第251話 ワンコイン、ワンプッシュ。
誰かが不便を感じた時や今は出来ないやってみたい事がある時、よく口にするセリフ。
「あんなものがあったら良いのになあ…」
その誰かが口にした問題を解決出来るような物を用意できた時、大抵の場合にはヒット商品になる。まあ、それは現状でその用途のものがある場合にも口にされる事がある。より良い物が欲しいという事である。
そんな『あんな物があったら…』、そんな言葉を今回口にしたのは…。
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十日から半月に一度くらいの割合で、僕は冒険者ギルドの前で特定の獣人族の皆さんが求めるような物を売っていた。
犬獣人族ならとんこつラーメン、魚人族・人魚族族なら乾燥食品の昆布か海藻サラダ、兎獣人族なら人参…なかなかこの町では手に入りにくかったり、入るにしても日本のスーパーで買った物の方が喜ばれたり….。そんな訳で僕が取り扱う商品には固定客がついていた。
今日は猫獣人族の皆さんが商売相手である。アジの干物やサバの塩焼きらやみりん干し、鰹節はどれもこれもが大好評。ちなみに熊獣人族のセゴドさんも猫獣人族の皆さんに混じって買い物に来ている。お目当てはやはり鮭、これは予約分として別に確保しておいた。
「坊やのトコの魚を食ったらよ、もうブド・ライアー商会の魚なんて食えねえよなあ!」
「ありゃ魚じゃねえよ!腐りかけのゴミみてえなもんだ」
威勢の良い男性たちがそんな事を言いながらアジの干物を買っていく。そんな中、一人の男性が声をかけてきた。確か、ゴロナーゴさんの下で働く鳶職の人じゃなかっただろうか。
「なあ、坊や。あんた、酒は売らないのかい?」.
「えっ?お酒…ですか?」
「そうともさ。これだけの魚だ、食べるだけでも良いが…。欲を言えばやっぱりコイツを食いながら一杯よォ、呑りたくなるのが人情ってモンじゃねえか」
「魚と、お酒…」
相性としては悪くないように思う。塩味の効いた魚の干物、ご飯のおかずにも酒のつまみにも合いそうな気がする。
「以前によォ、生の魚を食った時のヤツでも良いしドワーフの義兄弟たちと飲んだ透明の強いヤツでも良いな。一つ、考えてみちゃくんねェか?」
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「日本酒はビン入りだし持ってくるのがちょっと面倒だなあ」…となると、大型ペットボトルで買える焼酎が良いかなあ。マオンさん宅で子供たちにお針子をしてもらっているのを見守りながら、僕は焼酎を小売する方法を考えていた。
「ん?何を考えておるんじゃい」
そんな僕に作業をひと段落させ、小休止にやって来たガントンさんが声をかけてきた。
「ええ、実は…」
僕は猫獣人族の人たち相手に魚の干物などを売っていた時に酒を売って欲しいという要望が出た事を話した。
「ほう、坊やの酒を…」
「確かに『しょうちゅう』は飲みやすい酒だべ」
「希望が出るのも分かる気がしますねェ」
ガントンさん以下、そんな感想が述べられる。
「しかし、問題もあります。酒瓶一本単位で売る訳にもいきませんし…」
「量り売りをすれば良かろう」
「しかし、いつも冒険者ギルド前にいるってのも…」
「ううむ、なかなか上手くいかないもんじゃのう…」
「では、『白い塩』みたいに機巧仕掛けにして売るのはどうでしょうかねえ…」
「ふむ…、スープの時のようにか?だがあれはなかなかに中身が複雑じゃ」
ガントンさんが待ったをかける。
うーん、なら単純な構造ならいけそうって事か…。なんかあったっけ?そういうの…、。
「あっ!!」
僕は思わず声を上げた。
「どうしたんでやんすか?ゲンタ君」
「思い付いたんだよ、ベヤン君。お酒を量り売りに出来る方法を」
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「うおおっ!酒だあ!」
「濁りも嫌な匂いもしねえ、澄み切った良い酒だぜえ!」
「そ、それも白銅貨一枚(日本円で百円)から飲めるなんてよう」
お酒を買って飲んでいる猫獣人族の人たちがよろこんでいる。
僕が提案した焼酎の小売方法…、それは白銅貨を投入口に入れてからレバーを一回押し込めば定量の焼酎が出てくるというもの。白銅貨一枚で50ミリリットルの焼酎が出てくる、ちなみにアイデアの出所はプッシュボトル式のハンドソープだ。
プラスチック製の現物を見せるようそこは凄腕の技術者集団であるドワーフの一団、ガントンさんの号令の下に数回の試行錯誤でポンプを完成させた。
飲みたい人は自前で容器を持って来てもらって飲みたい量を買って行ってもらう。中には家まで待ちきれないのか、買ったばかりの鰹節をつまみに飲んでいる人もいる。
「こりゃあ酒場は大変だな」
誰かがそんな事を言っている。
「そもそも出来損ないのエールでもボッタくってやがるからなあ!」
「まあ、毎日って訳にゃあいかねえが、ここでは美味い魚に美味い酒があるんだ。俺たちゃあ幸せ者だぜ!」
明るい笑い声が響いていた。




