第249話 エピローグ:十七歳のオールドルーキー
「す、凄い!このパンもゲンタさんが…」
翌日、早朝のパン販売でのフィロスさんの第一声である。セフィラさんたちエルフの姉弟パーティに勧められてフィロスさんは朝早くから冒険者ギルドで並んでいた。
「エルフ族のジャムとは違うけど、一つの果実の特徴を引き出したジャムね」
「フィロスお姉ちゃん、『乙女のジャム』って言うんだって」
とちおとめ使用のジャムパンの事だろう。
「これも良いけど、『あんぱん』というのも気になるわね。豆を甘く煮たものを入れたパンだなんて…」
「その『あんぱん』も何種類かあるんですよ、お姉様」
「そうなの?なら私は…これっ!!」
そう言ってフィロスさんはジャムパンと、もう一つのパンを買った。
「うん、美味しい!それにこれを見て!私たち、エルフの住む森のような緑!」
緑色…、うぐいすあんパンかな?喜んでくれて良かった。
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フィロスさんにとって久々の…、正確には五十年ぶりの冒険者活動の再開だ。ミーンの町や周りの森なども五十年前と変わっているかも知れない。
そんな訳でセフィラさんたちのパーティとフィロスさんは一緒に依頼を受けるようにしたようだ。フィロスさんの実力は疑うべくもないが、もし今と昔で異なる事があるなら、勝手が変わってくる。まずは小手調べとばかりに比較的浅めの森の中で狩猟をするらしい。それからだんだんと森の奥深くへと活動の場を変えていく予定のようだ。
例えば、フィロスさんがブラァタの代金として僕に支払った古金貨。試しに古金貨を一枚手に取って財布にしまおうとしたところ、バサっと音をたてるような感じでたくさんの一万円札に変わった。数えてみたところ、その数なんと二十五枚。つまり二十五万円、その価値がある古金貨が十枚あるんだから二百五十万円だ。
一方でブラァタ討伐に使用した煙タイプのバル◯ン3缶パック、これは3278円で売っていた。それを18パック買ったので購入費用は〆(しめ)て五万九千円余り。二百四十万円以上の大儲けだ。しかもブラァタ素材はまだまだたくさん残っている。シルフィさんによれば、ブラァタ素材は需要がありミーン以外の都市からもいずれ問い合わせが来るだろうとの事。
まあ今のままでも十分な稼ぎがある。ハッキリ言ってコンビニのバイトがなくなって困っていたところにこんな起死回生の出来事が待っていた。月々のバイト代が稼げれば…ぐらいの気持ちで始めたパン販売、それがこの一ヶ月で一千万円をゆうに超える稼ぎを得た。稼いだお金は駅の向こうの郵便局、そこにマメに貯金に行った。月の下旬に入る頃、通帳に記載される数字が見た事もない桁数に思わずドキドキしたものだ。
「現世神体様…ヴァティはお会いしとうございました」
蛇獣人族の巫女であるヴァティさんが今朝もやってきた。神殿での朝の奉仕を終えて急いでやってきたのだろう、その息が弾んでいる。
ブラァタの襲撃の事を予言していたヴァティさん、災厄とさえ言った。逃れられない死、ヴァシュヌ神からはそんなお告げもあったという。この世ならざる力でも無ければ抗えぬと…、そう聞いた時はとても平静ではいられなかったという。
「本当に良かった…」
そう言ってヴァティさんは僕をまっすぐ見つめてきた。胸が痛い。シャツの胸ポケットにいるカグヤが僕の胸をつねっているのだろう。家に帰ったらきっと不機嫌なんだろうな…、最近のカグヤはなかなかに気難しい思春期の女の子のようだ。
「………ッ!?」
突然、ヴァティさんがその身を震わせた。
「ど、どうしました?」
「グ、灰色熊が!町の近くの森に…、幼さの残る二人の近くに…」
「「「ッ!!?」」」
受付カウンターかに緊張感が走る。愛用の細身剣を手にシルフィさんがカウンターから飛び出してきた。
「姉御っ!幼さ残るって…、ダンとギュリじゃねえか!?」
「えっ、ダン君にギュリちゃん?」.
「受付はオレたち二人で回すから、姉御はあの二人を助けに向かってくれよ!」
シルフィさんは剣を腰から吊り下げる為の剣帯を身に着ける暇もなく鞘に入ったままの細身剣を手に駆けて行った。
灰色熊はたいへん恐ろしい肉食の獣だといと。たいへん強く残忍….、不運にして出くわすと死人が出る事もあるとしう。
それゆえにシルフィさんは森に急いだのだろう。ダン君たちを救う為に。そしてもう一つ、ダン君たちが活動するのは主に街道から少し入ったくらいの場所だ。なぜか分からないが灰色熊が街道近くまでやってきているのだ。
二人を助け、他に灰色熊の被害が出ないようにする。難しい話だがその為にシルフィさんは森に走った。ギルドから最速で森に迎えるのはシルフィさんをおいて他にない。ゆえにシルフィさんはすぐに駆けて行ったのだ。
「ダン君、ギュリちゃん、無事でいて…」
僕とマオンさんはギルドで二人の無事を祈ることしか出来なかった。
□
「灰色熊を狩ったらしいぞ!」
そんな声が聞こえてきた。シルフィさんがギルドを飛び出して行ってから二刻が経とうとしていた。
「シルフィさんだ!シルフィさんがやってくれた!」
僕は席を立ち、冒険者ギルドの外に飛び出した。
通りの向こうにシルフィさんの姿が見えた、ダン君とギュリちゃんの姿も見える。良かった、無事だった。僕は胸を撫で下ろす。
しかし、主役はシルフィさんではなく他のエルフの女性。
「み、見ろ!灰色熊が…」
「灰色熊か浮いてやがるッ!!」
「あ、ありゃあ…誰だ!?」
町の人や冒険者たちが騒いでいる。
「ゲ、ゲンタ…。あれは…」
「マオンさん、間違いありません!フィロスさんです!」
そう。多分あれは『空中浮揚』の魔法だろう。仕留めた灰色熊を宙に浮かべ、胴に結び付けた紐で引っ張りながらフィロスさんが帰ってくる。まるで紐付きの風船を持って歩いているかのようだ。そのフィロスさんの横にはセフィラさんたちも一緒にいる。
フィロスさんはギルドの前まで来ると灰色熊をゆっくりと地面に横たわらせた。観衆が『わあっ』と沸いた。
「すげえ、灰色熊だ、灰色熊だぜ!」
「ア、アンタがやったのか?」
「だが、知らねえ顔だ。アンタっ、名前は!?」
そんな声にフィロスさんは向き直る。そして、やおら口を開いた。
「新人冒険者フィロス、十七歳です!」




