第254話 その店はセブン・エルブン(前編)
「えっと、今日はぁ〜『じゃむあんどまーがりん』とぉ…、『ぴーなっつくりーむ』にしますぅ」
「オレは『つぶあんぱん』と『まよこーんぱん』にするよ。ホントは『つなまよぱん』にしてーけど、猫獣人族のヤツらがうるせーからなぁ」
ギルド内でパンを売る前に受付の皆さんやギルドマスターのグライトさんが先に買えるようにしている。今日はグライトさんは所用で出かけているらしく、フェミさんとマニィさんは食べたいものを決めていたのか即座に二つ選んだ。あとはシルフィさんが買うのを待つだけだ。
「私は『おとめのじゃむぱん』と『ぶるーべりーあんどほいっぷくりーむ』にします」
「うーむ、さすがにシルフィさん。果物系を攻めますねえ」
そう言いながら僕はマオンさんと手分けして三人にパンを手渡していく。僕はシルフィさんにパンを渡す。
「はい、シルフィさん」
「ありがとうございます、ゲンタさん。それにしても…」
シルフィさんが右手を眼鏡に当てながら話しかけてくる。
「精霊たちみんなと仲が良いんですね。みんな、ゲンタさんの側を離れず側にいますし…。何より…」
シルフィさんは僕の顔…というかすぐ横を見ている。
「カグヤとは特に相性が良いんですね。常にゲンタさんの体のどこかに触れています。片時も離れたくないんでしょうね…、少し羨ましいです…」
シルフィさんは頬を紅潮させ、視線を逸らした。くすくす…耳元でそんな笑い声が聞こえたような気がした、カグヤのものだろうか。僕の耳に触れているのが分かる。
しかし今日は違う、時にはさらにスキンシップをしてくる。特にシルフィさんと話している時にはそれが顕著だ。耳元に触れるだけでなく、時には頬擦りしてくるような時もある。まるでシルフィさんに見せつけているかのようだ。
「シルフィには言わないであげるから…」
昨日のカグヤの言葉が脳裏に浮かんだ。
うーん…、悪女だな…。もしくは小悪魔か…、可愛いから個人的には十分許容範囲ではあるが…。しかし…、なぜこんな事を、するのだろう?
小さな疑問を残したまま僕たちは早朝のパン販売に向かった。
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「えっ、エルフ族の方がミーンに?」
朝のパン販売を終え、テーブルを囲んで朝食を摂っているとシルフィさんから依頼などでこちらに向かっているエルフ族の方たちがいるらしい。
「そうなの!違う里の人たちなんだけどね、同じエルフ族同士だから協力はするのよ」
ロヒューメさんが状況を説明してくれる。朝食は『エルフの姉弟たち』のパーティやフィロスさん(317歳)もいる。
「他にも数は少ないけど、この町で生活しているエルフもいるのよ。魔法薬を作ったり、縫製をしたりして生計を立てているね」
フィロスさんが説明してくれた。そっか…、じゃあ僕がこの町に初めて来た日に見かけたエルフの女性は町に住んでいる人だったのかな。
「そこで…、ゲンタさん。物を売ってみたりはしませんか?」
「と、言いますと?」
「ご存知とは思いますが、風の精霊の力を借りて遠くに声を届ける魔法があります。その力を借りて我々エルフ族は互いにやり取りをしているのですが、私も含めてゲンタさんの扱う品物の事が話題になりまして…」
話をまとめるとこうだ。
異世界にはないジャムや茸の類。ゼリーや果物、クリームシチューと白いパン。どうやらそのあたりがミーンを訪れようとしているエルフ族の皆さんの興味を引いたらしい。そんな訳でとあるエルフの冒険者パーティがミーンに向かう話が出たところ、同じようなタイミングで町による他の里出身のエルフ族もいたらしい。なら里を出て町暮らしをする同族だ、タイミングを合わせて久々に顔を合わせないか…、そんな話になり三日後に集まろうという事になったらしい。
そんな訳で、色々な所からエルフ族の人々がここミーンに集まる事になったらしい。その数はおよそ三十人。
「ゲンタさんの知らない所で話がどんどん決まっていってしまいまして…」
珍しい事にシルフィさんが恐縮している。
「いや、大丈夫ですよ。三日あれば…」
僕は頭の中で計画を立てながら返事をする。クリームシチューとパン、果物やゼリーなど甘いものとワインを準備すれば食事としては問題ないだろう。あとはジャムとかクッキーなど持ち帰り出来る物を用意すれば良いだろうか。その事をシルフィさんに尋ねてみた。
「私個人としては十分とは思いますが、しかし…南方や北方の集落の方もおりますので深い好みについてまでは何とも…」
全ては分からない…か。まあ、現段階で用意出来る物で最良の結果は得られなくとも、良好な結果は起こりそうだ。出来れば最良が良いけど…。
□
この話を引き受けてマオンさん宅に戻った時の事。
「そう言えばさ、この町の人にはゲンタは顔が売れてるよ、だけど三日後に来るエルフ族はゲンタを初めて見るんじゃないかい?色々な所から来るんだし…。ただ品物並べていても、胡散臭い奴…とか思われたりしないもんかね?」
マオンさんがポツリと言った。
そうか…、僕がギルド内でのパン販売が上手くいったのも前日にナジナさんが冒険者の皆さんに触れ回ってくれたからだ。辻売(行商人)のマオンさんがいた事もある。そうでなければ買い手がいなかったかも知れない。
その後もそうだ。カレーについても元は冒険者の人向けに出したものだったし、猫獣人族の皆さんから始まる獣人族の皆さんへの様々な品物がヒットしたのも必ず誰かが紹介してくれていた。同じ町の人というのも大きかったかも知れない。
そう考えると今回はどうだ?
シルフィさんたちによって噂話は伝わっている。しかし僕がよそ者だったように、今回は町の外から来る人を迎えるんだ。人族なら多少の違いはあれど味覚や嗅覚の好みは僕も予想がつく。
しかし今回はエルフ族。しかも色々な地域かららしい。地球で
例えれば、スイスでフランスやイタリア、北欧の人など色々な国と地域から来るような感じだろうか。人間である僕と好みも違うし、地域差も考えると…。
そして、信用だ。いきなり見ず知らずの人が出してる品物を買い、料理を口にするだろうか?店を構えている訳ではないし…、果たして信用できるのかと。個人的にエルフ族の人が屋台のものを買う姿ってあまり見た事がない…。
もしかしてこれは…、難しい依頼だったんではないだろうか…。そんな不安が胸をよぎった。




