第294話 母と子と(中編)。〜僕なりの返答(こたえ)〜
「僕の故郷の料理です。どうぞお召し上がり下さい」
ビカビカとした艶感じとは無縁の黒色。プラモデルの塗装なら光沢消しブラックとか言うのだろうか、重厚さとしっとりとした感触さえ手に伝えてきそうな石木のテーブル。十人はゆうに食卓を囲める大木を縦に切り分けて作った贅沢なテーブルである。
そこに手の平に乗るほどの大きさの小鉢。軽く試食する程度の量の料理を盛り付けてある。
「な、なあ…、ゲンタはん。あんさん、ワイを殺すつもりか?これが返事なんか!」
小鉢を見てゴクキョウさんが言った。
「卵に火が通りきってへん!生やないけ!!こんなん食うたら腸やられる!どういうつもりや!返答次第によっちゃこのマンタウロ・ゴクキョウ許さへんで!!」
怒気をはらんでゴクキョウさんが立ち上がった。そうか、これは一言説明が必要だった。これは僕の落ち度だ。
「申し訳ありません。先にご説明するのを失念していました」
そう言って僕はスーパーで買ってきた卵をパカッと割ってお椀に入れた。
「この卵は特別でしてね…。ほら、このように…」
そう言って僕はそれを口元に持っていくとゴクリと飲み干してみせた。
「生食が可能なのです」
「な、な、なんやてえっ!!?」
□
「ナ、ナマで食いよった…」
ゴクキョウさんが驚いている、無理もない。
日本の卵の衛生は非常に優秀だ。僕も卵かけご飯を食べたりする。しかし、外国でそれをやろうとすると様々な菌が付着していたりする可能性があり食中毒をはじめとした人体に悪い影響を及ぼす事がある。それはここ異世界、ミーンの町でも同様なのだろう。つまり生食は言うに及ばず、完全に火が通っていない卵というのは抵抗のあるものなのだろう。
「う…、うむむ…!!」
食べる事が大好きだと言っていたゴクキョウさんだが、やはり『はい、そうですか』と認識は変わらないのだろう。しかし、やがて決意したようでスプーンを手に取ると僕が作った料理を口に含んだ。
「こ、これはぁ〜!?」
ゴクキョウさんが打ち震えた。
「あ、甘く炊かれた丸鳥の肉にこれは玉葱か…。この亜麻色の汁に炊かれて柔らこうて美味くて…。それにしても…た、卵って…卵って…」
つーっ。両目から頬を伝って流れ落ちる光る筋。
「こんなに…、うまかったんやあ〜ッ!!」
さらに一匙…。
「濃厚なんやなあ…、固まってない卵の黄身がトロ〜リ舌に絡みついて…。濃厚なんやぁ、艶かしいんやぁ。なんちゅう事を…、あんさんなんちゅう事をしてくれるんやぁ〜」
「お気に召していただいたようで何よりです」
「お気に召したなんてもんやない。ワ、ワイ…こんなんされたら、こんなんされたらもう他所で卵食べられへんようになってまうわ!!」
がつがつ!ずずーっ!!
洋食のテーブルマナーでは皿を直接持ったり、口を付けて食べたりするのは無作法とされる。それはここ異世界でもそうだが、そんな事はお構いなしとばかりにゴクキョウさんは勢いよく食べ煮汁さえも飲み干した。余程、気に入ったのだろう。
「ぷはーっ!!初めてや、こんな美味いモン食うたん初めてや!…っと、ワイとした事が。我ェ忘れて無作法なマネを…、すまんかったのう…」
「いえ。美味しいと言って食べていただけるのが用意した側からすれば最高の賛辞かと。ありがとうございます」
「そう言うてくれるか!嬉しいで!しかし、一つ…いや、二つ不満がありまんねん。一つ、量があまりに少ないで!もっと食べたなるわ!そして、二つ目。考えようによっちゃこっちが大事や」
「お教え下さい、ゴクキョウさん」
「それはな…」
僕はゴクキョウさんの次の言葉を待った。




