第285話 ゲンタが焼いた魚。
テーブルに木製の平皿を置いた、見た目には大きなフリスビーのような感じだ。
「魚や…。このような山あいの町やで…、入手は困難であったやろ…」
平皿に盛られたもの…、それは生の魚の切り身であった。
「川漁師の方に知り合いがいまして…」
今朝、町の外の川で獲れた魚だ。巨大鮒という名前の魚らしい。その名の通り大きな魚で、可食部も多いので高値が付くものらしい。
「ふむ…」
皿に盛られた魚の切り身をザンユウさんがひとしきり眺めて、やがて口を開いた。
「さあ、食わせてくれ。その為のものだろう」
「はい、では…」
トングを使って切り身を掴み、一豊石の石板の上に乗せた。調理開始を告げるような魚の身を焼く甲高い音が響いた。
□
「ああ、良え香りやなぁ!ワイはトサッポンの山林育ちとは言え近くには谷川もあったさかいな!魚釣りして食べた事もあったんや!海の魚も良えが、川の魚もワイは好みでのう…」
「そうでしたか。それじゃあ是非楽しんでいって下さい」
「おおきに!おおきに!」
頃合いを見て魚の切り身をひっくり返す。
「おほっ!良い色や、狐色の綺麗な焼き色やぁ!」
ぱちぱちとゴクキョウさんが手を叩いて喜んでいる。
「さあ、もうすぐ焼けますよ。取り皿をどうぞ」
そう言って僕は食器類をゴクキョウさん、ザンユウさんに手渡した。こちら側ではマオンさんが用意してくれている。
「ふむ…。良い塩梅のようだ…」
魚が焼ける良い香りが漂う、さすが一豊石の焼き板だ。火の通りがとても早い。
「そのようですね、では…」
そう言って僕は魚をそれぞれの皿に焼き魚を配った。
「最低限のものですが…、味を付けてあります。僕のつけた下味程度のものですが…。さあ、どうぞ」
「ふふふ…。下味程度…、か。良かろう、味をみてやるか」
ザンユウさんが身を乗り出した。焼き魚の試食が始まった。
……………。
………。
…。
がつがつ!
「う、美味いなァ!もう四百年は昔やろか…、ワイも里にいた子供時分には鮒を捕まえてなァ…」
スキンヘッドとは言えエルフであるゴクキョウさんが、ドワーフのような勢いで巨大鮒の焼き魚を食べている。
「こんな美味かったんやな、川魚!まるで違うモン食うてるみたいや!石で焼くだけでこんなにも変わるモンとは…」
最初こそナイフとフォークを使って食べていたゴクキョウさんだったが、途中からは途中からは両手で手掴み。貪るように食べている。
「ホントだね。儂も川魚なんてもう十年は食べてなかったけど…、美味いもんだねえ…」
マオンさんも喜んで食べている。
「ふむう…、この味は…。二人とも水を差すようで悪いが…」
そんな中でザンユウさんだけが落ちついた雰囲気で焼き魚を口にしている。
「これは昔、お二方が食べたものとは明らかに違うと断言しよう」
何やら含む事がおおいにありそうなザンユウさんの言い回しだった。
□
「な、何や…、バラカイはん」
「そうだよ、革の水筒から軍馬に…」
ゴクキョウさんとマオンさんが戸惑いながら応じた。ちなみにマオンさんが呟いた『革の水筒から軍馬』という言葉は急に突拍子もない事を言った時に使う慣用句だ。日本語で言えば『瓢箪から駒』みたいな感じで使うのが一般的らしい。
「戯言で言っている訳ではない。これは至高の逸品と言っても過言ではあるまい。…それほどまでに美味いのだ」
そう前置きしてザンユウさんは僕に向き直った。
「主、…いや坊やだったな。お前はこの魚を切り身にしてすぐに塩を振ったな。そして、身から余計な水分を出させた後に清涼な水でサッと流した後すぐに水気を拭き取った。…そうだな?」
「はい」
「余計な水気を抜いたのは生臭さを抜く為でもあろう。そしてもう一つ、身をしっかりと固くさせる事が出来た。少なくとも脆い身である川魚をそうとは言えぬくらいにはな」
そしてまだ木の平皿に残っている魚の切り身に目を向けた。
「それからまた塩を改めてした後、香辛料を振った。信じられぬ…、信じられぬが…黒胡椒の類であろう」
「ええっ!?黒胡椒やてっ?バラカイはん、馬鹿も休み休み言いなはれ。そんなもん、ワイらエルフの体には毒とまでは言いまへんけど…」
京極さ…じゃなかった!ゴクキョウさんが何を馬鹿なと言うた感じでザンユウさんにといかる。
「お見事ッ!その通りです」
「な、なんやてぇッ!?」
僕の返事にゴクキョウさんが大きく反応した。
「その上で…、い、いや違うッ!果実に…、果実に巨大鮒の切り身を漬けこんだなッ!?再び塩を振るまでのわずかな間に」
「おそらく…、我らを慮っての事だろう。川魚にはどうしても生臭さ以外にも泥臭さがある。何がしかの胡椒でその臭さを打ち消す工夫をすると共に…、この果実で香りを付けたのだ。嗅ぎなれぬ香りだが柑橘の類であろう。爽やかな香りが泥臭さを消しておる」
凄い…、そこまで見切るんだ…。
「そしてその果実をすぐに…、最低限の香りが移る程度に漬けてすぐに外した。そして橄欖油か…、まったく油にまでおごったな。川魚独特の脂っ気の無い物足りなさを橄欖油に漬けこんでおく事で不足している分をたくみに加えておる。それも果実油の風味まで加えてな…。焼く前から既にこれだけの事をしておるのだ、下味などとは謙遜に過ぎるだろう」
「そうや!こりゃ果実の油や!橄欖(オリーブのこと)の油が加わって…。脂の乗った海の魚を知っているワイも物足りなさを感じなかったはずや!」
ゴクキョウさんがハッとしたように声を上げた。
「それだけではない、さらに妙なるは焼き…火の通りの素晴らしさといったら…。外はしっかりと焼き、中はふっくらと仕上げておる…」
「確かに口当たりも良かったで!」
「まず石板に触れた部分を強く焼き固め、中の旨みを閉じ込める。そして一豊石の特性か、魚の身を切り身を焦がしてしまうより早く中の…芯と言える部分まで火を通すのだ。いくらタンパクとは言え川魚にも脂はある、その脂に火が通る事でしっかりと身に熱が加わるのだ。言わば自らの脂で揚げるような感じでな…」
「そうやったんか…。この一切れの川魚の切り身にそこまでの工夫が…」
「だが、それだけではない。…なんだ、なんなんだッ!」
「ど、どないしはったんや?バラカイはんッ!」
冷静に焼き魚の講釈をしていたザンユウさんだったが、急に怒気をはらむような感じでまくしたて始めた。




