第257話 奇跡のバザール
クリームシチューとマオンさんのパン。どんこ椎茸の煮物にえのきだけとぶなしめじのバター醤油炒め。そして様々な果物とフルーツゼリー。あとはアルコールの提供としてワイン、そしてジンと梅酒。
その全てが様々な地域から集まったエルフ族の皆さんを満足させる事が出来た。売れ行きも上々だ。しかしこれはまだ半分、調理を必要とする飲食物の提供は当然ながら手間がかかる。だからここからが後半戦だ。
「すいませーん、食べ物は売り切れましたので屋台はこれにて終了です!ここからは持ち運び出来るものをご用意しております。皮を剥いて食べる水果に堅果、先程のどんこ椎茸を干したもの。干したフルーツもありますし、ジャムなんかもありますよ。ぜひご覧下さい」
そう言って僕は調理に使っていた鍋などを片付け、平たい板を乗せて屋台を販売台に変えた。色とりどりの果物にジャム、干し椎茸と梅酒のボトル。
エルフ族の皆さんが列を作り始めた。パンを小さく切り、各種ジャムを少しずつ塗って試食してもらう。
「ぬうっ、この赤いのは…まさか苺か、間違いない。そしてこの黒いのは….、むうっ!このザンユウを試そうと言うのか!…これは堅果を擦り潰したものに…これは乳脂と甘さを加え練り上げたものだな。そうだろうっ!」
「お見事、正解です!」
素材や製法を言い当てご機嫌になった事もあったのか、ザンユウさんはジャムや干したどんこ椎茸を大量に買って行った。
エルフの誰かが呟く。
「こ、これは…。奇跡の市場だ…」
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エルフ族の皆さんは三十人ほどだったが購入意欲は凄かった。シルフィさんやセフィラさんから聞いた話では、今回ミーンを訪れたエルフ族の皆さんはお金に余裕がある人々らしい。なので強気の売価設定で良いだろうと言う。
重くならないように紙の容器に入った各種ジャムを銀片一枚(日本円で千円)、大瓶入りのジャム…こちらはイチゴとブルーベリーの二種類だけだが900グラム入りがなんと銀片四枚(日本円で四千円)、かなりの大儲けだ。
りんごやグレープフルーツ、バナナも人気だ。もちろんどんこ椎茸は生も干した物も大人気だ。意外なところでは醤油と味噌が売れ行きが良い。いつでも搾りたての醤油の風味を味わえるのが売りの小さめのボトル、最近は味噌のやつもある。
色々な地域から集まったせいか、エルフ族の皆さんも細かいところでは味の好みが分かれるらしい。どんこ椎茸を焼いたものに醤油をつける人、味噌をつける人…みたいに分かれたりする。
「あら…?売り切れ?」
残念そうな声が上がる。
「ああ…、すいません。こんなに売れてしまうとは予想してなかったもので」
残念そうなエルフのお姉さん。
「えっと…、まだこの町にはいらっしゃいますか?明日とか…」
「ええ…。今日はこの町に泊まるつもりだし…。何日か逗留するつもりだけど…」
「なら、明日の明け方頃に僕は冒険者ギルドにいます。そこで冒険者の皆さんにパンを売ってまして…。それが終わってからでよろしければ小売をしますよ」
「まあ、じゃあ冒険者ならパンも買う事が出来るって事ね」
「え、ええ…。そうなりますね」
「ふふ、私もこう見えて冒険者ですから」
「分かりました、お待ちしていますね。ご用意しておくのは…」
僕がそう返答していた時だった。
「あの。もしかして明日も品物を買えるんですか?」
「ええ、どれほどの数をご用意できるかは分かりませんけど…」
「じゃ、じゃあ私はあの赤いジャムを!」
「う、『うめしゅ』を!」
色々な注文が入り、それをメモしていく。
「ぜっ、全部をご用意出来る訳ではないかも知れません。その時はすいませんが…。ジャムはなんとかなるかとは思いますが…」
それでも良いから集められるだけ集めて欲しいという声を受けて、僕は最大限の努力をする事を約束し今日はお開きとなった。
エルフの皆さんへの歓迎の横断幕や、それをくくりつけていた支柱は既にガントンさんやゴロナーゴさんの手によって撤去されていた。さすがに手際が良い。
「さあ、戻るとしようかの」
「大盛況だったべ!」
「さすがゲンタさんです」
ガントンさんたちにそんな声をかけられながらマオンさん宅に戻る事にした。
くいくいとカグヤが僕のシャツを引っ張った。
「んっ、どうしたの?カグヤ」
するとカグヤは広場の別の方向を指差した。
「あれは商業ギルドの人たちですね。同族たちに何か話しかけていますが…」
「しかし、相手にはしていないようですね。何か売り込みにでも来たのでしょうが、我が同胞たちは取り合うつもりがないようです」
「まあ、気にせんでも良かろう。さあ、早く帰って酒でも飲むとしようぞ!」
ガントンさんの提案に皆で笑いながら僕たちは広場を後にしたのだった。
□
一方、その頃。
商業ギルドの面々は火災の際の避難場所、火除地である広場にいた。エルフ族が続々と来訪しているというのがその理由だ。
一般的にエルフ族は金に余裕があるとされる。エルフのジャムにエルフの服、これらは常に高値で取引され魔法の才能にも恵まれている。魔法薬をはじめとした品々を作れるし、他の人に出来ない事が出来るというのはやはり経済的にも強みである。
商業ギルドはそんなエルフたちに売り込みをかけようとした。金のある相手だ、町を訪れたからには食べるものだけでも購入しなければならない。それにこのミーンに宿泊し、明日は別の町に行くにしても野宿ではない今夜は酒の一つも飲むだろう。
冒険者ギルドが広場の一角を借りたいと言っていたのは、おそらくこの数十人のエルフが一堂に会する為だろう。それならば旧交を温めた後に広場から出てくるのを待ち構えれば良い。少しくらい高値でも売れるだろう、商人たちは単純にそう考えていた。
しかし、その目論見は脆くも崩れ去る。
エルフの誰もが商人を相手にしないのだ。好物と言われる葡萄酒の売り込みに眉一つ動かさない。
「愚か者め!そのような酢と葡萄酒の区別がついていないような物が飲めるか!」
売り込まれたワインを一瞥するとザンユウは激しい様子で一喝した。
「しょっ、食通ザンユウっ!!」
「あ、あの有名な…」
一喝したエルフの正体を知り商人たちが驚きのあまりどょめく。そしてさらに一人のエルフが口を開いた。
「そもそもワインに旅をさせちゃいけないんだよ。地下貯蔵庫から出さない、開ける時まではね…。この町には本当の意味でワインを扱える店主はいないよ」
「誰だ、あの横にいる若いのは?」
「あれがザンユウの倅、カオマヤか…」
「究極の逸品とやらを探しているらしいが…」
新たに現れたカオヤマという男性エルフに商人たちが戸惑いを見せている。そんな商人たちにザンユウが言い放つ。
「私に葡萄酒を勧めるからには黄金色の葡萄酒…いや、酢になってない葡萄酒くらい飲ませてみろ」
「そ、そんな…。商都のある港からどれだけ距離があると思ってるんだ…。その間に…」
「だが、冒険者ギルドはそれをやってのけたよ。見た事のない黄金色の葡萄酒まで揃えてね…」
カオヤマと呼ばれた青年が商人たちの横を呟きながら通り過ぎた。
「冒険者ギルドが…?」
「いったいどうやって…」
商人たちは困惑するばかりであった。




