第245話 愛に飢えたエルフ
フィロスさんとエルフの姉弟パーティをマオンさん宅に案内した。今は庭にある石木のテーブルについたところだ。
時刻はだいたい午前九時半頃、パン販売を終えてから意外と時間が過ぎているのはシルフィさんたちに贈る防具のサイズ合わせやその後のフィロスさんとのやりとり、そしてならず者たちとの一悶着があったからだろう。
そのならず者たちだが、他人を傷つけてでも金品を脅し取ろうというのに逆に自分たちが傷つくのは嫌だと言う。フィロスさんが奴らに与えた選択肢…、そのどれもが死刑宣告に等しいのだが、結局ならず者たちはそのどれもを選ぶ事はせず解放しろとだけ要求した。
結果、なら『そこにずっといろ』と手をそこに固定したまま放置する事にした。そもそも盗賊という存在は討ち果たしたとしても何の問題もない。飢えか渇きか、あるいはこのならず者たちに恨みを持つ町衆か、死因は神に決めてもらおう…そういう事にしたのだ。
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「おいしい…。この紅茶…、茶葉も良いけど何かしら…果実の香りもする」
「フィロスお姉ちゃん、これ果実の香りを茶葉に焚き込んだ『あーるぐれい』っていう紅茶なんだって」
「ん、『あーる…、ぐれい』。グレイ…伯爵?」
「あ、そうです。なんでも紅茶に凝っていた伯爵が試行錯誤の末に完成したそうで…」
会話に応じながら紅茶の為のお湯を沸かしてくれたホムラとセラのコンビ、そしてサクヤとカグヤにおやつをあげる事にする。フィロスさんたちのお茶菓子も兼ねてアーモンドビスケットを出した。甘いものと堅果の組み合わせは精霊たちにウケが良いようで喜んで食べ始めた。それは果実を好むエルフの皆さんにとっても同様でウケが良い。しかし、それよりも…。
「あ、あれ!ひ、『人型』の精霊が四人も…」
フィロスさんが驚いている。
「フィロス姉様、ここではそれが普通です。最初は驚くかも知れませんが…」
「ちょ、ちょっと、それおかしいでしょ。相性最良の精霊じゃなきゃ『人型』での精霊召喚は無理よ!里長やシルフィの二属性と最良というのだってよっぽどの事よ。それが四属性だなんて」
「私も初めは目を疑いました。しかしここではそれが当たり前なのです」
タシギスさんが達観したような声で応じた。
「そ、それにしてもよ!光精霊」と闇精霊、火精霊と水精霊…それぞれ相克の関係にあるのよ?そんな組み合わせの精霊を『人型』で召喚できる最良の相性の持ち主なんて里長しかいないじゃない。それだって光と闇の二つの属性だけよ!そ、それがさらに火と水もだなんて」
「ゲンタさんはそれだけ精霊に愛されているんでしょうね…」
「あ、愛されてるッ!?わ、私には縁が…な 、無い…。だ、だからだわ…、私には『人型』はおろか『球型』でも召喚出来ないんだわ…。け、結婚からも精霊からも…、私は最も愛から縁遠い女なんだわ…、ううう〜…」
「そ、そんな事ないですよ姉様!」
「そうそう!どの属性の精霊の魔法も使う事が出来るじゃないですか!」
「そ、そうですよ。相性が悪かったら…、それに嫌われたりしたら使えなくなってしまうんだし…」
愛から縁遠い…、自分自身で発した言葉が意外と深く心に刺さるブーメランになってしまったのかテーブルに突っ伏して泣き出してしまったフィロスさんをエルフの姉弟たちか必死になだめている。しかしフィロスさんの落ちに落ちたテンションは回復の兆しを見せない。
「ううう〜、なんならウェディングドレスも既に用意してあるのよ〜。私の『転移』の魔法があれば、いつでも新婚旅行も行けるしぃ〜。もう手鏡を受け取る用意は出来てるのよぉ…、五十年前からぁ…。だ、誰か私に硝子の鏡をォォ…!そしたら即座にその場で承諾の返事をするんだからァ…、うおんうおんうおん!」
号泣だった。黙ってたら美人なはずのフィロスさんだが、人には見せられないレベルの号泣だった。いつの間にかセフィラさんたちが僕を見ている。『何とかなりませんか?」そんな事を言いたげな視線だった。仕方ない、いつまでもここで号泣されてむ困るし…
「あ、あの…フィロスさん?そんなに泣かないで下さい…ね?」
そう言って僕は新しく淹れ直した紅茶をフィロスさんの前におく。ふわり、紅茶と風味豊かな果実の香りが漂う。嗅覚というのは一番脳へダイレクトに伝わる刺激らしい。人族とエルフ族が同じかどうかは分からないが、ここはそれに賭ける事にした。
ぴくり…。アールグレイの紅茶の威力か、フィロスさんの体が反応する。
「た、たまたま…。たまたまですよ。きっと運命の相手というのが遠回りしてるんですよ。あるいは恥ずかしがり屋さんなんですかね?でも、きっと来てくれますよ。多分、待たせた分だけ大きな幸せを持って。『大器晩成』、僕の故郷の諺です。大きな鋳物を作るにはそれだけ時間を要するものだという意味です。たくさん待った分だけいっぱい幸せになって下さい、お相手にいっぱい甘えて下さい。そのぐらいは可愛いワガママなはずです。冒険者をしながら気長に待ってみたらどうです?」
「で、でも…。私は男の人が引いちゃうかな〜って思って、危険な冒険者を辞めて危険の少ない生活を選んだの…。それで町の外…、森の外れに塔を築いて静かに研究三昧をして…。でも、結婚はおろか親しい男の人も出来なくて…」
「ちょっと待ったァ!」
「「「「「ちょっと待ったコールだ!?」」」」」
エルフ姉弟パーティが綺麗にハモる。
「あ、あの…、フィロスさん?つかぬ事をお伺いしますが、その冒険者を引退してからは塔にこもってずっと研究を?」
「え、ええ…」
「それじゃダメですよ、フィロスさん。だってそれじゃ…誰とも出会わないじゃないですか…、塔に引きこもっていたら…」
「アッーーー!!?」
「良いですか?フィロスさんはお綺麗な方です。かつ、二つ名である『魔法姫』と呼ばれる程の凄腕冒険者です。男の人と出会うというか…話をしたりする社交場にでも行ったらそれこそ食事のお誘いくらい来るんじゃないですかね?」
「で、でも、魔術師って町の人に奇異の目で見られる事も、あるし…」
「じゃあ、同じ冒険者の人からお相手を探すのは?」
「えっ?」
「冒険者は大半が男性ですし、魔術に理解のある人もいるだろうし…」
「それだっ!!わ、私、何やってたんだろう。遠回り(五十年)してたのは他ならぬ私だったんだ」
「そ、そうですよ!それに最近の恋愛は待ってるだけじゃダメとも言いますしね」
「どういう事?」
「あ、ああ。えーと、女性の方からグイグイ行くってのもアリみたいですよ」
「ほうほう…。私がちょっと町から離れている間に恋愛はそんな風に…」
いや…、五十年はちょっとではないと思いますが…。でも、それを言ってはいけないような気がしたので黙っていた。
「よぉし、やるわよ!今日で二つ名『魔法姫』は返上よ。かならず『花嫁』って言われるようにしてみせるわ!」
フィロスさんは新たな目標を得て気力が湧いたのかすっかり元気になった。ちなみに彼女が『花嫁』の二つ名を得られたかどうかは…、きっといつか…多分、そのうち、もしかすると話す機会がある…かも知れない。




