第236話 ゲンタ、初陣!
洞穴の見張りをニモジェーロさんとサクヤたち三人の精霊に任せ僕はその場を離れた。少し離れた所で僕は日本へ戻る事にした。いつものように自室のクローゼットから部屋に入る。
ブラァタ…、またの名を連峰の白い悪魔。岩陰からその姿を見た時、体色は茶色になりつつあった。体の色がさらに変化し黒くなった時、『ブラァタの大行進』というものが起きそのコース上にある村や町は人も家畜も死に絶え壊滅してらしまうらしい。
僕は考える。
そもそもなんで『ブラァタの大行進』なんだと。例えば魔物が大挙して村や町を攻撃したのなら大行進などとは言わない筈だ。進攻とか襲撃とか…、それらしい言葉を使う筈だ。
だが、先程見たブラァタの姿は凶悪な肉食獣というようなものではなかった。もちろん、外見だけでその生物の特徴全てを特徴を現している訳ではないだろう。しかし、生物とは理由があってその姿をしているもの。だから町を襲撃する為の大行進ではなく、食べる物…つまりエサを求めて移動して町や村に立ち寄った結果が人や家畜が死滅する…。そんな感じではないかと考えたのだ。
ニモジェーロさんに聞いた限り、人や家畜といった生き物こそ死んでいるが建物が破壊されたとか町が焼き払われたっいう話も無かった。あるいは草一本生えないような死の土地になったというな事も聞いていない。つまり『人や家畜のような動物を死にいたらしめる。しかし植物はその対象にならない』という事ではないだろうか。
そこから導き出した僕なりの結論は、あのブラァタという魔物、もしかすると致死性の高い病原体を撒き散らすような存在なのではないだろうかと。人々に直接襲いかかる訳ではない、ただ通りかかっただけ。多少は備蓄されている町の食べ物などを嚙るかも知れないが、人を襲うような猛獣のような存在ではないんじゃらないか…僕はそう結論づけた。
「カグヤは僕の考えどう思う?」
こちらに戻って来て以来、ずっと僕の手を握っている少女に自分が立てた仮説について尋ねてみる事にした。そして、その仮説通りなら打つ手があるのではないかと思いながら。
□
一時間半後、僕は再び異世界の地へ。
自室のクローゼットから戻ったのは先程日本への転移をした森の中。
「うわ!いきなり森の中に出るのはまずいな。自分がどこを向いてるのかも分からない」
不慣れな森の中に困惑しているとふわりと浮かぶカグヤの姿が…。
「カグヤ、二モジェーロさんがいる場所分かる?」
すると、カグヤはくすりと笑って僕を先導するように飛んでいく。僕はついていく事にした。
しばらくすると先程の大岩の場所に戻ってきた。地面に矢を一本ずつ刺している。いざ戦闘となった時には次々に矢を射掛ける、その為の準備だろう。
「戻りました。ニモジェーロさん」
「ッ!!?ぼ、坊や、戻っただか!だ、だか、いつの間に!?接近に気づかなかったズラ」
犬耳に尻尾を発現させているニモジェーロさんが驚いたように言う。無理もない、獣人族はその宿している動物の特性を兼ね備えている。とくにその動物の姿を顕在化させる獣化はさらにその動物の特性をさらに発揮する。
具体的に言えば、犬獣人族の狩猟士たるニモジェーロさんは音や匂い、気配察知などへの感覚がより鋭敏になると言う。それなのに一切の気配を感じさせずに僕の接近を許した事に驚いていた。
「ところでヤツらに動きは?」
僕は一番気がかりな事を尋ねる。
「い、いや、あの一匹が中に引っ込んでから何も動きはねえズラ」
「良かった、間に合った」
「ま、間に合ったってお前、逃げても良かっただぞ。アイツらとやり合って命が助かる見込みはねえズラ?それならお前一人でも生き残った方が…」
「ニモジェーロさん…、でも。そしたらあなたが…」
「オラは良いズラ!その代わり、町の皆や…おっ母さえ逃げ延びてくれれば…」
「僕も同じですよ。町の人やマオンさんが助かれば…って」
「坊や…」
感極まったようにニモジェーロさんがこちらを見ている。
「でも、僕は臆病なんです」
「な、何っ?」
がくっ!拍子抜けしたように体勢が崩れるニモジェーロさん。
「だからね、死ぬ勇気はありません。他にどうしようも無ければ考えざるを得ませんが、そうでないなら助かる方法を考えたいです」
「そ、そんなモンがあるなら誰だって…」
「はい。なので僕は行きます。思い付いたんですよ、ヤツらを倒す方法を」
「バカなっ!死に急ぐようなものズラ!それにヤツらは感覚が鋭い!近くのは至難の業だ!」
「大丈夫ですよ。だってニモジェーロさん、さっきの僕の接近に気がつきませんでしたよね?」
「あ、ああ…」
「任せて下さい。僕、忍び足は得意なので。それよりニモジェーロさん、僕の作戦はおよそ一刻(約二時間)ほどかかります。少なくともその間はブラァタは洞穴の外には出てはこれません。どうします、いったん町に戻られますか?」
「な、なんだと?オラに逃げろと言うズラか?」
「いいえ。万が一…、ニモジェーロさんにそういった不安はありませんか?僕に委ねるというのは…。確かに戦うというのも戦士の務めでしょう。しかしお母さんを守るというのもまた大切な務めの筈です、そこには戦士も商人もありません」
「お、おっ母を…」
ニモジェーロさんは悩んだ。深く深く悩んだ。だが、意を決したように口を開いた。
「オ、オラは…」
□
「皆、念の為にどこからか煙が漏れていたら教えてね」
そう言って僕はサクヤたち四人の精霊を送り出した。彼女たちが空に散っていく。
「大丈夫な筈ズラ。とりあえず煙の匂いはしてこないズラ」
切断斧を持ち、油断無く周りを警戒しながらニモジェーロさんが応じる。その言葉通りすぐにサクヤたちが戻り煙の漏れは無かったと身振り手振りで伝えてくる。
「カグヤ。洞穴の出入り口の所に張った結界はどこにも隙間は無くて、カグヤが解除しない限りブラァタは出て来れないんだよね?」
くすり…、カグヤは静かに微笑んだ。どうやらそういう事らしい。
「なら、果報は寝て待てか…。じゃあみんな、丁度良い時間だ。オヤツにしようか」
やったあとばかりに精霊たちが大喜びしている。そんな訳でニモジェーロさんとブルーシートを地面に敷き、その上に履物を脱いで座る。紙皿を置いて巨峰の果肉入りゼリーを出すと、そこに四人の精霊が陣取って食べ始めた。仲良く分けるんだよと声をかける。
ニモジェーロさんと僕は紙コップにペットボトルから緑茶を注いだ。
「下手なお茶受けより、犬獣人族のニモジェーロさんにはこちらでしょう」
そう言って僕は先程日本に戻り立ち寄ったドラッグストアで買ったビールのつまみに合いそうなドライソーセージを彼に渡した。もう一本を自分用に、嚙ると強い塩味とこってりとした脂身の強い固い肉の感触が口に広がる。口内の温度と噛み続ける事でだんだんとドライソーセージが柔らかくなりその風味が口の中を満たしていった。
「こ、こりゃあ…。赤身と脂身。良い具合に混じり合って…。犬獣人族が求める、いかにも肉って感じの肉だ。どんどん腹が熱くなっていく、今なら鉄でも溶かせそうだ。うおォン!俺はまるで石炭燃やす火床のようズラ!!…ハッ!?」
ニモジェーロさんは高揚し饒舌に語っていた、そんな自分に気づいたのだろう。気恥ずかしくなったようで、急に冷静を装い僕に問いかけてきた。
「と、ところで坊や。あれは一体?何やら白い煙が…、しかも洞窟の中に注ぎ込むように…」
「ああ、あれは言わば毒の煙です。とっても強力なヤツで。あれで洞穴の中を煙で満たしてやるんですよ。そしてその煙で燻し殺してやるんです」
「ど、毒の煙?『毒雲』ズラか?だ、だがそれじゃあ…。や、ヤツらはしぶといズラ!大きな石を投げ落としてたまたま当たったヤツが、体半分潰されながらもまだ生きてるってぐらいのタフさだべ!」
す、凄い。さすがは異世界のものとはいえゴキブリはゴキブリ…。
そう今回退治しようとした魔物、それは巨大なゴキブリであった。洞穴の出入り口で外を窺っていた個体を見た時、その姿形はまさにゴキブリ、ご丁寧に頭部の二本の触覚があるところまで一緒だった。
そうと分かれば後は簡単だ。隅々まで効く、ゴキブリにバル◯ン…で有名なあのゴキブリ退治の専門殺虫剤を買った。煙に水に霧とタイプが分かれるが相手の強靭さは未知数、一番強いという煙タイプを購入。三缶パックで三千円弱、一缶で六畳から八畳サイズの部屋に対応するようで、バスケットボールのコートがすっぽり入り高さは二階屋の屋根程の高さ。そのあたりから洞窟内の容積をだいたい見積もる。さらにゴキブリ…、いやブラァタか…体が大きい事から毒を含ませたとして致死量が桁違いかも知れない。結局は『この店舗にある煙タイプのバル◯ン、全部下さい』と言う事になった。多分店の人からしたら『お前ン家、どれだけゴキブリいるんだよ』と思われていた事だろう。
バル◯ンは使用した後は換気が必要と使用上の注意に書いてある。逆に言えば換気しなければ煙は留まる。最悪の場合は長期戦だ、幸いカグヤの結界は解除しない限りは出入りを封じる事ができる。駆除が無理なら封じ込めてしまえば害は無くなる。
「とりあえず、危機的状況は脱せたかな…」
僕が安堵の息を吐いた時、カグヤが僕の袖をくいくいと引っ張り洞穴の入り口を指差した。
「ブ、ブラァタ!!」
ニモジェーロさんの鋭い声が響いた。




