。
これなら土で服も汚れないから失礼ではないよ」
「それは良かったです、あと時間はいつぐらいにしましょう?」
「だいたい日没過ぎくらいで良いと思うが…、他に誰か
呼びたい人はいるのかい?」
「まずはナジナさん…」
「おうっ!呼ばれなかったらどうしようかと心配だったぜ!」
僕の言葉にナジナさんが食い気味で話に入ってきた。
「それから、ギルドの受付の御三方に、ミアリスさん。
そして最後に雑貨屋のノームのお爺さんですね」
「まあ、爺さんはどうせヒマだろ。兄ちゃん、酒はあるか?
あると聞けば、あの爺さんはすっ飛んで来るぜ」
「なら、ギルドの受付嬢たちにはオレが声をかけておくよ。
家に戻るついでに寄れる」
「じゃあ、俺は爺さんとミアリス嬢ちゃんだな。
爺さんはともかく、嬢ちゃんは今頃は仮眠中だろうからな。
竃の片付けをしたら教会に声をかけに行くとするか」
流石は相棒同士、あっさりと手分けする手筈を整える。
「あと、皆さんはどんな食べ物が好きなんでしょう?
あと、お酒はどんな物が良いのか…」
「んあ?俺達『人族』は兄ちゃん、分かるだろぉ?
まあ、朝に食ったパンに入ってるような感じなら
なんだって好きだぜ。酒はまあ、麦酒だわな」
「ミアリス嬢は猫の獣人だったね。なら、魚を特に好むだろう。
だが、この町では魚は貴重だ。海からは遠く、近くで
獲るなら川しかないが泥臭い。量も町の人口から考えれば
希少としか言い様がない。入手は難しく高価だね」
「それを言ったら酒もだな。安酒もあるが、麦酒は変な
香草や薬草を混ぜた物は鼻につくし、葡萄酒は葡萄酒で
出来損ないばかりでよう…、」
「そうだ、シルフィ嬢はエルフだ。あまり香辛料が効いた様な
物は苦手だろうね。逆に果物や甘い物は好むだろうし、
葡萄酒の良い物なら大層喜ぶだろう」
「あと、爺さんは酒飲みだからな。塩気がある物が
良いだろうな」
二人が様々な情報を教えてくれた。
この町ならでは、または異世界ならではの生産や流通事情が
あるようだ。ここが日本なら、道路をはじめとして流通網が
整備されている。だからこそ、日本全国にコンビニがあり
一律の価格でみんなが知っている商品が買える。
しかし、ここ異世界では物流の為のトラックが
走っている訳ではない。人が担いで、荷車を引いて、あるいは
荷馬車を用いて物を運ぶ。手間も時間もかかるのだ。
でも、僕は日本から商品を持って来る事が出来る。
マオンさん、そしてお世話になっている人と夕食を囲もう。
そうと決まれば、献立は何にしようか、
僕は今夜の会食について思いを馳せるのだった。
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