第25話 販売終えて…これから(後編)。エピローグ、血より濃いもの
この話で一章終了です。
この話に出てくる『血より濃いもの』という言葉は、
少年ジャンプに掲載されていた宮下あきら先生の『魁‼︎男塾』に出てきた言葉です。序盤の方の話ですが、主要登場人物の一人『富樫』が三人の仲間と共に敵の総大将『大豪院邪鬼』の元に向かいます。
その時、富樫は邪鬼を兄の仇と思い復讐の機会を狙っていたのですが、邪鬼の力は兄弟でとても太刀打ちできない事も感じていました。
そこで富樫は邪鬼と対面する部屋の扉に入る際に、仲間を置いて一人だけ走って扉に入り鍵を掛けて仲間を締め出します。それは富樫は体にダイナマイトの束を巻き付け、相討ち覚悟で爆殺を狙い乗り込んだので仲間を巻き添えにしない為でした。
しかし、富樫は敗北。爆殺も失敗しトドメを刺される寸前で仲間に助けられるのですが、兄の仇を討つという私情の為に皆を巻き込みたくなかったと言う富樫に、主人公の『剣桃太郎』が富樫を一発殴りながら言ったのが『血より濃いものだってあるはずだぜ』でした。
血を分けた親兄弟、確かに固い絆です。しかし、一緒に苦楽を共にしてきた仲間との絆もまた固い物で大切です。
血は水よりも濃いと言いますが、血はつながってなくとも大切に思い合える関係が築ける相手が出来るのもまた人生だと思っています。
孫みたいな歳の子に金をたかって生きるような…
そんなババアにはなりたくないんじゃよ。
カラカラと笑いながら、マオンさんはそう言った。
いつものように軽く、しかし真っ直ぐな話し方で。
家を焼失、商業ギルドの辻売(道に立って売る商人の事)の
資格を失い、それでも前を向き歩き出す。
そんな強さのようなものを僕はマオンさんから感じた。
きっと今まで色々な事があったに違いない。
パンを売った日には、雨の日も風の日もあっただろう。
新聞配達のバイトをしながら大学に通っている友人は
天候一つでその日の仕事の難度がまるっきり変わる事を
よく話していた。そんな人が知らない大小の苦労を毎日毎日
積み重ねてきたマオンさんだからこその矜持なのだろう。
しかし、このままじゃ先に進まないし、体にも良くない。
いくらマオンさんが元気に振る舞っていても、寝冷えしたり
睡眠不足を積み重ねる事で体には少しずつダメージが
蓄積していく。それを不摂生とまでは言わないが、
病気などの原因または遠因になる。医療体制があまり
発達していないように見えるこの世界では思わぬ命取りに
なるかも知れない。それを僕は恐れるのだ。
「儂には納屋があるよ。この体一つ、座るにも
寝るにも十分な大きさじゃ。その裏には井戸もある。
掘って水脈にまで達した綺麗な水が出る井戸じゃ。
沸かしたりしなくても良いからの、薪代もいらん」
微笑みながらマオンさんは言う。心配いらんと言わんばかりに。
「それにのゲンタ。今朝もらったこの背中に羽織るものも、
寝る時に敷いたあの不思議な布もとても暖かかったよ。
木の床にそのまま寝るのとは大違いじゃ。
あれだけあれば暮らしていけるよ、ありがとうね」
「マオンさん…」
「長年パンを焼いて売ってきた儂には、昨日から
ゲンタのパンには驚かされっぱなしだよ。どれだけの
苦労を重ねたんだい?あれを得るには並大抵の事では
無理な事が分かるよ」
不意にマオンさんがテーブルの上に置いていた僕の右手を取った。
「この手をね…、この手を大事にするんだよ、ゲンタ。
お前さんのこの手はこれからも色々な物に触れる。
パンを焼くのも、人とつながるのも全てはこの手じゃ。
ゲンタはパンを売った冒険者達の顔を見たかい?
大袈裟に思うかも知れないが、明日には会えなくなるかも
知れない人達じゃ。他の町に行く人、狩猟に行って
帰って来ない人…色々じゃ。儂みたいにこの歳まで
生きてきた年寄りから見れば…どこか生き急いでるような
生命をすり減らしながら歩いているようにも見えるのさ」
生き急ぐように見える自分より若い者たちを思ってか、
マオンさんは少し寂しそうに話す。
「だからね、ゲンタ。この手はお前さん自身と、これから
見つける家族になる人の為に使うんじゃよ。
平凡に暮らす事ってのも…なかなかどうして難しいものじゃ。
ちょっとした事でその手から幸せは溢れていく、
だから離さないように、溢れないように、しっかりと
掴んでおくんだよ。しっかり包むように…抱えるように…
この手でね。そしてお金も同じ事だよ、ゲンタ」
僕の手をマオンさんが両手で包むように握る。
ゴツゴツとした所もある少し硬い指先や手の平が、僕の右手に
触れそれまでの人生の奥深さを伝えてくる。
「自分の為に、大切な家族の為に、この手もお足も
使うんだよ。良いかい?ゲンタ」
マオンさんの言葉は、母が幼い我が子に教え諭すように
言った。それは小さな我が子が思うままに行動し人様に迷惑を
かけたり、あるいは世間から妬みや恨みを買わないように
世の中の事を教えるような、そんな優しい響きがあった。
「はい、マオンさん」
「それで良いよ、ゲンタ。儂みたいな年寄りは
一度言い出したら引かないからね。説得なんて聞かないよッ」
『ニカっ!』っと音がしそうな良い笑顔のマオンさん。
「そうですよねぇ、奥さんになってくれそうな人や、
家族や….、親戚も大事にしていかないといけませんね」
「お!良い事をお言いじゃないか!ゲンタ!
そうだよ、親戚付き合いも大事だよ。嫁さんの方の
家の事とかも考えてやるのが良い夫ってもんさ!」
上機嫌に話すマオンさんに僕は思った。
してやったり!
いわゆる『ドヤ顔』の笑顔で、僕はマオンさんに、
「じゃあ、マオンさん!僕たちは一緒に買い物に
行かねばなりませんね」
□
「ゲンタ、何をお言いだい?それはさっき断ったじゃ…」
「ふふっ、マオンさん。さっき言ってたじゃないですか?
『親戚も大事にしないといけない』って」
「い、言ったけど…、儂とゲンタは何の血のつながりも…」
「昨日マオンさんは、商業ギルドにパンを売りに行く前に
言ったじゃないですか。僕を遠縁という事にしようって」
「あ、ああ。確かに言ったが…。
じゃが、あれはあくまで方便で…」
「遠縁だって立派な親戚ですよね。それに、マオンさんは
『一度言い出した言葉は引っ込めない』んですよね?
将来、親戚の事も考える良い夫になる為には今から
それに慣れていくのも良いと思うんです」
「う、うぐ…」
マオンさんが口ごもる、反論がしたいところだが、
なかなか良い言葉が出てこないのかも知れない。
だから、ここだ!たたみ掛けるならここしかない!
「マオンさん、僕たちは昨日出会い、今ここにいます!
昨日までじゃ想像すら出来ない、パンが全部売れて
この手でお金を掴む事ができました。マオンさんが
いなかったら、持ってたパンが売れるなんて思いも
しなかった。売れる事を思い付いたにしても、
売る場所の見当なんてつきもしなかった」
ここで一旦言葉を切って、僕は大きく息を吸う。
次の言葉が、僕の最後の勝負札だ。
「確かに僕たちは血がつながってないかも知れません。
だけど、一緒に痛い目にも遭ったし、こうして一緒に
パンを売って一儲けもできました。短い間でしたが、
辛い事も嬉しい事も共にして今僕たちはここにいます。
昨日までは縁もゆかりもない僕ですが、今はこうして
二人で同じテーブルに座って喜びを分け合っている。
血縁はないかも知れません。だけど、血より濃いものだって
あるはずです。こうして互いを大事にできるんだから!」
胸に溜めていた息を、言葉を一気にまくし立てる。
次の言葉は続かない、全てを吐き出し僕は伝えた。
「参った、参ったよ、ゲンタ。儂も余計な事を
言っちまったねえ…」
やれやれといった感じでマオンさんが返事をしてくる。
「余計な事を…、それも二つだ。『遠縁』に、『一度言い出した
言葉は引っ込めない』か…。それを拾われちまうなんて…
こりゃあゲンタに一本取られたよ」
「マオンさん…」
「儂自身、無駄に歳食ってきてないと思っていたが、
なかなかどうして…若い者には驚かされるねえ…」
そう言ってマオンさんは目を細めた。
「…分かった。儂の負けじゃ、儂の負け。
この件はお前さんの言う通りにしよう、ゲンタ。
それにしても…、血より濃いもの…か。
上手いこと言うもんだね。そこまで言われたら、
儂はもう何も言えないよ」
「マオンさん…」
「改めてよろしく頼むよ、ゲンタ」
そう言ってマオンさんが右手を差し出してくる。
「はい、こちらこそ!マオンさん!」
がっしりと僕たちは握手を交わしたのだった。
これからも一緒にパンを売り、暮らしていく…、
そんな決意を込めて。
□
「さあ、それじゃ今日の商売の大成功を祝う意味も兼ねて、
新しいパンで朝食と行きましょう」
「ゲンタがわざわざそう言うなら、凄いパンが出てきそうだね」
僕がそう言って二十四時間スーパーで買ってきた割引前の
新しいパンを取り出すのを見ながらマオンさんが応じた。
そして僕がリュックから取り出したのは『具材たっぷり卵サンド』、
『具材たっぷりフルーツサンド』の二種類。
二種類ともそれぞれ二百円台後半、結構高い。
普段の僕なら躊躇して手が出せない金額だが、
昨日の夕方にシルフィさんやナジナさん達がパン一個を
白銅貨五枚(日本円にして500円相当)で嬉々(きき)として
購入してくれた事で、これは売れるんじゃないかと自信に
つながった事も大きい。
「はいっ!これです!」
マオンさんの前に二種類のサンドイッチを置いた。
続けて僕の前にも同じように置く。
「こ、このパンはなんだい?不思議な形だし、真っ白だし…」
「サンドイッチです。パンとパンの間に具材を挟んだ物です。
黄色いのが挟んである方は卵、もう一つのは
果物と…その白いのは卵の白身と牛乳などを加えて
練り上げたものを混ぜたものです」
「ああ…、なんて贅沢なご馳走だろう…。
卵だなんてなかなかに値が張るものだよ…。
良いのかい?果物と言うのもそうは出回らないからね…」
「今日はお祝いです。さあ、遠慮なくどうぞ!」
そう言って僕はサンドイッチの包装を開け、マオンさんに
食べてもらうように促し、紙コップに緑茶を注ぐ。
「難しい話は終わったかい?兄ちゃん」
振り返るとナジナさんとウォズマさんがいた。
そして、受付嬢の三人がこちらにやってくる。
僕たちがこのテーブルで話を始めた時は受付はそれなりに
混んでいたから、今はひとまず落ち着いたのだろう。
「見事にパンが全部売れたみたいだから一言祝いの言葉でもと
思っていたんだが…兄ちゃんと婆さんがよう、難しい顔して
何やら話し込んでるから邪魔しちゃ悪いだろ」
うーむ、さすがナジナさん。空気の読める良い漢だ。
「って、ウォズマが言うからよう…」
…なんだろう、ナジナさんがだんだん残念な人になっていく。
「ははは、まあこんな風に言ってるが、ナジナもナジナで
思う所はあったみたいだから話に割り込むような事は
ないよ。安心してくれ、二人とも」
すかさず好漢ウォズマさんがイケメンなフォローを
入れる。ウホッ!良い漢はあなたでしたか、ウォズマさん。
「それにしても大盛況でしたねぇ、あっと言う間にパンが
完売しましたぁ〜」
「ああ、凄えぜ。なかなかこういう事って無いぜ」
フェミさんとマニィさんが感嘆の声を上げる。
「急遽販売を決めた事に一抹の不安が有りましたが、
やはりゲンタさんのパンは凄い。この開業に携さわる事が
出来て私も嬉しく思います」
その美貌とメガネの奥に知性を添えてシルフィさんも
今日の成功を祝ってくれた。
「ところで兄ちゃん、今日はこれからどうすんだ?」
「ここで朝食をとらせてもらってから、マオンさんと
身の回りの物を買いに行くつもりです」
「そうか…、よし!なら荷物が嵩むかも知れねーな。
俺もついて行ってやるぜ」
「え?お仕事は良いんですか?」
「オレ達は昨日、隊商の護衛から戻ってきた所だからね、
今日は休養や必要な物の買い出しにでも充てようと
思っていたんだよ」
「ウォズマは嫁さん達に家族サービスもな」
ナジナさんが笑顔でウォズマさんに声を掛けている。
「ああ、まあな…。そうだ、ゲンタ君。
昨日はパンをありがとう。やはり甘い物は女性を笑顔に
してくれるね。妻も娘も喜んでいたよ」
「喜んでいただけて良かったです、
こちらこそありがとうございました」
「よし、じゃあ二人ともメシ食ったら商業区に行こうぜ。
荷物ならこの俺に任せとけ!」
サムズアップした親指を自分の顔に向けたナジナさんが
笑顔を向けてくる。
「大剣のダンナが町中で護衛とは豪勢な話だぜ!」
マニィさんが驚きの声をあげる。
「こんなのは散歩だ、散歩。護衛の内にゃ入らねえよ」
「ゲンタ君、オレもついて行って良いかい?」
「は、はい。でも、ウォズマさん、せっかくのお休みに
ご家族…、奥さんや娘さんは良いんですか?」
「午後から家族と過ごす約束をしたから、昼前までに
なるけど良いかな?君といると何か楽しい事がありそうだ」
「ひぇ〜、『双刃』の旦那まで!
こんなの余程貴重な品を積んだ商人でもなきゃ
あり得ない話だよ」
マオンさんまでもが大きな驚きの声を上げた。
「御婦人、オレもただ買い物について行くだけです。
どうか、そう驚かないで下さい」
穏やかな口調でマオンさんに話しかけるウォズマさんは
やはりかなりレベルの高いイケメンである。
「さあ、そうと決まったらメシだ、メシ!
兄ちゃん達も『あんパン』か?『じゃむパン』か?」
ナジナさんが聞きながら、どっかりと丸太の椅子に腰掛た。
「えっと…、僕たちはこれで…」
テーブルの上のサンドイッチを示す僕。
「な、なんじゃこりゃあ!!!!!?」
馬鹿でかい驚きの声を上げたナジナさんが、これは何だと
聞いてきたので先程マオンさんにした説明をもう一度する。
「に、兄ちゃん…、お前って奴ぁ…」
口元をピクピクさせて、ナジナさんが僕を見つめる。
元々迫力がある顔なので、ちょっと怖い。
「た、頼む!俺にもこれを食わせてくれッ!!!」
「ええ〜ッ!」
こうして本格的に僕のこの町と日本とを行き来する生活が幕をあけていくのであった。




